02.第一回雲雀恭弥対策講座





沢田綱吉が並盛高校生徒一同にセンセーショナルな名前の覚えられ方をした翌日。彼の在籍する一年三組では、臨時のホームルームが開かれていた。無理やり壇上に押し上げられた綱吉は、分厚い冊子を抱えながら疲れた様子で喋り出す。
「えー・・・・・・と、それじゃあ、並盛高校で無事に生活するには、つまり雲雀さんに咬み殺されないようにするにはどうすればいいのか説明会を始めます・・・」
語尾にハテナマークがつきそうだったが、その開会宣言は大きな拍手を持って迎えられた。綱吉に絶対的な忠誠を捧げている獄寺や、付き合いのよい山本、いつでも笑顔の京子よりも、むしろ一般クラスメイトたちからの拍手が盛大に鳴り響いた。その中には担任の姿も当然ある。
「えーとじゃあまず、風紀委員の要綱から」
分厚い冊子を教卓に載せる綱吉は、本当に昨日の放課後に応接室を訪れたらしい。あの、風紀委員の本拠地、雲雀恭弥の縄張り中の縄張りであるそこに入って無事に出てこられる生徒がいるなんて。風紀委員の恐ろしさを知っている担任は、出席簿の沢田綱吉の欄に赤ペンで花丸をつけた。成績表に度胸という項目があれば、間違いなく最高評価だと思いながら。
「一応読んでみたけど、書いてあることは生徒手帳とあんまり変わらなかったと・・・思い、ます。中学のときも雲雀さんは風紀委員だったけど、遅刻とか服装とかはあんまりうるさくなかったし。遅刻はチェック強化週間のときに校門に立ってたくらいで、服装検査も抜き打ちはなかった・・・よな?」
ここで綱吉が顔を向けたのは、獄寺でも山本でもなく黒川花だ。中学の頃から大人っぽい雰囲気をまとっている彼女は、化粧や何やらといろいろ気を使っているのを知っている。だから尋ねたのだが、花は適当に頷いて返した。
「そうね、服装検査は学期に一回くらいだったんじゃない? 茶髪はスプレーで染めればオッケーだったし、あんまりうるさくなかったわよ」
「雲雀さん、結構そういうとこアバウトだからなー。まぁ自分が率先して制服着てないもんな。だから多分あんまり派手にしなきゃ大丈夫だと、思います」
あっさり言ってのける綱吉は、何だか恐ろしく失礼なことまで言っている気がする。けれど本人にそんな自覚はないらしく、周囲だけが慌て、綱吉の何でもない様子に動揺したりと振り回されている。
「それじゃ、ここからが本題。雲雀さんに咬み殺されないためには、まず群れない」
チョークを取り出し、綱吉は黒板に「群れない」と書き付ける。上手いとはお世辞にも言えないけれど、どこか愛敬のある字は台詞の剣呑さと裏腹だ。
ちなみに本当なら綱吉は、昨日かばった男女生徒二人だけに注意をするはずだったのだ。けれど雲雀の恐ろしさを知ったクラスメイトたちがこぞって直訴してきたのである。どうすれば風紀委員に目をつけられないで済むんだ、と。必死で肩を掴まれ、しかもその中に担任の姿を見てしまえば、綱吉に断ることは出来ない。よってホームルームの時間を潰し、綱吉じきじきによる「雲雀から逃げる会」が行われているのだ。
「雲雀さんは二人以上の集団には問答無用で攻撃してくるんで、とにかく群れない。誰かと一緒に歩いているときは、学ランを見たらとにかく離れる。距離を取って知らない人の顔して、うつむいて喋らずに通り過ぎる。学ランが見えなくなったら、喋っても平気です」
ほお、と感心の溜息がそこかしこから漏れる。綱吉の言葉をノートに書き取っている者すらいる。それほど雲雀は並盛の脅威であり、彼らが入学してからこちらの短い期間でさえ咬み殺された人数は二桁に上っているのだ。
「雲雀さんは自分に歯向かって来る人よりも、群れる人の方が嫌いです。なので基本は群れない。絶対に群れない。後はー・・・・・・まぁ飲酒とか煙草とか無免許運転とか? バイトはオッケーだろうけど、多分並盛の店は全部雲雀さんにショバ代を払ってると思うんで、あんまり雲雀さんの話題は出さない方がいいかも。特に夏場の屋台。これは全額巻き上げられかねないんで気をつけた方がいいよ」
黒板に飲酒・煙草・無免許運転という文字が追加され、その上に大きく×がつけられる。うーん、と綱吉は首を傾げた。
「そんなとこかな・・・? 風紀委員は怖く見えるけど学区の治安は守ってくれるし、あんまり心配しなくていいと思う。とにかく群れない。絶対群れない。でもって雲雀さんの視界には入らないようにする」
「・・・・・・沢田さぁ、雲雀さんに進言とか出来ねーの? 昨日みたいにさ」
クラスメイト男子が小さく手を上げたのに対し、綱吉は勢いよくかぶりを振った。
「ごめん、無理。本気で無理。俺だって自分の命が惜しい」
「え、でも昨日、対等っぽかったじゃん」
「なわけないだろー! 俺と雲雀さんじゃ雲雀さんの方が強いに決まってんじゃん!」
「そんなことありません! 雲雀の野郎より十代目の方が強いに決まってます!」
「獄寺君は黙ってて! とにかく俺は説明したからね、今後一切関知しないからそのつもりで!」
「そんなこと言うなよ、沢田ー!」
「俺たちのこと守ってくれよ!」
「無理! 悪いけど無理! 自分の身は自分で守って!」
「えーっ! お願い、沢田君!」
クラスメイトたちから続々と詰め寄られ、綱吉が慌てる。けれどそんな彼の前に獄寺と山本が立ち塞がった。
「十代目のお手を煩わせるんじゃねぇ! 果たすぞテメーら!」
「そうそう、ツナに雲雀の相手させようなんて虫が良すぎるんじゃねぇ? 会わないようにすりゃ避けられる相手なんだし、自力で頑張れよ」
「そんなぁ・・・・・・っ」
「ごめん! でも俺、本当に無理だから!」
ぱんっと手のひらを合わせ、綱吉は目をつぶる。まぶたの裏に甦るのは今まで咬み殺されてきた経験だ。付き合いが四年目に突入したとはいえ、出会った日に食らったトンファーの痛みは今も身体が忘れない。そこそこ戦えるようになったけれども、やっぱり本質は変わらないのだ。ボンゴレリングの守護者と被守護者なんて繋がりがあろうと、雲雀が綱吉にとって恐怖の対象であることに変わりはない。ひよこの刷り込みしかり、植えつけられた上下関係は容易には覆せない。
「ごめん! でも俺だって雲雀さんは怖いんだよっ!」
綱吉が必死に主張する。得手不得手と好き嫌いは比例しないものなのだ。
かくして第一回雲雀対策会議は、うやむやのうちに幕を下ろしたのである。





でも傍から見ると仲良しなんですよ、ツナと雲雀さん。
2006年11月19日(2006年12月13日再録)