ボンゴレリングをめぐる争いから五年。
XANXUS率いるヴァリアーに勝利した綱吉は、ボンゴレ十代目の座を継ぐべく、自身のリング守護者を連れ、イタリアに居を移していた。
勝者の権利として綱吉が主張し、ボンゴレ医療班から延命治療を受けているクローム・髑髏こと凪も、彼の恋人として、共に海を越えていた。





さよならまでの距離





拳が机に叩き付けられる、激しい音が響いた。グローブをしていなくとも修業を積んだそれは十分な威力を持っており、重厚な樫の机にひびを入れる。震えている手のひらを、XANXUSは温度のないまなざしで見下ろした。絞り出される声は男にしては少し高い、まだ不慣れなイタリア語。
「・・・・・・もう一度言ってみろ・・・」
懸命に怒りを抑えようとしているのだろう。イタリアに来てから毎日着ているおかげでようやく見れるようになってきたスーツ姿が、今は激しい威圧感を帯びている。抑え込まれる目の前の己を、XANXUSは何故か感慨深く思いながら、先ほどと一字一句変わらない言葉を告げる。
「あの女はもう死ぬ。さっさと違う愛人に乗り換えろ」
再度叩き付けられた拳は、樫の机を完全に分断した。ささくれた木片が綱吉の手の甲を傷つけ、朱色のすり傷が薄く走った。
重苦しい沈黙が広がり、綱吉の怒りの激しさと深さを教える。心底本気で怒るとき、彼は沈黙を持って周囲にそれを知らしめた。たぎる怒りで誰かを傷つけないよう、己を制御するために沈黙する。だけど拳の震えは止まらない。
「・・・・・・それは、凪のことを言ってるのか?」
不揃いな、強張ったイタリア語にXANXUSは笑う。
「それ以外に誰がいる? そもそもあの女に子宮はねぇ。本来ならてめぇの愛人になる資格さえねぇ女だ」
だん、と振りかざされた拳はいつしか黒のグローブをまとっており、すでに廃材と化していた机を粉々に砕いた。細かな粒子が部屋を舞い、二人の間に降り注ぐ。ゆっくりと上げられたまなざしは完全に怒りに染まり、綱吉の額には深紅の炎が宿っていた。
「・・・・・・訂正しろ、XANXUS」
「ハッ! 本当のことだろうが」
「訂正しろ!」
叫びと共に拳が目の前に現れ、XANXUSは上半身を反らすことでそれを避ける。二撃目の蹴りは腕でガードし、三撃目の掌底は互いに繰り出すことで防御した。炎の余波を受け、部屋中の窓ガラスが勢いよく音を立てて割れる。
「俺は子供が産めるとか産めないとか、そんなことで凪を好きになったわけじゃないっ!」
「なら、次のボンゴレはどうなる。また俺とおまえのように争いを起こす気か?」
「っ・・・養子を取ればいいだろ!」
「ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ。超直感のない奴がボンゴレのドンになれるか」
「じゃあおまえが産ませればいいだろ! 俺は凪以外の女を好きになるつもりはない!」
「好き嫌いは関係ねぇ。だが、てめぇは子供を残す義務がある」
「いらないよ、そんなの!」
「いるいらねぇじゃねぇ。ボンゴレを継ぐってのは、そういうことだ」
ぐっと綱吉は唇を噛み締める。その左手の中指にはまっているリングは大空。ボンゴレファミリーを統べる者にのみ着けることを許されたそれは、かつて綱吉が戦って手に入れたものだ。大切な友人や仲間と共に。―――血を吐きながら、凪が、戦って。
XANXUSの冷ややかな声が、綱吉の鼓膜を震わす。
「どんなに延命措置を取ろうが、あの女はもう一年も保たねぇ。さっさと切り捨てて他の女にしろ」
「っ・・・・・・ふざけんな! それがドンに必要なら、そんなことしなきゃドンになれないなら、俺は―――・・・っ」
擦り切れるような叫びにXANXUSが顔を険しくし、綱吉は涙するかのごとく声を張り上げる。
「俺は、そんなものいらな―――・・・・・・っ」



「ボス、だめ」



乱雑に散らかった瓦礫にまみれた部屋に、細く、高い声が響く。綱吉が肩を揺らして顔を上げる。XANXUSも視線を動かした先、分厚い扉の内側に、痩せた女が立っていた。
青白い肌をより酷く見せる、白のワンピースの裾がはためく。彼女は綱吉に向かって、隻眼の左目を緩く細めた。
「ボス、言ってはだめ。それは、絶対に言ってはいけない」
「・・・凪・・・」
「その人の言ってることは正しいもの。私は、ボスの赤ちゃんを産めない」
「凪っ!」
「でも、子供はいるわ。私とボスが出会ったボンゴレファミリー。その全部が、私とボスの子供」
頼りない足取りで近づいてくる凪は、昔のように長く髪を伸ばしている。骨のような手足。人工臓器を埋め込んでいるせいで、そこだけ膨れている腹。身長も成長を止めたように小さく、比較的小柄な綱吉の肩ほどしかない。
けれどとても優しい仕草で、彼女は綱吉の腕へと触れる。
「だから、ね、ボス。そんなことは言わないで」
「凪・・・・・・」
「子供を捨てちゃ、だめ」
くしゃりと顔を歪めた綱吉に、彼女は色の薄い唇で微笑む。うなだれたキャラメル色の髪に口付けをし、彼女はXANXUSを振り向いた。こぼれ落ちそうに大きな瞳が痩せた身体に不つり合いで、彼女に死が迫っていることを、相対する誰もが気づかずにはいられない。
「・・・・・・お願いします。あと、少しだけ」
手が、握られていた。凪の骨と皮だけの手と、薄いすり傷を作った綱吉の手。それらが、離れないように、放さないように、強く握られていた。
「あと、少しだけなんです。お願いします。ボスといさせて下さい」
離れないように、放さないように。
「お願いします。あと・・・・・・少しなんです」
きつく握り合って、綱吉は唇を噛み、凪は心からの願いを告げる。

「お願い・・・っ・・・最期まで、ボスと一緒にいさせて・・・・・・!」

あと少しで隔たれてしまうからこそ、彼らが強く握り合っているようにXANXUSには見えた。離れないように、放さないように。



想いだけはせめて、互いに遺していけるように。



木屑で白くなってしまったコートを叩き、XANXUSは小さく舌打ちをする。出てきた部屋から速足で遠ざかれば、そう離れていないところに立つ三つの影が目に入った。よぉ、と片手を上げた相手に、今度はあからさまに舌打ちを繰り返す。
「うちの息子がすまん。嫌な役をやらせたな」
「まったくだ。こんなの家庭教師の仕事だろうが」
「無理なんだよ。俺たちはツナと凪ちゃんをずっと見てきちまったから」
家光が頬を緩め、困ったように眉を下げる。その後ろにいるリボーンは、深く帽子のつばを下していて表情を見せない。凪を連れてきたらしいシャマルは、手元の時計で時間を確認している。
「ツナも、凪ちゃんも分かってる。ただ今は考えたくないだけだ。残された時間くらい、せめて自由に使わせてやろう」
父親としては、せめて結婚式くらい挙げさせてやりたいけどな。そう呟いて、家光はXANXUSの出てきた扉を見つめる。瓦礫ばかりの部屋の中で、少年と少女は一体何を想っているのか。
泣いているのかもしれないと、XANXUSは思った。

離れないように、放さないように、互いの手を握り合いながら。
遺される愛に泣いているのかもしれないと、思った。





結局はツナに絡むという形で落ち着きそう・・・。
2006年10月3日