本人はまったくもって嬉しくないと言い張るが、とにかく沢田綱吉はボンゴレファミリーの十代目ドン・ボンゴレに就任した。本人曰く就任してしまった。しかし一癖も二癖もある幹部らを従え、やんちゃ坊主にも程があるヴァリアーを屈服させ、ひいてはアルコバレーノまで手懐けてしまう彼は、紛れもないドン天性の素質を持っていた。そうしてイタリアマフィア界にうら若きゴッドファーザーとして君臨することしばらく。

当然のように湧いて出てくるのは、彼の後継者問題である。





Hell is woman. / 地獄とは女性のことだ。





今日も今日とてドン・ボンゴレの執務室には、甲高い声が響き渡っていた。
「ハルですハルですハルですハルです絶対ハルですっ!」
「いいえ、ここは僕だって譲りませんよ。何たってこのために女になったんですから」
「嘘です! 髑髏さん嘘ついてます!」
「おや、僕のどこが嘘つきだと?」
形のよい顎に人差し指を添えて小首を傾げるのは、言わずもがなクローム・髑髏だ。ボンゴレファミリーの幹部でありながら、綱吉を守るべく選ばれた守護者の一人、霧のリングを持つ者。元来魅力的だった容姿は年齢を重ねて凄みを増し、今や立派な美女となっている。露になっている左目に微笑みかけられれば、落ちない男はいないとまで言われている妖艶さだ。
対して彼女と向き合っているのは、長い黒髪に大きな瞳をしている女性、三浦ハル。こちらもボンゴレファミリーの幹部であり、直接戦闘には参加しないが、その分内部からボンゴレを支えている重鎮である。どこか少女めいた愛らしさは今も健在であり、向けられる笑みはこちらまで元気づけられる。だからこそ一瞬の色香が引き立つのだと、誰もが口を揃えて言っている。
ボンゴレ二大美女と呼ばれている彼女らは、ドン・ボンゴレの愛人でもあった。
更に正確に言うのなら、彼女らはドン・ボンゴレの「押しかけ愛人」だった。

美女二人に挟まれて、当のドン・ボンゴレこと沢田綱吉はウハウハと笑っているのかと思えば、そうでもない。むしろ彼は彼女たちから距離を取り、自身のデスクに向かって今日の分の決済にいそしんでいた。常と変わらない仕事中の風景。マフィアのドンになる教育過程で彼が最も学んだのは諦めの早さと状況対応力かと思われる。
「だいたい髑髏さんは元は男の人なんですから、そんな人にツナさんの子供を任せるなんて出来ません!」
「元は男、今は女。だからこそ素晴らしい養育が出来ると思いませんか? 僕なら忙しい綱吉君の代わりにパパをやることだって出来ますよ」
「そんな養育、ハルは反対です! ツナさんは確かに忙しいですけど、子供にはそんなツナさんの後ろ姿を見せて育てるんです。偉大なゴッドファーザーが父親なんだって子供に分からせるのも大切です!」
「あぁ、確かにハルさんの言うことも一理ありますね」
髑髏はすらりとした足を組み変える。学生時代はミニスカート全盛期もかくやという長さのものをはいていた彼女だが、最近ではシンプルなパンツスーツが多い。これは元風紀委員長にファミリー内の風紀が乱れると何故か綱吉が文句を言われ、何気なく「俺、髑髏はパンツルックも似合うと思うなぁ」と呟いてみた結果だ。インナーは白のブラウス。開いている胸元から黒い下着がちらちらと覗いているが、これくらいは許容範囲内だろうと綱吉は考えていた。
「確かに子供には父親の背中を見て育ってほしいですねぇ。特にそれが最愛の夫なら言うことなしですよ」
「そうですよ! 男の子なら『将来はパパみたいなドンになる』って言うようになって」
「女の子なら『将来はパパのお嫁さんになる』ですか?」
「きゃーっ! 素敵です! 素敵ですよぅ、それ!」
「産むなら男がいいと思ってましたけど、案外女も捨てがたいですねぇ。『ダメよ、パパはママのものだもの』・・・・・・クフフ、是非言ってみたい台詞ですよ」
「言ってみたいですよね! 永遠の新婚夫婦がハルの理想です!」
拳を握りしめて頬を染めているハルは、プリーツスカートのスーツだ。長さは可愛らしい膝小僧が見え隠れするくらいで、その下のハイソックスとヒールローファーは一見すれば学生のようだけれども、中に花柄のブラウスを合わせることで華やかな雰囲気に変えている。髪を緩くまとめているバレッタは以前に綱吉が贈ったもので、これ以上のものはないという程に似合っていた。ハルお気に入りの、大事な大事な家宝に等しい一品である。
「だけどそのためにはまず、ハルが妊娠しないといけないんです」
「そうですね。授業参観は若くて綺麗なお母さんっていうのが定番ですし」
「高齢出産にはまだまだまだまだありますけど、こういうのは早い方がいいですよ!」
「もうセーフティセックスなんてことは言ってられません! というか僕は綱吉君なら激しいのも全然オッケーです!」
「もちろんハルだって負けません!」
「ですから綱吉君!」
「だからツナさん!」

「「今日から毎晩抱いて下さいっ!」」

頬を染めて美女二人は最愛の人を振り返るけれども、すでにそこに彼はいない。「キャバッローネとの会談に行ってきます」とだけ書かれた紙が、デスクの上で虚しくひらひらと風にそよいでいた。





ツナ、たくましく育ってます。
2006年9月20日