03.晴のちタイフーン





その日も並盛高校一年三組は朝から騒がしかった。それらはすべて沢田綱吉という男子生徒に向けて発生するのだけれど、本人は出来ることなら避けたいと思っているらしい。その気持ちが体現されて周囲にも伝わるのか、クラスメイトたちは一様に文句も言わず、温かい視線ですべての出来事を見守ることにしていた。入学して約一ヶ月、すでにクラスの心はひとつ。今日の首謀者は、やけに熱い炎を纏っている。
「沢田! 今度こそボクシング部に入れ! 俺と極限に青春しようではないかっ!」
登場が派手だった。ものすごかった。教室の前のドアが吹っ飛んで教卓を巻き込み、幸い開いていた窓から外へと姿を消していく。並盛高校では一年生の教室はすべて五階にあるのだが、そこから落下したドアと教卓は少しの間の後、派手な音を立てて地面にぶつかった。見事な破壊音と目撃者たちの悲鳴が聞こえてくる。しかし一年三組クラスメイト一同は、微動だにすることが出来なかった。うわ、またすごいのが来たよ、と誰もが心中で呟いただろうに。
「・・・・・・お、お兄さん」
頬をひくりと引き攣らせながら綱吉が呟くと、扉と教卓を拳ひとつで吹き飛ばした男子生徒は、目を炎に燃やしてずかずかと教室内に入り込む。がしっと綱吉の肩をつかんだ手は、左右ともにテーピングで巻かれている。
「久しぶりだな、沢田!」
「ひ、久しぶりです」
「元気だったか!」
「は、はい、どうにか」
「そうか、元気だったか! パオパオ老師もお元気か!?」
「あーたぶん元気です」
「そうか、それはいい!」
三つ目の返事はものすごく適当な響きを帯びていたが、男子生徒はそれに気づかないのか、バンバンと綱吉の肩を叩いている。かなり力がこもっているように見えるのだが、綱吉は少しふらふらとしているだけで痛がっている様子はない。沢田って小さくて細いわりに打たれづよいんだなぁ、とクラスメイトたちは心のノートに書き付けた。しかしそんな彼らの中から一人の女生徒が二人に駆け寄る。
「お兄ちゃん! どうしたの、急に一年生の教室に来るなんて」
「おお、京子か! いや何、沢田の勧誘に来ただけだ! 今度こそボクシング部に入れようと思ってな!」
「もう、お兄ちゃんったら、ツナ君に無理言っちゃダメだよ」
もしかしたら、この日一番の衝撃はこの瞬間に訪れたのかもしれない。それだけのショックをクラスメイトたちは受けていた。一年三組のマドンナ、新入生の中でも可愛いと噂の、天使の微笑みとも言われる優しさを持つ女生徒、笹川京子。ドアと教卓を吹き飛ばした男子生徒と彼女が、まさか兄妹だなんて。え、そんな、信じられない。特に信じたくない男子生徒たちは教室から一転、校庭へと視線を飛ばした。そこには木っ端微塵になったドアと教卓だけが見えたけれども。
「ところでだ、沢田! 部活はもう決めたか!?」
「あ、いや、まだですけど」
「ならばボクシング部へ入れ! おまえは十年に一人の逸材だ!」
ここでようやくクラスメイトの一部は、目の前の男子生徒が笹川了平であることに気づいた。並盛高校ボクシング部のエース、昨年は一年生でありながらもインターハイ制覇を果たした強者だ。同じ苗字だけども笹川京子とくっつけて考えなかったのは、彼ら兄妹の性格が大いに違っているからだろう。そう思いたいと、彼らは思う。
「いや、あの、お兄さん・・・俺、部活やる気はなくて」
「何故だ! あれほどのパンチを持ちながら何故ボクシングをやらない!」
「だからボクシングの才能なんて俺にはないですってば!」
「何を言うか! 俺の目標はおまえとインターハイの決勝リングに立つことなのだぞ! もちろん赤コーナーは俺だ!」
「インターハイのコーナーに色なんかついてないし!」
思わずツッコミを入れてしまった綱吉は去年、了平の試合を見に行っている。もちろんそれは家庭教師の「部下の華々しい舞台を見るのはボスとして当然だぞ」という言葉によるもので、獄寺や山本、観光気分のランボやフゥ太にビアンキやハルまでくっつけて、はるばる決勝の行われる県まで応援にいったものである。
その試合を見て綱吉は、どんなに誘われようともボクシングだけはしないと心に決めた。特に了平との対戦だけはお断りだ。なんたって彼はインターハイの決勝で、極限太陽【マキシマムキャノン】を放ったのだ。あの、ヴァリアーのルッスーリアを倒した必殺の一撃。どう考えたってスポーツの範囲をはるかに超えているそれを、了平は「インターハイ記念だ!」と叫び、放った。綱吉が「逃げてー!」と叫んでいなければ、今頃対戦相手はボクシングを辞めるどころか鼓動さえ止めていただろう。アッパーの要領で繰り出された右手は、宙を越え、古びた市民体育館の天井をぶち破った。ぽっかりと開いた穴から見上げた空がいやに青かったことを、綱吉は今も覚えている。あれ以来、マキシマムキャノンは封印してもらった。せめてボクシング中に出さないでくれと、泣いて頼んだのである。
「あー・・・でもほんとごめんなさい。俺、放課後はリボーンの特訓で部活どころじゃないんですよ。無理して並高入ったから勉強もしなきゃだし」
「む。あの赤ん坊が言うのなら仕方がない。ならばタコヘッド! 沢田の代わりにどうだ!」
「ふざけんな芝生頭! だれがボクシングなんかやるか!」
「あはは、笹川先輩も相変わらずっすね」
「山本も元気そうだな! 野球部を辞めてボクシング部へ来い!」
「もう、お兄ちゃんったら!」
獄寺がいきり立ち拳を握るが、その点でむしろボクシングの要素を見込まれても仕方ないかもしれない。変わらない了平に山本が笑い、彼まで勧誘する兄を京子が諌める。綱吉はどうにか逃れられたことに安堵していたが、そろそろ始業のチャイムが鳴ることに気づき、了平が時計を見上げる。
「もうこんな時間か。沢田、パオパオ老師によろしく伝えてくれ! コロネロ師匠にもだぞ!」
「あーはい了解しました。コロネロが今度遊びに来たときは連絡しますんで」
「極限まかせた! じゃあ俺は帰る、またな!」
「はい、じゃあまた」
ひらひらと手を振れば、了平も拳を振り、残りの一枚になっていたドアを吹き飛ばして去っていった。廊下の窓ガラスは閉まっていたらしく道連れにされて裏庭へ落ちたようだが、せめて人を巻き込まなかったのは不幸中の幸いと言えよう。並高の器物破損ランキングは雲雀の独走かと思われていたが、意外な伏兵がいるものだ。「極限!」という雄たけびと共に遠ざかっていく足音にドップラー効果を体感しつつ、クラスメイトたちは思う。そんな中でも相変わらずなのは、巻き込まれて常に中心にいる綱吉だ。
「ごめんね、ツナ君。お兄ちゃんったら相変わらずで」
「え、いや、そんなことないよ。俺もお兄さんにはお世話になってるし」
「今度コロネロ君が来たら、私も遊びに行っていい?」
「もちろん!」
「ありがとう。ケーキ焼いていくね。ツナ君は何ケーキが好き?」
「きょ、京子ちゃんが作ってくれるなら何でも」
ケーキより甘ったるい会話が行われている。もしかしたら綱吉は常に中心にいるから被害がないのかもしれない。台風の中心は快晴だって言うし。そんな感想をクラスメイトたちは抱いた。ほのぼのと微笑みあっている綱吉と京子を、獄寺は舌打ちし、山本はにこにこと笑いながら、黒川花は溜息を吐きながら眺めている。クラスメイトたちは今日も認識を新たにした。沢田綱吉にまつわる人間は、誰もみなそれなりに変わっている、と。

予断だがこの五分後、教室に姿を現した担任は二枚ともない引き戸と消えた教卓に「笹川か・・・」と呟き深く深く項垂れた。そんな犯人を兄でもないのに「お兄さん」と呼ぶ綱吉と実の妹である京子の仲が密やかに噂されたのは、もう少し後のことである。





笹川、僕の学校を壊さないでくれる?
雲雀、おまえもボクシング部に入らんか!?

2006年11月21日(2006年12月25日再録)