01.ヒーロー誕生?





並盛高校の入学式は、それはそれはあっさりとしたものだった。普通なら校長や来賓の県議会議員などの話が延々と続くものだが、彼らはまるでM78星雲から来ている正義の味方のごとく、一人につき三分きっかりで口上を述べたのだ。最初から早口で始まり、一分、二分、残りの60秒となるとつっかえないのが見事なくらい、彼らは高速で祝辞を述べた。どうにか無事に挨拶を終えると、彼らは滝のような汗をハンカチで拭っていた。もしかしたら涙かもしれない。かけている眼鏡を外し、まぶたをハンドタオルで押さえている校長に、綱吉は推測する。そんな彼らよりも上座の席で、学ランを着た男子生徒がストップウォッチで何かを測っていた。聞くまでもなく並盛高校は教師どころか来賓まで、彼の支配下にあるに違いない。やけに大声で歌われる校歌を聞きつつ、綱吉は中学の時と変わらない認識を新たにした。
それを証明するかのごとく、式の最後で彼は壇上に上がった。ちなみに紹介文句は「在校生代表、風紀委員長、雲雀恭弥君」だった。恐怖に震えている司会者の声に、敬称が「様」になるんじゃないかと綱吉は心配になったが、さすがにそれはなかった。そういう意味での特別扱いを彼は嫌うのだ。校長以上の権限を持ちながらも、あくまで生徒でいたいらしい。雲雀の整った外見に、新入生の女生徒たちがひそやかに声を交わし合う。黙った方がいいよ、と綱吉は心中だけで忠告した。雲雀の挨拶は三分どころか、三秒にも満たなかった。
『群れたら咬み殺す』
マイクを通して反響した声に、体育館中があっけにとられて黙り込む。久しぶりの台詞に獄寺が舌打ちし、山本が「あいつ変わんねーな」と笑った。まったくだと、綱吉も思った。



クラス分けは県立高校ということもあってか、成績順ということはなかった。むしろ綱吉と獄寺と山本は三人で一人という扱いのごとく、同じクラスになったのだ。雲雀というよりは今年四歳になる家庭教師の策略を感じたけれども、嬉しいことに変わりはないので綱吉は素直に喜ぶことにした。片思い歴四年目に突入した笹川京子と、その親友の黒川花も一緒だったので、その感動はひとしおだ。花の「変わりばえのしない面子」という言葉には、思わず頷いてしまったけれども。とにかく綱吉の高校生活は比較的穏やかに始まった。それはそれは穏やかに始まったのだ。
さすがにぎりぎりで合格しただけあって、授業についていくには必死で勉強しなければならなかった。授業中はひたすらにノートをとり、分からないところは帰ってからリボーンに聞く。これじゃ受験のときと変わらないじゃん、と思っている綱吉が中間テストでよい結果を残すのはもう少し先の話だ。やはり予習復習はして悪いものではないらしい。否応なしに経験してきたバトルや修業を経て、身体能力はそこそこに発達してきている。総合的に見て綱吉はもはやダメツナではなく、普通の生徒になっていた。
獄寺と山本は成長期を迎えて背も伸びたせいか、中学以上の人気を女子から誇っていた。獄寺は相変わらず綱吉以外の輩には乱暴に対応し、例え相手が教師だろうと敬意なんて払わない。だけどそんな彼がいいと言う女子はたくさんいたし、また頭の良さでも獄寺は目立っていた。ハーフの色素の薄い髪に難癖をつけてきた上級生を一撃で伸したのも理由の一つかもしれない。
山本は爽やかな笑顔と人付き合いのよい性格で、女子からだけでなく男子からも慕われていた。特に入部した野球部ではその実力からすぐにレギュラーをもぎ取り、けれど先輩に妬まれることもなく可愛がられるのは一種の才能なのだろう。廊下を歩けば学年関係なくかけられる声に、山本はいつも明るく笑顔を返していた。
そんな彼らと綱吉が共にいることに、しかもどう見ても三人の中心が綱吉であることに、疑問を抱く生徒がいないわけでもなかった。けれど彼らの放つ空気はとても自然なものだったし、何より獄寺の綱吉への忠心は、彼のファンの女生徒たちに嫉妬させる以前のものだったのだ。
獄寺と山本、そしておまけで沢田。そんな印象を受けていた並盛高校の生徒たちは、ある日を境にその認識を一変させることとなる。



ガッという鈍い音がした。普通なら繁華街の路地裏でくらいしか聞けないかもしれない、けれどこの並盛高校では日常的に聞くことの出来る、痛みを帯びた音だ。女生徒の悲鳴が廊下に響き、駆ける男子生徒の足音がする。ブレザーが制服の並高で、学ランをまとっている者たちが示す意味はただ一つ。上級生にもなれば、骨身にまでしみている。不良であり、権威であり、法である者―――風紀委員だ。誰もがリーゼントである中に、一人だけさらりと黒髪を揺らす者がいる。端正な美貌に相応しい毒を持つ彼は、雲雀恭弥。暴力と共に並盛を支配する、風紀委員の頂点に立つ男だった。そして少しでも彼を知っている者たちは誰もが識っていた。雲雀は群れる輩が嫌いで、二人以上で固まっている集団を見ると、咬み殺さずにはいられないのだ。
その性質どおり、雲雀は今、並ぶ男女生徒にトンファーを降り下ろしていた。最初は威嚇のためなのか、めりこんだ先はリムノリウムの廊下で、割れた破片が周囲に飛んだ。腰を抜かしてへたり込んだ相手に、雲雀はヒュンとトンファーを振り鳴らす。
「群れたら咬み殺す。入学式で言ったよね」
昼休みの廊下は生徒で溢れているというのに、今は雲雀の立てる音しかしない。他の生徒たちは身じろぎすら出来ない。彼の関心を誘わないように、そこらへんの木どころか石になったるもりで一切の動作を止めていた。震えている男女生徒が可哀想と思わないでもないが、むしろ気の毒といった印象の方が強い。この学校の絶対的ルールを知らなかった彼らが悪いのだ。せめて救急車くらいは呼んであげよう。誰もがそう思い、次の一撃を見ないようにきつく目をつぶる。
「次からは気をつけるんだね」
雲雀の心底楽しそうな声と、トンファーの大気を切り裂く音がする。けれど次の瞬間に響いたのは、並高おなじみの音ではなかった。しんと広がる沈黙に、おそるおそるまぶたを押し上げた生徒たちは、信じられない光景を目の当たりにした。
一人の小柄な男子生徒が、雲雀のトンファーを受け止めていたのだ。しかも、素手で。
もしかしたらアライグマが立ったのかもしれない。川の中にはアザラシが。いやむしろこれってドッキリ? あの角にはカメラマンとアイドルが隠れてて、プラカードを持って出てくるのかも。つーか出てきて。お願い出てきて。人間、見なれない光景を目にすると逃避したくなるもので、けれど彼らがどんなに意識を飛ばそうとも、やはり目の前の光景は現実であり、小さな男子生徒が雲雀のトンファーを受け止めているのは紛れもない事実なのだ。並高の生徒たちは初めて、雲雀のトンファーが防がれる場面を目撃した。第二撃はいつ繰り出されるのか。間違いなく威力を増すだろうそれに周囲が固唾を飲んでいると、当の雲雀は腕ではなく口を動かした。
「ワォ。久しぶりだね、沢田」
「ひぃっ! ひひひひひひひひひひひささしぶりです、ひひばりさん!」
「ひが多いよ」
「すすすすいませんっ!」
「今度はすが多い」
教育的指導は、トンファーではなく言葉で与えられた。言葉でも出来るのか、というのが生徒たちの素直な感想だ。しかもどうやら二人は知り合いらしい。ネクタイのラインの色から新入生だということは読み取れたが、沢田という名前に多くの生徒は首を傾げた。彼が獄寺と山本と常に行動を共にしている男子だと気がついたのは、美形チェックに余念のない女子生徒だけだろう。それにしても雲雀のトンファーを受け止めるだなんて、あの一年は何者? その場にいた誰もが、そんな疑問を心中に抱いた。綱吉本人が聞けば否定すること間違いないが、周囲から見ればほのぼのとした会話が続けられていく。
「君、本当に受かったんだね」
「なっ! こ、ここしか受けられなくさせといて何言ってんですか!? 俺、死ぬ気で勉強したんですよ!」
「あの赤ん坊がついてるんだから受かって当然だろ。なのにうるさいのを二人もくっつけてきて目障りったらありゃしない」
「ご、獄寺君と山本は関係ないです!」
「関係あるよ。うるさいな」
雲雀がトンファーを払うと、沢田と呼ばれた少年は器用に手を離して距離をとる。まだ新しい制服は初々しいのに、その動作はやけにスムーズだった。すっと雲雀がトンファーを構え直すと、綱吉もつられるように拳を構え、けれど慌ててそれを解く。雲雀がむっと唇を尖らせた。
「何やってるの。早く構えなよ」
「お、おおお俺は戦う気なんてないですよ! あの、さっきのはちょっと、雲雀さんに話を聞いてもらいたいなーって思って」
「話なら、戦ってる間に聞いてあげるよ」
言うよりも早く地を蹴り、雲雀のトンファーが見えない速さで振り下ろされる。今度こそ殴られる少年を想像して、周囲から悲鳴が上がった。けれど綱吉は慌ててそれをいなし、雲雀の横をすり抜ける。
「ええ、っと、だからですねっ! あの、雲雀さん!」
「何?」
「あの、えーと、さっきの彼らなんですけどっ! 二人とも俺のクラスメイトで! 付き合い始めたばっかって噂の、二人で!」
「あっそ」
「並中から離れた学校から来たらしくて、まだよく知らないんですよっ! 俺、から、よく言っときますから! だから今回はひとつ穏便に!」
「へぇ、穏便なんて言葉、よく知ってたね」
「リボーンに叩き込まれてますから、ねっ!」
雲雀は次々とトンファーを繰り出し、綱吉は懸命にではあるけれど、それをことごとく避けていく。話題に出た二人とは、最初に雲雀に咬み殺されそうになった男女生徒のことなのだろう。まだ呆然と廊下にへたり込んでいる彼らは、綱吉と同じ新入生のネクタイをしている。けれど周囲の生徒たちは、雲雀と互角に戦うことが出来る存在がいるということに驚きを隠せなかった。しかもそれが、一年の、平均よりも小柄な男子生徒。くるくる変わる表情から見るに、気の弱そうな印象の少年が、ことごとく雲雀の攻撃を避けている。そして浮かべられている雲雀の表情も、いつもの獲物を咬み殺すときより数段楽しそうなものだった。ぎゃあ、と綱吉が頭を下げてトンファーを避ける。頭髪検査で引っ掛かりそうな茶色の髪が、逃げ遅れて数本散った。昼休み終了五分前を告げるチャイムが廊下に響き、すっと雲雀がトンファーを下ろす。
「放課後、応接室」
「えぇっ! な、何でですか!?」
「君が彼らに指導するなら、最低限の要綱は伝えてもらわないとね。風紀委員のルールブックくらいは覚えてもらうよ」
「・・・・・・はい、分かりました。伺います」
「余計なの引き連れてきたら咬み殺すよ」
「分かってますって。これでも雲雀さんとの付き合いは四年目になるんですから」
ぐったりと肩を落とした綱吉に、雲雀は満足そうに口角を吊り上げる。トンファーが制服の袖口に姿を消すと、控えていた学ラン姿の風紀委員たちが歩み出てきた。その中でも見覚えのある草壁に気づき綱吉がぺこりと頭を下げると、浅く礼を返された。不良の巣窟と言われている風紀委員だが、雲雀に近い者たちの礼儀正しさはそこらの生徒を軽く超える。
「じゃあね、沢田。また放課後」
学ランをひらりと舞わせ、雲雀が背を向けて去っていく。その一行が角を曲がって見えなくなると、綱吉は体中から息を吐き出し、廊下へと座り込んだ。騒ぎを聞きつけて駆けて来る獄寺と山本に、へらりと手を振る。心配そうに声をかける二人と、そんな彼らに疲れ切った様子で笑みを向ける綱吉を、ざわざわと周囲の生徒たちは見つめていた。

それは沢田綱吉が並盛高校で一躍有名人になってしまった、周囲からしてみればセンセーショナルな出来事だった。





アニメでは並中、都立ですよね。ちょっと意外でした。
2006年11月18日(2006年12月11日再録)