学校からの帰り道、家まで後少しという十字路で綱吉は獄寺と別れる。自称右腕らしい彼の家はここからずいぶん離れているのだけれど、それでもこの帰路を獄寺は譲ろうとしなかった。ただでさえ本当は家まで送りたいという主張を譲歩させているのだ。まぁいいや、と投げやりに思いながら、綱吉は今日も彼に別れを告げる。
「じゃあね、獄寺君。また明日」
「はい! 何かありましたらいつでも呼んで下さい!」
「うん、ありがとう」
いつもと同じ言葉に苦笑し、綱吉は彼に背を向ける。これも慣れてしまった動作だ。綱吉が歩いていかないと獄寺はその場から動かない。これも右腕の勤めらしいが、綱吉は何だかなぁと思っている。次の角で振り向けば、やはり獄寺は先程と変わらない位置で大きくぶんぶんと手を振っていた。控えめに振り返して角を曲がる。
ここから家までは直線で200メートルもない。その間にある公園はランボやイーピンの遊び場となっているのだが、三時のおやつを過ぎているからか、彼らの姿は見当たらなかった。その代わりとでもいうかのように、華奢な少女がぽつんとブランコに腰かけている。
「・・・・・・お帰りなさい、ボス」
からんと音を立てて立ち上がった少女は、並盛ではなく隣町の中学校の制服を着ている。綱吉は彼女に向け、へらっと少しばかり引きつった笑みを返した。
「た、ただいま、クロームさん」
細い手足の持ち主は、綱吉の守護者の一人、クローム・髑髏だった。
16時に公園で
綱吉が公園に入ろうとするよりも早く、髑髏は足元に置いていた鞄を拾い上げて走り寄ってくる。やけに薄っぺらいそれに教科書やノートは入っているのだろうか。人事ながらに綱吉はそんなことを考えた。ちなみに彼の鞄は、リボーンが来てからというものの常に持ち帰りが義務付けられており、ぱんぱんである。
二人が隣に並ぶと、ちょうど綱吉の視線の先に髑髏の眼帯が来る。平均よりも小さな綱吉は、彼女とほとんど背が変わらない。促されるようにして、共に歩き出す。
家まではもう100メートルくらいしかない。それでもこの公園で、髑髏はいつも綱吉を待っていた。それこそ雨の日も、綱吉が補習で遅くなった日も、彼女はいつも待っていた。たかが二分にも満たない、帰り道のために。
「あ・・・・・・あのさ、クロームさん」
「クローム」
戸惑いながら話し掛ければ、割合と強い声を返される。その単語に綱吉が振り向くと、しっかりと髑髏の左目が彼を捉えていた。
「クロームって呼んで。あなたは私のボスなのだから、敬称はいらないわ」
「え・・・・・・でも」
おそらく年上の、しかも少女を呼び捨てにするなんて。ハルを呼ぶのとは勝手が違う。対応に困る綱吉を、髑髏は足を止めてじっと見つめた。大きなその瞳に、綱吉はやや経ってから両肩を落とす。
「えっと・・・・・・クローム」
「何? ボス」
「何で、いつも公園で待ってるの? 一緒に帰るっていってもほとんど話もしないし、それに黒曜から来るの遠いだろ?」
綱吉の言うことはもっともだった。家までの徒歩二分の間、彼と髑髏の間に会話はほとんどない。公園での「お帰りなさい」と、沢田家の門扉の前での「さよなら」だけが会話といえるものであり、それ以外はほとんど沈黙ばかりが続いているのだ。最初の頃は綱吉も頑張ってコミュニケーションを図ろうとしていたが、髑髏のクールな対応の前にそれも諦めた。
会話もなく、ただ二分並んで歩くだけ。それだけのためにわざわざ隣町から来る意義が分からず、綱吉は常々首を傾げていた。
髑髏はまっすぐに綱吉から視線を逸らさず、ふっくらとした唇を開く。
「駄目?」
「別に駄目ってわけじゃないけど・・・・・・何でかなって思って」
再度首を傾げてみると、髑髏は僅かに視線を落とした。
「だって、学校には雲雀恭弥がいるもの」
「あー・・・・・・」
髑髏と雲雀の相性の悪さを知っている綱吉は、確かにそれは困るかも、と心中で呟いた。髑髏に限らず骸といい犬や千種といい、雲雀は黒曜中に関わるすべてのものを嫌っている節がある。
「それに、帰りは獄寺隼人が一緒だわ」
「・・・・・・うん」
さっき分かれたばかりの友人の顔が、ぽんっと容易に浮かんでくる。
「ボスの家にはランボもアルコバレーノもいるし、二人きりになれるのは今くらいしかないもの」
「えっ・・・・・・」
「でも、ボスが迷惑ならもう来ない」
「め、迷惑なわけじゃないから!」
言ってから何故かしまったと思って口を押さえるけれども、髑髏の隻眼の瞳が大きく見開かれて綱吉を見つめる。ぱちぱちと繰り返される瞬きに、綱吉は自身の顔が赤くなっていくのを感じた。何言ってんの俺、と思うが、一度出てしまった言葉は取り消せない。
綱吉は速まる鼓動をどうにかしようと胸を押さえ、髑髏はうっすらと頬を染めてうつむいた。互いのそんな仕草には気づいていなかったけれども、二人の間に流れる空気は、先程までのよそよそしいものではなくなっていた。
・・・・・・あのさ、と綱吉が頬を掻きながら髑髏を誘う。
「今度、うちで夕飯食べてかない? 千種さんや犬さんも一緒にさ。二人きりじゃないけど大勢も楽しいだろうし、それにきっと、たくさん話も出来ると思うんだ」
「・・・・・・いいの?」
「もちろん。うちはチビどもばっかでうるさいけど、それで良ければ」
照れながら綱吉が言葉を重ねると、顔を上げた髑髏の瞳がゆっくりと細められた。唇はまだ笑みを描かないけれど。
「・・・嬉しい・・・・・・」
それは、とても綺麗な笑顔だった。
いつもより少し時間のかかった帰路を終え、沢田家の門扉で、いつもと同じように二人は別れる。
「それじゃ、気をつけて」
「さよなら、ボス」
「うん。・・・・・・また明日、クローム」
照れたような言葉に、髑髏も今日は違う挨拶を紡いだ。
「・・・・・・また明日」
小さくなっていく後ろ姿を、綱吉は門扉に両腕を預けて見送る。曲がり角で一度振り返った彼女に面食らってしまったけれども、おずおずと手を振ってみた。少し時間がかかったけれども、小さく振り返された手に満足して、綱吉は自宅の扉を開くのだった。
やばい・・・イケることに気づいてしまった・・・! そのままでも可愛いよ、クローム嬢!
2006年9月26日