06.きらめいて、夏
窓の外では直射日光がこれでもかというほどに地上を目指し、窓の内ではそれに負けるなと意気込む女子たちがこれでもかというほどに日焼け止めクリームを塗っている。聞こえてくるのは蝉の鳴き声と、夏休みを前にした開放感に騒ぐ声。
終業式を終えて教室に戻り、綱吉は安堵に肩を震わせた。これで後は通知表をもらい、先生の話を聞けば終了。とりあえず一学期は無難に終了することが出来そうだ。まぁ雲雀の来訪が多々あったり、了平がドアを壊して登場したり、彼らと知り合いの綱吉に教師陣がどうにかしてほしいと泣きついてきたりはしたけれど、おおむね平和な日常を過ごすことが出来た。これはひとえに綱吉の努力の結果であり、賜物でもあった。俺よく頑張った。通知表をつけるなら間違いなく5をつける。そんなことを考えながら本物の通知表を受け取ると、そこには意外によい数字が並んでいて、綱吉はぱちりと目を瞬いた。俺、頑張った甲斐があったんじゃん? ほくほくと喜色に頬を染めて席へと戻る、その最中だった。
「邪魔するぜ。ツナはいるか?」
前の扉が開かれ、沈黙が訪れ、次の瞬間女生徒の黄色い悲鳴が飛んだ。夏に負けず女の子は元気だ。このエネルギーはどこから来るんだろうと綱吉は思う。ついでにドアが壊されなくて良かったと思う。余裕をもってそんなことを考えられたのは、登場した第三者が綱吉にとって害のある人間ではなかったからだ。むしろ慕っていると言い換えてもいい。だからこそ綱吉は一度座った席を立ち上がり、彼に向けて声を発する。
「ディーノさん」
「よぉ、ツナ! 久しぶりだな!」
「お久しぶりです」
「ちょっと見ない間に背ぇ伸びたか? あぁでも変わんねーなぁ、可愛い可愛い」
「え、ちょ、止めて下さいよー」
近づいてきて、ディーノはがしがしと綱吉の茶色い髪をかき混ぜる。言葉では静止しているけれども、綱吉が本気でそう言っていないのはクラスメイトたちにも一目瞭然だ。どちらも顔が笑っている。兄弟のような親しさがあり、ディーノが綱吉を抱きしめると女生徒から再度歓声が上がった。外国人の、年上の、甘いマスクのディーノに普通の女子が惹かれないわけがない。オール5だけれども態度評価の悪い通知表を受け取り、獄寺が顔を歪める。もちろん成績などに対してではなく、綱吉に構っているディーノに対してだ。
「てめぇ、跳ね馬! 十代目から離れろっ!」
「おー久しぶりだな、スモーキンボム」
「ども、お久しぶりっす」
「久しぶりだな、山本。おまえたちも元気そうで何よりだ」
体育は5、態度評価も高い通知表をしまいながら、山本は笑ってディーノに頭を下げる。朗らかに挨拶している彼らにクラスメイトは思った。あぁ、やっぱり沢田の知り合いって幅広いなぁ、と。この一学期でずいぶん慣れたつもりだったが、沢田はやはり奥が深い。男子生徒はそう思うが、女子は一様にディーノに見惚れてしまっている。確かに彼は、同性から見ても十分に格好いいと賞される男だ。
「ええと・・・・・・君、今はまだホームルームの途中なんだが」
「あぁ、悪い。用を済ましたら出てくから少し時間をくれねぇか?」
「いや、だが・・・・・・」
「そういやツナ、恭弥もこの学校なんだろ? あいつにも後で挨拶に行かねーとな」
「ええと、雲雀さんなら多分応接室にいるんじゃないかと」
教師の問いかけにディーノは動じることなく謝罪したが、次の言葉ですべてを封じた。雲雀恭弥の名は並盛において、沈黙をもたらすことの出来る十分な武器だ。おそらく愛弟子を思ってディーノは彼の名を出したのだろうけれど、そんなことを知らない教師やクラスメイトたちはびくりと肩を震わせる。あの雲雀をファーストネームで呼ぶなんて、なんて強者。さすが沢田の知り合い、と妙な納得をして彼らはディーノを見つめる。しかし彼は弟分の肩をぽんっと叩いて、実に魅力的な笑顔を浮かべた。
「悪いな、ツナ。飛行機の時間が一本早まったんだ。今から車を飛ばせば間に合うから、すぐに準備してくれ」
「飛行機? 何でですか?」
「聞いてねぇのか? リボーンから」
「・・・・・・はぁ」
綱吉は曖昧に頷いたが、もはや家庭教師の名が出てきた時点ですべて諦めた。それが顔に出たのか、ディーノが苦笑してよしよしと頭を撫でてくる。
「リボーンが言うには、この夏休み、ツナはイタリアで過ごすことになってるらしい。もちろんママンには言ってあるし、門外顧問の許可も取ってる。九代目はツナの歓迎準備をボンゴレ総出でしてるらしいぜ」
「・・・・・・はぁ!?」
「ちなみに俺はツナの迎え役。イタリアまで一緒に行くぜ」
沢田綱吉、夏休みはイタリアにて生活。しかもこんな美形の迎えつき。沢田ってマジで何者、とクラスメイトたちの唖然とした空気が広がる中、獄寺が噛み付くように叫んだ。
「十代目! 俺も一緒に行きます!」
「ツナー俺も俺も」
「や、山本は野球部の県大があるだろ!?」
「それよりツナの方が大事だし。ダチなんだから当然だろ?」
「山本・・・・・・」
何だか感動的なシーンが繰り広げられているような気がしないでもないが、冷静に考えれば野球部エースが甲子園行きの試合よりも友人とのイタリアバカンスを選んだことに、誰かツッコミを入れるべきなのかもしれない。けれどクラスメイトたちは一様に彼らを黙って見つめている。すでにそれは教師も同じで、相変わらず綱吉を中心におかしな空間が繰り広げられていた。
「わりーな、今回おまえたちは留守番だ」
ディーノが笑ってダメ出しをする。ぎゃうっと噛み付こうとする獄寺を制し、彼は大人の余裕でもって話を続ける。
「おまえたちは守護者とはいってもまだ弱い。そんな奴らを連れてって、もし何かあったらツナが困る。将来のことも考えて連れて行かないっていうリボーンの判断だ」
「リボーンさんの・・・・・・」
「一応おまえたちが狙われたときのことも考えて、リボーンがいない間はコロネロを並盛につける。あいつに鍛えてもらえよ。今度はツナと一緒に行けるように」
うまい、と綱吉は思った。これがボスの人使いだというのなら、自分は多分一生無理だろう。羨望のまなざしでディーノを見上げていると、すっかり納得したのか、獄寺は拳を握り、山本も笑顔で言ってくる。
「判りました! 十代目、俺はこの夏であなたの右腕にふさわしい男になってみせます!」
「あぁ、うん、火傷しないように気をつけて?」
「有難きお言葉! 俺、頑張りますから!」
「・・・うん」
「ツナ、俺も修行頑張るぜ。イタリア土産、頼むなー」
「うん。ごめん山本、県大観に行けなくて」
「気にすんなって。九代目によろしくな」
「うん」
九代目って何だろう。ボンゴレって何だろう。歓迎準備って何だろう。訳の判らない単語がいくつも出てきたが、クラスメイトたちが理解できたのは「沢田が夏休み中イタリアへ行くこと」と「沢田のイタリア旅行が歓迎されているということ」だ。修行やら狙われるやら物騒な単語がいくつも出てきたけれども、そこら辺は聞き流すことにする。火事は対岸で見ているからこそ火の粉を被らないものなのだ。知らぬが仏とは、先人も素晴らしい格言を残してくれたものである。
ディーノはタトゥーの入った手で綱吉の鞄を持ち上げ、にかっと笑う。
「それじゃツナ、行こうぜ」
「あ、はい。えーと、すみません、先生。俺、先に失礼します」
「・・・・・・あぁ、気をつけてな」
もはや何か言うよりも先に帰した方がいいと判断したのだろう。溜息と共に送り出され、綱吉は教室を後にする。
「十代目、どうかお気をつけて!」
獄寺の見送る声が、廊下中に響いた。
余談だが、綱吉の手を引いて校庭を横切っていたディーノは何を思い出したのか立ち止まり、校舎を仰いだ。そして止める綱吉にも関わらず、魅力的な声音で「恭弥ー!」と名前を呼んだのだ。五回くらいそれが繰り返された後、トンファーが鋭い軌跡をもってしてグラウンドに突き刺さった。それがディーノの脳天を狙っていたことは明確だ。
こうして並盛高校の一学期は、つつがなく終了したのである。
高校話なのでイタリアバカンスはありません。次は一気に二学期です。
2006年11月28日(2007年1月18日再録)