00.選択の自由はどこですか。
中学三年生になって、リボーンのスパルタに耐えながら必死で勉強して、綱吉が定期テストでもそこそこの点を取れるようになってきた頃。いよいよ志望校を決める時期となった。
ちなみに獄寺隼人ははなから決まっている。彼は綱吉の希望する学校が志望校で、進路調査票にもそのまま書いた。曰く「ボンゴレ十代目沢田綱吉さんと同じ学校」と、第一希望にも第二希望にも第三希望にも書いたのだ。あまりにあまりな調査票に、職員室に呼ばれたのは何故か当の獄寺ではなく綱吉だった。担任と二人して深い溜息を吐き出し、どんよりとお茶をすすりながら、しばし沈黙。獄寺が転入してきてすでに二年以上が過ぎ、ここまで来れば扱いも分かってくる。故に綱吉の進路調査票=獄寺の進路調査票であり、少しでも難関高校に生徒を排出したい担任は、いろいろと綱吉に薦めてくれた。要約すればすべて「おまえが少しでも良い学校に行ってくれれば安泰なんだ」というものであり、教師もサラリーマンなのだということに綱吉が気がついたのもこの頃だった。
綱吉のもう一人の親友、山本武の進路調査票は普通でいるようで普通ではなく、見た目だけは普通だった。彼はストレートにそのまま「沢田綱吉と同じ高校」と書くのではなく、事前に「ツナ、高校どこにするんだ?」とリサーチを行い、実際に見せてもらった進路調査票に書かれていたのと全く同じ学校名を、第一希望にも第二希望にも第三希望にも書いたのだ。しかしこれもまた職員室で問題になった。山本は野球部のエーススラッガーとして関東大会に出場しており、野球に力を入れている私立高校から学費免除でのお誘いがくるほどに有名なのである。しかし彼が選んだのはたくさんの名刺の中にある学校ではなく、普通の、近所にある公立高校。何故と問うた担任に、山本は笑って言ったという。「だってツナがいるし。野球はどこでも出来るじゃないスか」と。翌日、綱吉は職員室に呼ばれた。お茶にプラスしてまんじゅうを振る舞われながら、教師という職の難しさを綱吉は痛感していた。御愁傷様だ。
さて、問題の沢田綱吉の志望校だが、これはとてもすんなりと決まった。上記二人と比較するのもおかしいくらい、職員室に混乱を巻き起こすこともなく、スムーズだった。両親ともすでに話し合ってきたのだろう。担任がそう推測するほどに無駄がなく、無理のないチョイスだった。まぁ実際に相談した相手は齢三歳の家庭教師なのだけれども。綱吉の第一希望は、この近辺では中の上に分類されるだろう、そこそこの学校だった。自宅から自転車で通える範囲にあり、校則は特別厳しいというわけでもない。難関大学への排出も少なからずあるし、野球部は今年県内ベスト8。これはいい、と担任は一も二もなく賛成をした。これで獄寺と山本に関しても面目が立つ。それゆえの賛成だと分かるくらいに、綱吉は教師の大変さを感じていた。
こうして、今年の並中三年問題児たちの進路はどうにか無事に決定したのである。
しかしそうは問屋が許さないのが、ここ最近の沢田綱吉の人生だった。
冬到来、受験シーズン本番到来。ミスや書き落としがないかを何度も確認した願書を持って、綱吉は獄寺と山本と共に志望校へ向かった。ちなみに交通手段は自転車だ。三人そろってチリリリンと冬の道を行く。間近で見る高校は建物でさえ何故か中学よりも大人っぽくて、綱吉はほんの少しどきどきしながら、受付の男性に願書をしっかりと手渡した。封筒から取り出され、すべての項目が書かれているかどうかチェックされる。そのはずだったのに、男性は最初の一行を見た瞬間に目をこれ以上ないほど見開いて、それはそれはこの世の物ではない物を見たかのように恐怖に怯えた悲鳴を上げた。なんだなんだ、と他の受験生たちもいぶかしがる中、男性は年甲斐もなく、綱吉の両手を握って叫んだ。
「すみません! 君はうちの学校に入れられないんです! ごめんなさい! ごめんなさい!」・・・・・・と。
泣きながら謝り続ける男性の後ろで、続々とこの学校の教師らしい大人たちが集まってきては頭を下げる。そして言うのだ。口々に「うちの学校を受けないで下さい!」と。「レベルも低いし不良もいるし取り柄のない地味学校ですからどうぞ他をお選び下さい」と。自分たちの学校をここまでけなす教師も珍しいだろう。他の受験生がざわざわとしている中、綱吉はやはり思った。教師って大変だ。
理由を聞くどころの話ではなかったが、とりあえず志望校に拒否されたということは分かった。受ける以前の拒絶だったが。獄寺は「十代目にあんなこと言いやがる学校なんか行ってやる必要ないっすよ!」と今にもダイナマイトを取り出しそうな雰囲気で吐き捨て、山本は「ツナが受けねーなら俺も受ける意味ねーや」と笑ったので、結局三人は願書を提出しないまま並中に戻り、第二志望の学校用に書き換えた後、そちらへと向かって出発した。今度の移動手段は電車だった。しかし、その学校でも結果は同じだったのである。第三志望の高校でも以下略。
泣いてすがられて、綱吉の超直感が今更ながらに働いた。以降は足を運ぶなどという無駄なことはせず、片っ端から電話をかけていった。とりあえず偏差値の低い学校から順に、「並盛中の沢田綱吉ですけれど、受験させてもらえますか」と尋ねてみる。しかしどこも同じように怯えた声で「すいません無理です!」と叫ばれてしまい、酷いところでは無言で電話を切られもした。最近の高校教育はどうなってるんだと綱吉が思い始めたとき、解決の糸口が見つかった。正確には、綱吉がことごとく願書すら受け付けてもらえない理由が見つかったのだ。57件目の電話に出た相手が、震える声で漏らしたのである。
「君を入れるどころか受験させただけでトンファーが・・・・・・っ!」と。
綱吉はすべて悟った。
ひ ば り さ ん か よ !
「あぁもう何なんだよ! なんで雲雀さん、俺に受験させてくれないんだよ! っていうか俺の願書受け付けてくれるの一校だけじゃん! どうなってんの、この県! 雲雀さんってマジで何者!?」
「並盛高校。雲雀の通ってる学校だな」
「『群れたら噛み殺す』とか言うくせに、何で俺を呼ぶんだよ! 群れが嫌いなら高校なんか行かなければいいのに! 何でそんなに学校が好きなんだよ! しかも雲雀さん、並高でも風紀委員なんだろ!」
「県内トップの公立校。いーじゃねーか、京子もここを受けるって言ってたぞ」
「何で京子ちゃんの志望校をおまえが知ってるんだよ、リボーン! そうだよ、県内トップなんだよ! 俺がそんなとこ受かるわけないだろー! 高校浪人決定だよ! 何で、何でこんなことに・・・!」
「死ぬ気で勉強すりゃいーじゃねーか」
「よくないよ! 獄寺君はまだしも、俺と山本は本気でやばいんだよ! もう受験まで時間もないってのに!」
「山本は大丈夫だぞ。面接の印象と内申点がいいからな。テストでそこそこ取れば受かる確率は80%だ。了平も去年、そのパターンで受かったしな」
「え! お兄さん、雲雀さんと同じ学校なんだ!?」
「そうだぞ。ちなみに選択肢のある問題が全部正解してたから受かったんだ。本人に聞いたところ『極限に選択した!』とか言ってたな」
「お兄さん、ボンゴレの血筋だろ! 間違いないって!」
「だからツナ、おまえも諦めろ」
「いーやーだー・・・・・・!」
そんなこんなで受験シーズン、いよいよ到来。彼の桜が咲いたかどうかは、春の訪れと共に判明するだろう。
少なくともトンファーを磨きながら待つ風紀委員長が、並盛高校にはいたという。
こんな話を書いてますが、ぶっちゃけ山本は別の高校でもいいと思います。マフィアになるために、思い残さないよう野球の強い学校に行って甲子園を目指すといい。決勝のタイムリーを打って、アルプスのツナに思い切り手を振るといい。
2006年11月8日(2006年12月11日再録)