綱吉の小さな家庭教師は、イタリア育ちのヒットマンだ。0歳にして愛人をすでに四人持っている彼の持論には、「マフィアたるもの女には優しく」というものがある。故に彼は将来ボンゴレファミリーの十代目とする綱吉にもそれを強要した。
つまりは「女性に優しく」である。





恋のマニュフェスト





待ち合わせの時間は11時。先に少し早い昼食を済ませて、その後は適当にウィンドウショッピングをする予定だ。
本当は映画やら遊園地やらを提案したのだけれども、それは相手によって却下された。何でも映画はせっかくのデートなのに二時間も喋れないのが嫌らしく、遊園地は逆に待ち時間に喋りすぎて話題が尽き、付き合い始めのカップルは気まずくなることも多いらしい。自分たちはカップルじゃないしデートでもないけど、と内心で注釈しながら新たな知識に綱吉が頷いたのは先日。
今日は、髑髏の「守護者を頑張ってる僕にご褒美を下さい」という主張から来た、「髑髏感謝デー」だった。



待ち合わせの時間より大分早く、綱吉は家を出た。髑髏と会う前に一度本屋に寄りたかったのだ。何でも先日ビアンキが注文した本が今日入るらしいのだが、何時になるか分からないので時間を確認してメールしてほしいと頼まれている。自分でやれば、と言いかけた綱吉は、注文されているのが料理の本だと知り、快くその頼みを受け入れた。ポイズンクッキングになりそうだったなら、どうにかごまかして彼女の手に渡らせないつもり満々である。
故に綱吉は待ち合わせよりも30分近く前に、駅前へとたどり着いた。足早に本屋へ向かおうとして、あれ、と首を傾げる。思わず立ち止まって注視してみると、ベンチに見覚えのある少女が座っていた。

約束の時間30分前、すでにクローム・髑髏は待ち合わせ場所で待機していた。

駅前のベンチに、ぽつんと座っている少女。どうしたものかと綱吉は困惑した。待ち合わせにはまだ余裕があるし、件の本屋はここからすぐだ。行って帰ってきても十分間に合うのだが、彼女を見かけたのに声をかけずに横切るというのも何か変な気がする。
どれが正解かは分からないけれど、どうしようと綱吉が首を傾げている間に、男の二人連れが髑髏へと近づいていく。あぁ、外見はいいもんなぁ、と綱吉は思った。外見だけはいいもんなぁ、と。
気になったので、髑髏の視界に入らないよう大きく迂回してベンチの後ろの茂みに身を隠す。聞こえてきたのは、案の定ナンパのお誘いだった。
「君さぁ、すっごい可愛いね」
「友達待ってんの? 何時待ち合わせ?」
「よかったら俺たちとどっか行かない? カラオケでも何でもおごるよ」
すごいなぁ、と綱吉は素直に感心した。全部おごると言ってもらえるくらい、髑髏の容姿は優れているのだ。容姿だけは、優れているのだ。
「拒絶します。待っているのは友達ではなく恋人ですから」
違う、恋人じゃない。綱吉はそこにツッコミを入れたが、美少女に自然と注意を向けていた駅前の人々にとっては、「拒絶します」の方が強烈だった。結構でも遠慮でもなく、拒絶ときたか。
誘った男たちも想像してなかったきつい言葉を返され、しどろもどろになっている。
「こ、恋人?」
「でも君、10時頃からここで待ってんじゃん。すっぽかされたんじゃないの?」
「待ち合わせは11時です。あなたたち、10時頃から僕のことを見てたんですか? 暇な方々ですねぇ」
「それだけ君が可愛いってことだよ」
おお。上手い切り返しだと、綱吉は感心した。もしかしたらリボーンは自分にこれを望んでいるのかもしれない。
けれど言われた髑髏は違ったらしい。背後ということで顔は見えないのだが、綱吉の肌がピリピリと反応している。悪寒さえ感じる、髑髏特有のオーラだ。
「僕が美しいのはまったくもって真実ですが、あなたたちからの賛美など、僕にとっては道端の小石ほどの価値もありません。いえ、小石の方がまだマシですね。投げればそれ相応の武器になりますし。とにかく邪魔です。さっさと去りなさい。僕の時間をこれ以上無駄にしたくない」
類稀な美少女は、見事な毒舌娘でした。
あーあ、と綱吉がうなだれていると、さすがに男たちも腹に据えかねたのだろう。きゃあ、という悲鳴が周囲に起こる。
「優しくしてりゃあ、この女・・・・・・っ!」
「触るんじゃありませんよ! この塵芥が!」
ばーん、と何かが勢いよく地面に叩きつけられる音がする。チリアクタって何だろうと思いながら、綱吉はその音を背中で聞いていた。見る気はない。見たら速攻で回れ右して帰るだろう自分を彼は知っていた。かつん、と鳴ったのはブーツのヒールだろうか。
「あなたたちごとき下賎な輩が僕に触れるなんて千年早い! いや、千年でもまだ足りませんね。むしろ一生早い! 生まれ変わって綱吉君になれたら再度チャレンジしにいらっしゃい!」
あー空が青いなぁ。アスファルトに体育座りをしながら、綱吉は空を見上げる。
「大体今日の僕の衣装は全部この日のために揃えたものなんですよ! 一体何百着試着したと思ってるんですか! すべて綱吉君とのデートのためなのに、それなのにこんな下郎にも見せなくちゃならないなんて! 見物料を払いなさい! むしろ今ここで死んで詫びなさい!」
あーそういや今日、山本練習試合だって言ってたなぁ。今からでも応援に行こうかなぁ。綱吉は目の前を走るバスの行き先を確認する。
「この黒のロゴタンクトップ! 膝上20センチのカーキミニスカ! 白ゆるカーデにふわふわヒールブーツ! 鞄はフリル付き、メイクは濃すぎず薄すぎず完璧です! もちろん勝負下着ですし脱毛処理だって万全ですよ! それもこれもすべて綱吉君だけのためなのに、それなのに何で! 今日を楽しみにして昨日の午後三時から布団に入ってた僕の気持ちが分かりますか!? 日めくりカレンダーをどんなに全部めくりたかったか、その気持ちが分かりますか!? わくわくドキドキどころか緊張で心臓が張り裂けそうなのに、こんなとこで余計な手間を取らせないで下さいよ! あなたたちの血で服が汚れたらどうしてくれるんですか!」
獄寺君、今日暇かなぁ。今からメールして山本の試合誘っても大丈夫かなぁ。綱吉はポケットから携帯電話を取り出す。時刻は11時5分前。
「今日が初めてのデートなんですよ! 僕が無理やりお願いしたから、きっと綱吉君はそうは思ってないでしょうけれど、でも初めてのデートなんですよ! どんなに僕が計画立ててきたか知ってますか!? 綱吉君に楽しんでもらえるため、綱吉君に喜んでもらえるため、綱吉君に据え膳食してもらえるため! ラブホのリサーチだってしてきたんですから! それを無駄になんてさせて堪るものですか!」
そろそろ帰ろうかなぁ。綱吉はスニーカーの紐を結び直す。
選挙演説がごとく続いている髑髏の声が、一層甲高く駅前に響いた。

「今日こそ僕は、綱吉君に好きになってもらうんです! 綱吉君のためだけに僕は生きてるんですからね!」



やばい。出ていきたくない。本気で出て行きたくない。知り合いだと思われたくない。しかも自分がその「綱吉君」本人だと知られたくない。マジで帰りたい。勘弁してリボーン。
どんなに茂みの影で綱吉が祈っても、時は残酷に過ぎていく。
11時を告げる時計の音が、駅前広場に雄雄しく響いた。





髑髏嬢はレヴィと同じく二時間前から待っていました。
2006年9月21日