07.愛情Priceless
一ヶ月半の夏休みも終わり、学生にとっては憂鬱な二学期の始まる九月。終わっていない宿題や明日の実力テストなどを思考から振り払うように、校内では誰もが皆久しぶりに会ったクラスメイトと話に花を咲かせている。そしてそれは、一年三組の教室でもそうだった。
「おはよう、京子ちゃん」
「おはよう、ツナ君。久しぶりだね」
相変わらず獄寺と山本に挟まれて教室に入ってきたのは、一学期を鮮烈に締めくくってくれた沢田綱吉だ。どうやら友達以上恋人未満らしいと噂の笹川京子と微笑み合っている姿は、特別目立つわけではなく、特別地味なわけでもない。夏休みの間に少しだけ背が伸びたようだが、至って普通の高校生男子そのものだ。何故か頬にガーゼが貼られているけれども、それには触れないのが安全というもの。
綱吉は鞄を机の脇にかけると、一緒に持っていた大き目の紙袋の中から小さな紙袋を取り出す。大きなロゴは日本でもお馴染みの高級ブランド店のものだ。それを見とめた女生徒たちから一斉に視線が向くが、綱吉はおろか京子もまったく気づかない。変なところで鈍い二人に、黒川花が肩を竦める。
「えっと、これ、イタリアのお土産。俺が選んだから気に入らなかったらごめんね」
WAO、と某風紀委員長の口癖らしきものが教室中に響いた。もちろんそれぞれ心中での叫びだったので、実際にハーモニーが重なることはない。ちなみにこの口癖は口癖のくせにレアなものらしく、聞いたことのある者は並高でも片手に余るくらいだった。
「黒川にも。はい」
「・・・・・・いいの?」
「もちろん。黒川にはいろいろと世話になってるし」
そんなことねーっすよ十代目、という獄寺の声は笑顔で流しつつ、綱吉は取り出したもう一つの紙袋を花へと差し出す。もちろんそれに描かれているロゴも京子の手の中と同じ、有名ブランドのものだ。他の女子たちの視線に晒されながら、二人は紙袋を覗き込む。丁寧に梱包されているリボンを解くべきかと花は悩んだが、ちくちくと向けられている眼差しに押されるようにして指を動かした。出てきたのはすっきりとしたシルエットのバッグだった。リボンカラーのショルダーが愛らしく、大きすぎないコンパクトなサイズ。型は同じだが京子は淡いピンクで、花は色違いのネイビーだった。
「可愛い! ツナ君、ありがとう!」
「そう? 良かった。オレガノさん―――ええと、父さんの秘書、の人に一緒に選んでもらったんだけど、本当に何がいいのか分からなくって。財布とかアクセサリーとかの方が良かったかな」
「ううん、嬉しい。ありがとうツナ君、大切に使うね」
にこにこ微笑み合う綱吉と京子は朗らかだ。朗らかだが、間にあるのは10万円はするかもしれないブランドバッグ。男子にはさっぱりだが、値段の分かる女子たちはじたばたと拳を上下させている。意訳すれば羨ましいやら、沢田って坊ちゃんじゃんやら、あたしも欲しいやら様々だ。花はまじまじと鞄を眺め、深い溜息を吐き出す。
「っていうか、沢田・・・」
「え、何? やっぱり黒川はグッチの方が良かった? それともブ・・・ブルガリ、ア?」
「・・・・・・あぁ、そういやあんた、イタリア行ってたのよね」
「うん。っていうか俺、本当にイタリアのこと分からなくてさ。九代目―――ええと、親戚のおじ・・・おじい、さん? に相談したらいろいろお店の人呼んでくれて、その中から選んだからさらによく分からなかったんだけど」
「っていうか高すぎ。高校生の買う土産じゃないわよ」
「えっ!? そ、そうなの!?」
「そうよ。このバッグ、普通に五万以上するわよ」
「えーっ!? どどどどうしよう! きゅ、九代目が買ってくれるって言うから俺、みんなの分頼んじゃったよ! もしかしてエン・・・・・・エン、アル?」
「エンポリオ・アルマーニ?」
「そう、それ! それも高い!?」
「高いわよ。たっかいわよ。マフラーが三万弱よ」
「・・・・・・!!」
綱吉が顔面を蒼白にさせている。どうやら彼の金銭感覚は一般庶民のものらしい。けれど周囲にいる人間―――というか「親戚のおじいさん?」とやらは太っ腹にも程があるらしく、ブランド品をぽんぽんと孫に買い与えたとか。何て素晴らしいおじいさん、とクラスメイトたちの心は一つになる。
「おおお俺、それ、雲雀さんにあげちゃったよ! 九代目が『このくらい幾らでも買ってあげよう』とか言うから安いのかと思って・・・!」
「ちなみに何あげたのよ?」
「・・・・・・ス、スーツと、シャツ」
スーツと来ました。スーツと来ましたよ。ブレザーの制服ではなく常に学ランを着ている風紀委員長のスーツ姿。何だかものすごく似合いそうで似合わなさそうとクラスメイトたちは思う。漆黒なら間違いなく似合う。その筋の人だと思われること間違いなしだ。
「それと、靴とか、カフスとか、ネクタイとか、鞄とか、分かんないけどいろいろ・・・・・・」
「・・・総額で100万いったんじゃないの?」
「だ、だって俺が雲雀さんに合いそうなシャツを見つけたら、九代目が『じゃあそのイメージで一式揃えてくれ』ってお店の人に! だから俺!」
「あ、じゃあもしかしてお兄ちゃんが貰ったっていうスーツ、ツナ君のお土産?」
「う、うん」
「すっごく格好よかったよ。ありがとね、ツナ君」
「うん・・・・・・」
京子は嬉しそうに礼を言っているが、現実を知った綱吉の顔色は悪い。けれど山本はからからと笑っている。
「そっかーアレ、そんなに高い奴なのか。じゃあ大事に着ないとな」
「九代目がわざわざ俺たちのためにボンゴレ十世のエンブレムまで付けてくれたんだ。山本、てめぇ絶対に汚すんじゃねぇぞ!」
「はは、分かってるって」
「十代目! 俺、家宝にしますから! 出陣の時にしか着ないことを約束します!」
「・・・・・・あーもう、本気でそうして・・・」
どうやら京子の兄である了平、そして山本と獄寺も同じような一式を貰ったらしい。出陣のときに着るスーツ。やっぱり漆黒なんじゃ、と一部のクラスメイトは思わないでもなかったが、そこらへんは不問らしい。というかブランド店の販売員を自宅に呼びつけ、さらに上から下と小物にいたるまですべて揃えてくれる「おじいさん」とやらは一体何者だ。その孫っぽい沢田って何者だ。金持ちか。金持ちなのか。イタリア在住の金持ちの子息か。そしてやっぱり雲雀さんや笹川兄は沢田の大事な知り合いなのか。クラスメイトたちの疑問は尽きない。突き刺さる視線の中で、綱吉は蒼白の顔で指折り数えている。
「ランボと凪の分それぞれ一式と・・・・・・ハルとかフゥ太とかイーピンとかビアンキとか、千種さんとか犬さんとかの分ももらっちゃったよ・・・! ど、どうしよう・・・支払いとか俺出来ないし、もしかして出世払い? 俺、十代目決定!?」
ぎゃあ、と叫ぶ綱吉は本気で動揺しているらしい。しかし相変わらず獄寺は感極まっているようだし、山本は明るく笑っている。彼らのズボンのポケットから覗いている携帯電話のストラップも、よく見ればブランドの品だった。それぞれのイメージに合わせて柄などは違うけれども、そのロゴは同じ。そして綱吉のポケットからも同じものが顔を覗かせていて、その様は彼らの特別な関係を思わせた。
「・・・・・・どうしよう」
綱吉が頭を抱えているうちに担任が来て、生徒たちはそれぞれの席についていく。京子のありがとう、という言葉に綱吉はへらりと笑った。クラスメイトの心のノート、沢田綱吉の項目に「金持ちの身内がいる」と付け加えられたのは間違いない。
その数日後、雲雀と了平のポケットから覗いている同じブランドのストラップが発見されたことにより、やはり綱吉の交友関係について確実な一筆が加えられるのだった。
ツナが知らないだけで九代目やディーノさんは可愛がりまくってます。ちなみに凪ちゃんとランボもお揃いブランド守護者フル装備。他はバッグとかを一点ずつです。
2006年12月4日(2007年1月25日再録)