08.Boss, Boss, Emergency!





三時間目の、古文の授業中だった。二時間目との間にある休み時間に、大抵の生徒は何らかのものをそれぞれの胃袋に収めている。それはパンだったり弁当だったりお菓子だったり様々だけれども、成長期の高校生に間食するなという方が無理なのだ。例に漏れず綱吉もメロンパンをひとつ平らげ、満足した胃と裏腹に襲ってきた睡魔と闘いつつ、必死にノートを取っていた。男性教師の読み上げる今昔物語が、半数以上舟のこいでいる生徒たちの間をすり抜けていく。時刻は11時を五分経過した頃だった。綱吉はびくりと背筋が震えるのを感じ、思わずシャープペンシルを強く握り締めた。みしっという音は聞かなかったことにする。悪寒は三分後に現実となった。
『クフフフフフフフクフフフフフフフクフフフフフフフクフフフフフフフ』
寝ていたクラスメイトの半分が飛び起きた。階段から落ちる夢を見て跳ね起きたような、そんな起き方だった。獄寺と山本が勢いよく振り向くと、他のクラスメイトたちもつられるようにして振り返り、綱吉へと視線を注ぐ。その顔色はすでに蒼白に変わっていた。珍妙な笑い声はまだ止まない。
「・・・・・・あー・・・・・・沢田」
「・・・・・・はい・・・」
「授業中は携帯の電源は切っておけ。・・・・・・というか、個人の趣味の問題だからあまり言いたくないんだが、その着信は止めた方がいいと思うぞ」
「・・・・・・俺、も、こんなの指定した覚えはないんですけどね・・・」
あははははは、と教師と綱吉の間に微妙な笑いが起こる。どちらもその顔は引きつっていたけれども、着信音の強烈なインパクトのせいか、特にお咎めを食らうことはなかった。綱吉は慌ててズボンのポケットからストラップを引っ張って携帯を取り出す。もちろんそれは夏休みの土産品らしいブランドのストラップで、あぁ何て雑な扱いを、と綱吉の挙動を見ていたクラスメイトたちは思った。電源ボタンを押して恐怖の着メロを止めようとしていたのだが、慌てすぎていたためか綱吉は通話ボタンを押してしまった。間違えた、と思うよりも早く、切り裂くような悲鳴がスピーカーから響き渡る。
『ボス! ボス・・・っ・・・助けて!』
「凪!?」
『ボス・・・!』
ボスって何だ、と一部のクラスメイトは思ったが、当の綱吉は聞こえてきた少女の声に顔色を変えている。緊迫した事態の様子を感じたのか、教師も電話の使用を咎めようとはしない。単に綱吉の挙動に巻き込まれているだけと言えたのかも知れないが。
「凪、どうした!?」
『ち、千種と、犬が・・・っ』
「二人が!?」
『二人が、本気で喧嘩して・・・! 幻覚で誤魔化してるけど、校舎とかもうめちゃくちゃなの・・・っ・・・わたしじゃ止められない・・・!』
「喧嘩ぁ!? 何やってんだよ、あの二人!」
椅子を蹴り飛ばす勢いで綱吉が立ち上がる。それ以前に校舎がめちゃくちゃな喧嘩って何だ、とクラスメイトは思った。それはつまり雲雀さんクラスなのか。笹川兄クラスなのか。一学期に弾け飛んだ教室の扉を何となく見つめる。すごい奴っているとこにはいるんだなぁ、というのがクラスメイトたちの感想だ。そしているとこっていうのは、つまり沢田の近くなんだろうなぁ、とも考える。幻覚という単語はNGワードだ。人間、平穏が一番なのだということを彼らはすでに学んでいる。
「分かった! すぐ行くから、もうちょっとだけ頑張って!」
『ボス・・・っ!』
「つーか何で喧嘩してんの!? 俺、問題起こさないでって言ったよね!?」
『・・・・・・千種と犬が、』
「二人が?」
『骸様の髪型は天然か人工かで意見が食い違って・・・・・・っ』
「・・・・・・ちなみに凪は?」
『・・・・・・人工・・・』
「俺は好きであんなジグザグ分け目をしてたら、これ以上骸の趣味を疑うけどね。まぁいいや、とにかく今から行くから。幻覚だけは続けといて」
『うん。ありがとう・・・・・・ボス』
最後の声は安堵からか涙ぐんでいた。悲鳴に気を取られていたが、声は自分たちと同じくらいの年代の少女のものである。どこか独特な響きを感じさせるそれはとても可愛らしいもので、男子生徒たちは自然と美少女を頭の中に描き出した。笹川といいずるいぞ沢田、などと恨めしく思いながら携帯を閉じた綱吉を見つめる。
「十代目っ!」
「・・・・・・ものすごく馬鹿らしい原因だけど、とにかく行ってくるよ」
「ツナ、俺も一緒に行くぜ」
「うん、ありがとう――――――って、ちょっと待ったぁ!」
席を立って駆け寄ってきた獄寺と山本に言葉を返していた綱吉が突然叫ぶ。もはや彼らがこれからサボタージュするということは決定済みらしい。教師が突っ込みを入れてこないのを良いことにか、綱吉は窓枠から乗り出して校庭を見下ろす。窓側の生徒が悠々とグラウンドを横切っていく漆黒の影を発見した。雲雀さんだ。雲雀さんだ。雲雀さんだ。伝言ゲームはミスを犯すことなく、廊下側の生徒までしっかりと届いた。風紀委員長のサボタージュは、もはや咎める者がいるはずもない。
「ひひひひばりさーんっ! ど、どこ行くんですかぁ!?」
一年三組のある五階から、地上の雲雀まで届ける大声。それはもちろんそれなりの大きさであり、他の教室にも聞こえたのだろう。ざわざわという喧騒が廊下から聞こえ始め、がらりがらりと窓の開く音もする。
グラウンドの雲雀は足を止め、緩慢に綱吉を仰ぎ見た。見詰め合うこと三秒、彼は何も言わずに前を向き、再び歩き出す。ぎゃあ、と綱吉が叫んだ。
「ひひひひ、雲雀さん、黒曜に行く気だ! 凪が誤魔化してんのに何で分かんの!? あの人、喧嘩センサーでもついてんの!?」
黒曜という名前が出てきたことで、クラスメイトたちも何となく想像がついた。つまり先ほどの電話は並高から歩いて五分のところにある県立黒曜第一高校からのものだったのだろう。そういやあそこを新しく締めた三人の名の中に犬というものがあったかもしれない、と一部の聡いクラスメイトは気づいた。机の横にかけていた鞄の中から毛糸の手袋を取り出し、綱吉は駆け出す。
「獄寺君、山本っ! 雲雀さんの足止めお願い!」
「承知しました!」
「任せとけって!」
手袋を両手にはめ、綱吉はものすごいダッシュで教室から出て行く。季節は残暑だというのに、何故毛糸の手袋。疑問はやはり尽きなかったが、次の展開にそれもぶっとんだ。いつの間にか獄寺が、その両手に何か火のついたものを持っている。筒状に見えるそれはダイナマイトじゃないよな、うん、なんてクラスメイトたちが自身に言い聞かせていると、彼はそれをグラウンドの雲雀に向かって放った。
「食らえ、ロケットボム!」
ボム。ボムって、ボムって。筒がまるでミサイルのように、雲雀をめがけて飛んでいく。ひらりと舞った銀色はトンファーだろうか。けれどすべての火種を消すことは出来なかったらしく、爆発音と煙が舞い上がった。ボムって、ボムって、と慄いているクラスメイトたちを他所に、山本がひらりと窓枠を飛び越える。一瞬遅れて、五階だということを思い出した生徒の悲鳴が上がった。今までは一応座っていたクラスメイトたちも、教師までもが立ち上がり、窓へと駆け寄る。地面に激突している姿を想像したのだが、それはない。代わりに回廊の屋根へと着地し、そこからさらにグラウンドへと降り立つ山本が目に映った。手に持っているバッドが、何の手品か一瞬で日本刀へと早変わりする。イリュージョン。
獄寺も同じ手段で教室を後にし、グラウンドに二度目の爆発音が響いた。並高見てみたいバトルの変形でもある雲雀VS獄寺&山本の横を、綱吉が必死で駆け抜けていく。校門を出て曲がったのは、言わずもがな黒曜一高の方角で、沢田って結構足が速いんだなぁ、とクラスメイトたちは思った。



この一時間後、笹川兄も参戦したため収集がつなかくなったバトルに教師たちが慌てふためき、泣きながら綱吉に助けを求めることとなるのだった。





骸さんは夏休み、ツナがヴィンディチェの牢獄に面会に来てくれた際、眼力で携帯に細工したんじゃないかと。何でも出来ます骸さん。
2006年12月5日(2007年1月27日再録)