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身体が資本のヴァリアーは、意外に規則正しい生活をしている。特に食事においてそれは顕著で、綱吉がボスになってからというものの、9時と20時の朝夕ご飯には必ず全員が揃うようになっていた。
朝一番早く起きるのはスクアーロで、彼は朝食前に一汗かくため鍛錬に出かける。現在滞在中のホテルではジムを貸切にしているため、真剣を振っていても咎められることはないだろう。そのときはそのときで金を握らせれば済む話である。二番目に起きるのはレヴィで、彼はリビングとなっている部屋でニュースをじっと見ている。チャンネルをくるくると変えて天気予報ばかり追っていくのが彼の常だ。三番目から六番目は綱吉とルッスーリア、マーモンやゴーラがそれぞれ日によって順を変え、大した差もなく起きてくる。一番遅いのはいつもベルフェゴールで、彼の寝汚さはすさまじく、誰かに起こされなければそれこそ一日でも二日でも寝てるだろう。ついでに彼は寝相も悪く、キングサイズのベッドからも落ちるほどだった。
今日の朝食の席についたのは、スクアーロとレヴィと綱吉、そしてルッスーリアとゴーラだ。ベルフェゴールは昨日の怪我があるので起こさずに寝かしている。マーモンは六道骸が抜けて以降、まだ目を覚ましていなかった。ルームサービスで運ばれてきた朝食を、彼らは円を描いているテーブルを囲み、好き勝手に食べている。
「じゃあ今日は、22時にホテル出発だから。それまでは各自自由で」
だし巻き卵をフォークとナイフで切り分けながら、綱吉は簡単に予定を告げる。ヨーグルトに山盛りのドライフルーツを混ぜて、ルッスーリアはスプーンを握った。
「じゃああたし、お買い物に行ってこようかしら。せっかく日本に来たんだし、銀座と原宿、実は行ってみたかったのよねぇ」
「俺はジムにいるぜぇ」
スクアーロは海苔をつまみ上げて、結局食べずに皿に戻す。サンドイッチを食べ切ったレヴィは、綱吉を伺った。
「ボスはどうしますか?」
「俺は・・・・・・うーん、どうしようかなぁ。観光はしてみたいけど、ベルとマーモンが気になるし」
「じゃあ俺があいつらを看てます」
「いいの? ありがとう、レヴィ。お土産買ってくるね」
にこっと笑って礼を言えば、レヴィはそれだけで十分らしい。ゴーラが喋らないのはいつものことなので、綱吉は彼にも一つ笑みを向けた。暗殺部隊とは思えないほどに、日中の彼らは穏やかだ。
ジーンズにティーシャツ、その上からパーカーを羽織る。足元はスニーカーで、頭には被せられた帽子。服を着替えれば、綱吉はすぐに同年代の少年たちの中に埋もれてしまう。童顔で愛らしい顔立ちも、日本人でありながら異国的な雰囲気も、注意して見なければそうと分からない。特に今は綱吉が自制しているからこそ、彼の存在感はとても小さなものになっていた。ポケットのグローブと腰に差している小型拳銃さえなければ、本当に一般人にしか見えないだろう。
「それじゃあツナちゃん、気をつけてね。飴くれるからって変な人についてっちゃダメよ?」
「分かってるよ、ルッスーリア。俺のこといくつだと思ってるの?」
「可愛いから心配なのよぉ! いい? 変質者に遭ったらすぐにボディーブローを食らわすのよ? 分かった?」
「分かった分かった」
駅のホームでモヒカンにサングラスのたくましい、しかも女言葉を使う男と、彼に注意を延々と聞かされている普通の少年。主にルッスーリアのせいだが、二人は周囲の視線をかなり集めていた。先に銀座に行くため、泣く泣く階段を降りていくルッスーリアを見送り、姿が見えなくなった頃、綱吉は大きく溜息を吐き出した。部下に好かれるのは、もちろん嬉しい。だけど過保護すぎるんじゃないかとも綱吉は思っていた。しかもルッスーリアやスクアーロたちだけならともかく、年齢としては年下のマーモンまで綱吉の心配をするのだ。さすがにこれはどうなんだと考えながら、ホームに入ってきた電車を振り向く。
「・・・・・・日本人って、そんなに電車が好きなわけ?」
ぞろぞろと降りてくる人間と、それと同等くらいの乗り込んでいく人たちに、綱吉は頬を引くつかせた。そしてその考えはすぐに後悔に変わる。
失敗だ。失敗だった。前後左右からの多大な圧力を堪えつつ、綱吉は心底そう思った。日本では二度と電車に乗らない。乗るなら指定席だ。そう固く誓ったほどの満員電車だったのだ。目指す新宿が日本有数のターミナル駅で、乗っている山手線がこれまた常時込み合っていることを知らない綱吉は、日本の国土の狭さを嘆いた。電車には二度と乗らないと本気で誓った。
一つ駅を過ぎる度に、ほんの少しずつ空間に余裕が出来てくる。両腕が前後に動かせるくらいの隙間が出来た頃、綱吉は斜め前の少女の様子がおかしいことに気づいた。吊り革ではなく、ドア側の手すりにつかまっている。ブラウスにベストとリボンというのは、おそらく学校の制服だろう。黒い髪をアップにしており、色白のうなじが露になっている。そこに暑さのせいではなく、じっとりとした汗が浮かんでいた。白くなるまで握っている手。噛み締めているらしい唇。何かを耐えているらしい彼女の真後ろには、電車が少し空いてきたというのに背広を着た中年の男がぴったりと寄り添っている。
綱吉の瞳が見開かれ、すっと細められる。馬鹿馬鹿しい、と彼は他の乗客を押しのけて前に出た。ジーンズのポケットから携帯電話を取り出して、カメラ機能を呼び出す。パシャッという間抜けな音に、ようやく中年男が振り向いた。脂ぎったその顔に、綱吉は満面の笑みを浮かべる。ベルフェゴールでさえ次の瞬間には「ごめんなさい」と叫ぶような、絶対零度のまなざしだ。案の定、中年男は醜い悲鳴を上げて、少女のスカートの中に押し込んでいた手を慌てて放した。だけどそんなことで許されるのなら、警察は必要なくて、この世はマフィアの独壇場だ。
「ここがイタリアじゃなかったことに感謝しなよ。ボンゴレのシマだったら、おまえみたいな変態は切り落として男じゃなくしてやるところだ」
代わりとでも言うように、笑顔のままスニーカーの先端を蹴り上げる。それが見事股間にヒットした男は、悲鳴を上げることさえ出来ずに泡を噴いてその場に倒れた。乗客たちの間からいくばくかの悲鳴が聞こえたけれども関係ない。
「あのさ、ペン持ってる?」
「・・・・・・え、は、はひっ!」
「ボールペンじゃなくて太いやつ。出来れば油性の」
少女から極太油性ペンを借り、綱吉はしゃがみ込んで、倒れている男の顔にペンを走らせる。
新宿駅で乗客に呼ばれた駅員は、顔に「私は痴漢です」とでかでかと書かれたまま気絶している男と、その背広のポケットに証拠写真が保存されている携帯電話を発見するのだった。
降り立った新宿駅は、やはり人で溢れていた。綱吉は職業柄か、あまり人混みが好きではないので、土産を買ったらすぐに帰ろうと心に決める。彼の日本の思い出は満員電車になりそうだった。いやいやながらも一歩踏み出そうとして、その足を支点にくるりと振り返る。綱吉のパーカーを掴もうとしていた少女の行動は不発に終わり、彼女は大きな目をぱちぱちと瞬いた。
「何?」
小首を傾げて尋ねれば、少女は慌てて姿勢を正す。コミカルな仕草に綱吉は少しだけ笑った。
「さ、さっきは助けて下さってありがとうございますっ!」
「別に。同じ男として腹が立っただけだから」
「それでもハルは助かりました! 本当にありがとうございます!」
「どういたしまして」
「ハルは、緑女子高の三年、三浦ハルですっ! お名前教えて下さい!」
「沢田綱吉。今年で14」
「ツナさんですね・・・・・・っ!」
きらきらと瞳を瞬かせる少女は、何だかやけにテンションが高い。日本人の女の子はみんなこんな感じなのだろうか。綱吉がそう考えていると、がしっと両手を握られた。正面を向けばすぐにハルと名乗った少女の顔がある。年齢と性別の差か、二人はほとんど同じくらいの身長だった。そしてハルの告げた言葉は、綱吉の常識を逸していた。
「ハルはツナさんに一目惚れしましたっ! 彼女にして下さい!」
ゆっくり、噛み砕いて、言われた内容を理解した綱吉は思った。日本の女の子ってすげぇ、と。
満員電車と苺キャンディー
(番外編的なお話になる予定でした・・・。)
2008年8月19日