茂みの影で、綱吉はぼんやりと空を眺めていた。彼の二メートル後ろでは、髑髏がベンチに座っている。
現在の時刻は11時ジャスト。
女を待たせんじゃねぇ、という家庭教師の言葉がどこかから聞こえてきそうだった。
事実上の敗北宣言
11時の待ち合わせから、最初の10分。
髑髏はベンチを立ったり座ったりを繰り返していた。15秒座っていたかと思うと立ち上がり、15秒周囲を見回したかと思うとまた座る。延々それの繰り返し。そのサークルが20回続き、21回目はなく、以降彼女はベンチに座り続けた。
その間も綱吉は、彼女の真後ろの茂みの影で膝を抱えていた。たいして大柄でもないその姿は、どうやら髑髏からは見えなかったらしい。
11時10分から、11時20分までの10分。
髑髏はせわしなく手鏡で己の姿をチェックしていた。独創的な髪の分け目、完璧らしいメイク、白ゆるカーデのずれ具合、カーキミニスカのきわどい角度。一分間に一度周囲を見回しながら、手鏡とにらめっこを繰り返し、準備万端を確認する。
その間も綱吉は、彼女の真後ろの茂みの影で前を行くバスの終点を確認していた。そろそろ野球部の練習試合が始まる頃だなぁ、なんて考えながら。
11時20分から、11時30分までの10分。
髑髏は手元の携帯電話を開いたり閉じたりしながら、じっと見つめていた。小窓に時刻しか映っていないのを見て溜息を吐き出し、期待を込めて折りたたみを開いては、変わらぬ待ち受け画面に肩を落とす。華奢な身体をうつむけて、彼女は携帯を握り続けた。
その間も綱吉は、彼女の真後ろの茂みの影でもう一人の友人の予定を思い返していた。例え何か用事があっても自分が電話すれば飛んでくるだろう。十代目、と叫ぶ自称右腕をまぶたに描く。
11時30分から、11時40分までの10分。
髑髏はカチカチと携帯電話を操っていた。最初は電話をかけようとしてたが、どうしても最後の通話ボタンが押せなかったのでメールへと切り替える。カチ、カチと一文字一文字考えながら打っているのか、その動作はとても遅かった。何度も消しては打ち直している。
その間も綱吉は、彼女の真後ろの茂みの影で視界に映る本屋に行かなくてはいけないことを思い出していた。ポケットに入っている携帯は鳴らない。
11時40分から、11時50分までの10分。
髑髏はぎゅっと手のひらを握りしめていた。結局使えなかった携帯を鞄に戻し、今はただ、己の手のひらをきつく握っている。かすかに震えている肩は、彼女をとても小さく見せていた。来てくれないかもしれないという不安と恐怖と、髑髏は必死で戦っていた。
その間も綱吉は、彼女の真後ろの茂みの影でアスファルトに座り込んでいた。彼はすでに膝を崩し、胡座をかきながら空腹を感じていた。
11時50分から、12時までの10分。
二人の男を投げ飛ばし、散々啖呵を切った美少女の焦がれる相手を一目見ようと待機していた野次馬たちは、唇を噛み締めている彼女に憐憫と悲哀の情を覚え始めていた。今にも泣き出しそうな彼女を、つられて切なくなりながら見守った。
その間も綱吉は、彼女の真後ろの茂みの影で溜息を吐き出していた。すでにここに座って一時間半。90分。尻が痛みを訴えている。
何だかなぁ、と呟いて、綱吉はゆっくりと立ち上がった。
「髑髏」
背中ではなく、体の正面を向けて名前を呼ぶ。弾かれるように彼女が立ち上がって振り向いた瞬間、泉を作っていた涙がぼろっと宙にこぼれた。腰ほどの高さの茂みを越えて抱きつかれながら、綱吉は何だかなぁ、と再度呟く。
とりあえず遅刻したことを謝って、その後で今日の服は似合っていると言おう。可愛いと言ってやってもいい。
そんなことを考えながら、綱吉は泣き続ける髑髏の頭をぽんぽんと撫で続けた。
人はそれを、ほだされたと言う。
2006年9月22日