午後四時。ホームルームも終了し、部活に所属する生徒は用意を始め、帰宅する生徒は昇降口に向かい始めるその時刻。
並盛中学の校門は、北極もかくやというブリザード空間を形成していた。
スリーカウント・ラブゲーム
その日の並盛中の裏門使用率は過去最高のものだったらしい。正門に向かった生徒たちは悲鳴を上げ、それぞれに裏門へと全力疾走して帰路につく。けれど問題は校庭で部活を行う部員たちだ。野球部はミーティングのため今日は室内だが、サッカー・陸上・ソフトボール・テニスなど。人気部活のそれらに所属している生徒は多い。そんな彼らは今、それぞれの部活に入ったことを心底後悔していた。何だって校庭で活動する部活なんかに入ってしまったのか。今すぐ退部届を出したい。彼らはノートを切り取ってペンを持とうとさえ思っていた。
彼らをそんな心境に追いやっている原因は、正門で向かい合っている二人の人間にあった。
片や、言わずもがな、並盛中だけでなく並盛町すべてを支配する風紀委員の頂点、雲雀恭弥。
片や、先日騒ぎのあった黒曜中学の制服をまとって魅惑的に微笑んでいる、美少女。
並べば美男美女で似合いだろう二人は、一定の距離を挟んでにらみ合っていた。その光景ははっきり言って、とてもじゃないが友好的なものには見えなかった。生徒たちが硬直しているため、静かな校庭には彼らの会話内容が実によく響き渡る。
「君、何でここにいるわけ」
「クフフ。愛しい人の下校を待ってるんですよ」
「邪魔。帰れ。僕の学校に断りもなく入るんじゃないよ」
「おやおや、相変わらずよく鳴く鳥ですねぇ」
歩く傍若無人とまで言われる雲雀の冷ややかな言葉を、少女はくすりと笑って簡単に流した。
かきあげられた漆黒の髪がさらりと流れる。右目は眼帯が覆っているけれども、ぱっちりとした左目が緩やかに細められる。華奢な肩や手首は男なら誰だって庇護欲をそそられるだろう。短い上着の裾から覗く色白の腹が艶めかしく、見えそうで見えない長さのスカートから伸びる足は、実に滑らかな曲線を描いている。ふっくらとした唇をほころばせる姿は、しごく妖艶。ミステリアスな雰囲気を持つ彼女は、そんじょそこらでは到底お目にかかれない、完璧な美少女だった。
細い綺麗な指先を唇にあて、少女は小さく笑みを漏らす。
「どきなさい、雲雀恭弥。今の君はただの道化。僕の敵ではありません」
ぴくりと雲雀の眉間に皺が寄る。十度は低くなった気温に、校庭にいる生徒たちはジャージを着たくなるが動くことさえ出来ない。
少女はまるで招くかのように、その両腕を大きく広げた。風がフレアーのスカートをたなびかせて、男にとって美味しい光景が広がるはずなのに、何の魔法か一瞬たりとも見えはしない。けれどそんなことどうでもいいのか、雲雀は睨む視線を険しくさせる。
「・・・・・・どういうこと?」
「クフフ、そんなの決まってるじゃないですか」
ぴっと立てられたのは、左手の人差し指。
「まず一つ。綱吉君は常識人。おかしな出来事に巻き込まれようと、彼自身は常識的な普通の人間でありたいと思っている」
まぁ言っていることは間違いではない。最近の厄介な出来事のほぼすべての中心にいる彼は、それでも常に面倒ごとを避けたがっている。ツッコミの内容は雲雀からすれば気にするべくもないことばかりだが、おそらく一般的な常識を持っているのだろう。沢田綱吉は常識人。とりあえず雲雀はそれに頷いた。
校庭にいる生徒たちは、「綱吉」という名前を持つ並盛中生をそれぞれ脳内で検索していた。
二本目の指がすっと綺麗に立てられる。
「二つ目。常識的な綱吉君は、常識的な恋愛観を持っている。男は女と、女は男と恋に落ちるのが当然だと考えている。まぁ少数派の方々を否定はしないでしょう。彼は自己主張の弱い人間ですし、自分に害がなければ好きにやってくれと思うようなタイプです」
これも当たっている。会うときはいつだって草食動物のくせして、いざというときだけ彼は類稀な強さを発揮する。けれどそれも自分と自分の大切な人に関係あるときだけだ。沢田綱吉は、ある意味この上なく怠惰な人間かもしれない。だから雲雀はそれにも頷いた。
校庭にいる生徒たちは、何となく少女に言われたい放題言われている「綱吉」の想像がついてきた。時にパンツ一枚で校内を走ることもある彼は、並盛中では比較的有名人だ。
三本目の指が立てられた。左手の薬指。そこにはいわれのありそうな古いリングが、まるで当然のように納まっている。
極上の笑みで、少女は笑った。
「つまり綱吉君は同性だから君を除外視し、異性というだけで僕を恋愛相手に組み込んでくれる。常識人を名乗る彼にとって、これ以上明確な線引きはありません」
ばっと両手を広げ、少女は高らかに叫んだ。
「哀れなり、雲雀恭弥! 綱吉君は、このクローム・髑髏が丸ごとぺろっと頂きますよ!」
少女の声が響き終わると同時に、トンファーが正門の壁を砕き潰した。ひらりと身を交わした少女のスカートはこれまためくれ上がっているのに、何故かその奥は決して見えない。間違ったプロ意識を感じさせる少女と雲雀の戦いは、どんどんと凄まじさを増していく。
結局その日、校庭を使う部活は一つ残らず練習を取り止めにしたのだった。
「・・・・・・ねぇ、赤ん坊」
「何だ、雲雀」
「よく君が言ってるボンゴレとかいうのは、性別を変更させる薬とか作ってないの?」
「今開発中だぞ」
「ふぅん。もしも完成したら実験台をやってあげてもいいよ」
「おまえで三人目だぞ。そう言ってきた奴は」
「あぁでもいっそ綱吉に飲ませるのも手だね。そっちの方が楽でいいか・・・・・・」
顎に手を添えて考える雲雀に、リボーンは思った。
俺の教え子は厄介ものばかり引き付けるゴキブリホイホイか、と。
一人目、獄寺。二人目、XANXUS。
2006年9月17日