09.準備が楽しいと言いますが
並盛高校の文化祭は、11月の第二土曜と日曜に行われる。すなわち中間試験の一週間後だ。この年間予定の組み方は誰が意図したものなのか、生徒の盛り上がりを恐ろしいまでに引き出している。仮にも県内トップの公立高校なので、誰もがテスト前は必死に勉強する。終われば文化祭、それを呪文のように唱えながら、彼らは教科書やノートと向き合うのだ。故に文化祭についての事前準備は、10月に入った時点でほとんどのことを決定し、資材を準備し、テスト後の一週間ですべて用意するといった感じになっている。初めての文化祭を迎える一年生は要領が不得手だったけれども、一年三組には心強い味方がいた。姓を沢田、名を綱吉。文化祭は風紀委員が仕切るということから文化祭実行委員に命じられてしまった、外見だけは普通の男子生徒である。
「じゃあ文化祭について説明したいと思います」
委員会用のノートを教卓の上に開き、綱吉は話を始める。ちなみに隣に並んでいるのは、同じ文化祭実行委員の笹川京子だ。何となく旦那様のお仕事を見守っている新婚若奥様風に見えるのは気のせいだろう。しかし二人並べば少しだけ独特な空気が彼らを包むのは、もはや一年三組では常識のことだと思われていた。
「クラスの出し物は教室を使っての展示、もしくは食品を使う販売。食品は一学年三クラスまでで希望が多い場合は抽選。劇とかはやってもいいけど、体育館のステージは部活が優先だから、やるなら教室ということになります。ちなみに食品の場合は事前に衛生検査が義務になってます」
ざわざわと教室が雑談に揺れる。綱吉は彼らを見渡した。
「展示か食品かだけ、先に決めたいと思います。じゃあ展示がいい人ー」
ぱらぱらと手が挙がる。京子がその数をカウントし、黒板へとチョークを走らせる。二者選択だがとりあえず展示を希望する者にも手を上げてもらったところ、八人ほどの差で展示が過半数を占めていた。
「じゃあ展示ということで。展示って言っても食品以外なら販売は可能です。クラスごとの文化祭費は三万円。それ以外はクラスで徴収しろとのこと。ちなみに物販を行って得た収入の三割は風紀委員会に上納するので、残り七割がクラスの元に残ります」
相変わらずの暴君ぶりに文句が上がったが、風紀委員、もしくは雲雀本人にそれを言えるような強者は一年三組どころか並高中にも存在しない。正確に言えば四人ほどいたのだけれども、綱吉は雲雀の行動にはすでに慣れきってしまっているし、獄寺は舌打ちをしたけれども基本的にはどうでもいいというスタンスを貫いている。山本にいたっては笑って流すくらいの大物ぶりで、了平は雲雀をボクシング部に勧誘することで忙しい。類は友を呼ぶ、なんてことわざが少しだけクラスメイトたちの脳裏を横切った。
「何かやりたいものがある人、もしくは何か意見のある人、いたら挙手お願いします」
クラスメイトたちがそれぞれに話し出す。聞こえてくるのはお化け屋敷やら喫茶店やら定番なものが多かったが、その中でまっすぐに手を挙げている人物がいるのに気づき、綱吉は彼女を指名した。
「黒川」
「手元に残った七割はどうするわけ?」
「全員で分けてもいいし、打ち上げに使ってもいいって。酒を飲んだら咬み殺すって言われたけど」
「じゃあ稼げば稼ぐ分だけ、金が返ってくるわけね」
「・・・・・・まぁ、そうだけどさ」
きらりと花の目が光った。もしかしたらいつも念入りにされているアイシャドウかもしれないが、綱吉は判断が出来なかった。何だか楽しそうに吊り上げられる唇も綺麗なグロスに象られているが、恐ろしく感じるのは気のせいだろうか。
「だったら獄寺と山本を使うべきよ。せっかく顔のいい男がクラスにいるのよ? こんなときに使わないでどうするの」
しん、と教室が静まった。今まで各々会話していたクラスメイトたちもが黙り、花の言葉を反芻する。げ、と呟きをもらしたのは獄寺で、目をぱちりと瞬いたのは山本だ。容赦ない彼女の発言はまだ続く。
「そうね、例えば写真とか? 獄寺や山本と一緒に写真を撮れて、その場でプリント。一人300円なら十分儲けは期待できるんじゃない?」
「え、でも、それはさすがにやばいんじゃ・・・・・・」
綱吉が顔を引きつらせると、他の女生徒がぱっと手を挙げた。
「だったらコスプレとかは? いろんな衣装作って、お客さんがそれ着て写真を撮ってもらえるの。獄寺君とか山本君もお客さんと同じような衣装にして」
「お姫様と従者みたいな? それいいっ!」
「えーっ山本君は和服だよ!」
「あ、じゃあ衣装は着物とドレスね!? あたし絶対やるっ!」
「ずるいーあたしもやる!」
火が点いたように女子たちが騒ぎ出す。美形に対する執着か、もしくはイベントに対する行動力か。どちらにせよ置いていかれた男子たちも、額を合わせてぽつぽつと話し出す。
「ってことは、女子からも何人か出すってことだよな?」
「笹川とかいるし、いいんじゃん?」
「笹川のドレス姿かぁ・・・。黒川も言い出した本人だし、やるんだよな?」
「結構よくね?」
どんどんと話が広まっていく。しかし京子の名が出てきたことで、綱吉ははっとした。
「ちょっと待って! 獄寺君と山本はいいとしても、女子の写真が知らない人に出回るのはまずいって! 犯罪とかに使われたらどうすんの!?」
「あー・・・そっかぁ、それは嫌かも」
「っていうか、知らない男が自分の写真持ってるのってキモイよね」
男はいいのか、という声も出かけたが、当の獄寺と山本からの反論がないので別に気にしないのだろう。すでに彼らの日常写真は十分女子生徒の携帯電話の中に収められているし、山本に到っては夏の県大会でマスコミからも十分に注目を集めたのだ。今更写真の一枚や二枚や三枚や百枚、同じことなのかもしれない。
「だったらどうすんだよ? 女がいなきゃ男の客は見込めないだろ?」
「そうだけどぉ、でもねー」
「簡単でしょ。男が女装すればいいのよ」
またしても教室を沈黙に落としいれ、花はにやりと笑う。彼女の眼差しが注がれているのは壇上で、ばちっと視線が合った瞬間、綱吉の唇が引きつった。
「京子を守るためよ? やってくれるわよね、沢田」
「いいいいいいいいいいやだっ! 何で俺が女装なんかしなきゃいけないんだよ!」
「高一にもなって身長165センチ、むかつくくらい大きな目、男っぽい感じは全然ないし、これ以上の適役はこのクラスにいないでしょ」
「嬉しくないし! っていうか黒川、中三の体育祭で俺が女装しなかったのをまだ根に持ってんだろ!?」
「当たり前でしょ? せっかくチアガールの衣装作ってやったのに」
「ミニスカ履きたがる男なんかいるわけないじゃん!」
どうやら並盛中学校の学生生活はとても面白いものだったらしい。綱吉と花のやり取りを見ながらクラスメイトたちはそんなことを思う。三組の並中出身者は綱吉と花に加え、京子・獄寺・山本だけなのだが、今度他のクラスの元並中生から卒業アルバムを借りてこよう。あわよくば雲雀さんや笹川兄の在籍していた時代の写真とかも見せてもらおう。何だかとても面白そうだ。そんなことをクラスメイトたちが計画しているうちに、綱吉は追い詰められていく。
「ほらほら、いいの? あんたがやらなきゃ京子がやることになるのよ? ドレス着て、知らない男と写真撮って。京子は可愛いから間違いなくストーカーが出来るわよ? そうじゃなくても告白してくる奴は間違いなく出てくるだろうし、それでもいいの?」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
「男を見せなさいよ、沢田。あんたお母さん似なんだから間違いなく女装似合うって。この私が言ってんのよ? 信じなさい」
「いや、何か、黒川だから信じたくないっていうか」
「へぇ・・・・・・そんなこと言うわけ。じゃあいいわよ。京子にミニスカメイドやらせるから」
「〜〜〜〜〜〜分かったよ! やればいいんだろ、やればっ!」
だんっと教卓を叩き、綱吉が叫んだ。グロテスクな男の女装など見たくもないが、似合うなら話は別である。綱吉という素材を上から下まで検分し、オッケーサインを出した女子たちが拍手を始める。ぐったりと背を丸めて敗北を受け入れている綱吉の隣で、ぱちぱちと目を瞬き首を傾げている京子を眺め、男子たちも生温かい目で手を叩いた。沢田って苦労してんだなぁ、と思いながら。泣きたい、と呟いた綱吉の声が喝采の中に消える。
とにかくそんな経緯があり、一年三組の出し物は「並盛写真館〜素敵なあの人と素敵な写真を撮りましょう〜」になったのだった。
女装ネタ。定番過ぎてあまり書けないのですけれど、一度くらいはやっておかなくてはと思いまして。
2006年12月8日(2007年2月1日再録)