その日、ヴェルデはボンゴレの屋敷を訪れていた。いつもは一番に綱吉のところへ駆けていく彼女だが、今日はリボーンの部屋に足を向ける。すでに綱吉は外出していて不在という情報を手に入れていたからというのもあるが、この来訪の目的はリボーンだったのだ。日頃は犬猿の仲である二人が並んで廊下を歩いているのを見て、ボンゴレファミリーの面々は不思議そうに首を傾げていた。
案内されたのはリボーンの私室で、綱吉の寝室とそう離れていない距離にヴェルデは眉を顰める。飾り気のないシンプルな部屋を見回し、彼女はわざとらしく肩をすくめた。
「相変わらず、色気のない部屋」
率直な感想に、クローゼットを開いてスーツのジャケットを脱いでいたリボーンは舌打ちする。
「うるせぇ。機械ばっかのテメーの部屋よりはマシだ」
「掃除はハウスキーパー? クリーニング届いてるよ」
「触んな」
「スーツ・ブラウス・ネクタイ・ソックス、スーツ・ブラウス・ネクタイ・ソックス。マジで色気皆無だね、おまえ」
「うるせぇ。殺すぞ」
「出来るものならやってみな。で、こっちはランジェリーか」
睨んでいた分、リボーンの動作が一瞬遅れた。愛銃を握った瞬間には、すでにヴェルデは白い袋を宙に放り投げている。その動きは戦闘向きではないとはいえ、さすがはアルコバレーノだった。
袋から布が何枚かこぼれ落ちる。
ひらひらと音もなく絨毯に着地したそれらは、ブラジャーにソング、ガーターとストッキングだった。
センチメンタルジャーニー
色はアクア。ブルーとグリーンの中間のような、一度目にしたら焼きついて離れない鮮やかな色。ブラジャーのストラップとカップの縁は黒のレースが飾っている。ソングはサイドからバックにかけてやはり黒のレースが施されており、形はパンティよりもTバックに近い。ガーターはアクア、ストッキングは細かな網目。一目で分かる、「大人の下着」だ。
いっそ見事なほどに爽やかな笑みを浮かべ、おまえは誰だと問われるに違いない顔でヴェルデはリボーンの肩をぽんと叩く。
「見栄張るのも大概にしとけよ?」
「―――ヴェルデ、テメーマジで死ぬか?」
「だよなぁ。おまえガーターなんかつけられないもんな。腰から尻にかけて真っ平らだし」
「洗濯板のテメーにブラジャーは永遠に必要ねぇな」
「おまえこそいっぺん死んどく?」
「こっちの台詞だ」
もしもこの場に綱吉がいたのなら、少女二人の言葉遣いをたしなめたことだろう。けれどリボーンは表面的には彼の言うことを聞かないし、ヴェルデは綱吉の前では完璧に少女の仮面を身につける。アルコバレーノの名に違わず一筋縄ではいかない二人は、じっと床の上の下着を見下ろした。
「で? おまえじゃなきゃ誰のだよ」
「・・・・・・髑髏だな。クリーニングが間違えたんだろ」
「あのいまいましい毒女か」
ちっ、とヴェルデは大きく舌打ちした。黙っていれば愛らしい少女の顔つきが、今はひどく歪んでいる。彼女に限らず、綱吉に想いを寄せている人物にとって、クローム・髑髏は決して避けては通れない存在だ。霧の守護者でありながら、ドン・ボンゴレの愛人の一人。ハルなら許せても髑髏じゃ許せないと思うところに、彼女の人格が窺える。
眼つきを険しくし、ヴェルデとリボーンはじっとアクア色の下着を見下ろした。じーっと見下ろした。じっとじーっと見下ろした。穴があくほどに、二人はその下着を見下ろした。
・・・・・・時計の秒針がくるくると五回転した頃、ヴェルデはアクア色のブラジャーに、リボーンもアクア色のガーターに手を伸ばしていた。
白衣代わりのジャケットを脱ぎ、ワンピースも脱いでキャミソールになる。
ベルトを外してブラウスを出し、漆黒のパンツを脱いで素足を晒す。
そしてヴェルデはブラジャーを、リボーンはガーターを床からおそるおそる拾い上げ、慣れない手付きで装着してみた。
――――――結果。
・・・・・・ずるり。
べしっという音が二つ響く。
「〜〜〜〜〜〜ふざけんなっ! 巨乳なんかこの世から消えちまえ!」
「〜〜〜〜〜〜マジで殺すぞっ! 尻がなくたってこの世の中生きていけるだろうが!」
腰まで落ちたブラジャーをヴェルデは思い切り床に投げつけ、足首まで落ちたガーターをリボーンは思い切り窓に蹴りつけた。
肩で息をしている互いの目に涙が浮かんでいたことは、二人だけの秘密だった。
それからのヴェルデとリボーンは、酒の入ったサラリーマンのごとく愚痴をこぼしあい、質の悪いOLのごとく暴走しまくっていた。今はボンゴレ諜報部にいるらしい百発百中のランキング主に、相手が仕事中にも関わらず電話をかけたくらいである。
「おい、フゥ太! 今すぐ髑髏のスリーサイズを教えやがれ!」
『僕のランキングはツナ兄専用だから、ツナ兄の許可を取って・・・って言うところだけど、まぁいいや。リボーンたちも年頃だしね、大目に見てあげるよ。僕の口座に三千万振り込んどいて』
「いくらでも払ってやる! だからさっさと言え!」
『はいはい。クローム・髑髏のスリーサイズは・・・・・・峰不二子と同じだね』
ゾロ目。ヴェルデとリボーンの背景に雷が落ちた。
「・・・・・・じゃ、じゃあ、今のボクたちの年代でスタイルが良いのは?」
『別料金で五千万ね。一位はコロネロ。バスト・ウエスト・ヒップのトータルで断然トップ。このままでいけば第二の峰不二子になれるかも』
「やっぱりあいつかよ・・・っ!」
「滅多にツナ様に会えないくせに無駄な努力しやがって!」
『第二位はラル・ミルチ。コロネロほどじゃないけど全体のバランスがいいね。背が高いし足も長い』
「マジかよ! あの戦闘マシーンがっ!?」
「完全に圏外だったな・・・・・・。いつもコートで隠してやがるし」
『後はとんとんだよ。自覚してると思うけど、それぞれに克服すべき箇所があるみたいだしね。後言っておくけど、ハル姉もかなり良いスタイルしてるよ。コンパクトにバランス取れてるし、肌の綺麗さでは髑髏より上だしね』
「「!」」
『各自それぞれに合ったダイエット法は効果10位は1億、1位は10億から承るよ。まぁ身体だけでツナ兄がゲット出来るとは思えないけど頑張って?』
じゃあね、と励ましなのか守銭奴なのか、それとも簡単には譲らないという牽制なのか、にこやかな声で挨拶をし電話は切れた。残されたリボーンとヴェルデは、ツーツーツーとしか音を発さない携帯を黙って見つめる。みしりと鳴ったのは、一体何だったのか。
「・・・・・・そういやボク、今日は例の薬の件で来たんだよねぇ。そろそろ出来てるよね? でなきゃボンゴレ科学班の名折れだよ。10年もかけて薬一つ開発できないなんてさ」
「・・・・・・そういや昨日の報告では大詰めだって言ってたな。発破かけに行ってやるか」
「行こうよ、リボーン。このヴェルデ様じきじきに研究員を激励してやるよ」
「そうだな、それがいい」
ゆらぁりと立ち上がり、二人は低く笑いながら部屋を出る。不気味としか言えないアルコバレーノ二名に、さすがのボンゴレファミリー構成員たちも道を譲った。ひそひそと交わされる声にも少女二人は気づかない。今、彼らを支配してるのは嫉妬から来る野望、それだけだった。
「あの薬さえあれば、ツナ様もボクを意識してくれる・・・!」
「髑髏もハルも目じゃねえ! あの薬さえあれば・・・!」
「「そう! あの『10年すっ飛ばし成長薬』さえ手に入れば!」」
行くよ、リボーン! 行くぞ、ヴェルデ! そんな声をかけあって二人は赤い絨毯の廊下を音速スピードで駆け抜ける。目指すはただ一つ、ボンゴレ科学班の研究所。
彼らが綱吉に女性として認めてもらえるかは、10年後しの新薬にかかっていた。
10年後の自分がはたしてナイスバディなのかどうかは、まったく考慮していない二人だった。
戦わずして敗北、リボーン&ヴェルデ。
2006年9月25日