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XANXUSの前に、沢田綱吉が降り立っていた頃。
他のリング守護者たちもまた、初めて会う相手と向き合っていた。影を示す黒のコート、皮のパンツ。いかついブーツがアスファルトに着地する。
「あたしはルッスーリア」
「・・・・・・レヴィ・ア・タンだ」
「俺はベルフェゴール」
「スクアーロだぜぇ!」
「僕はマーモン」
「・・・・・・」
ゴーラも合わせて六人が、違う場所で同時に名乗った。そして浮かべられる笑み。

「「「「「我らがボスのため、リングを頂く」」」」」

夜の街、六ヶ所で戦闘が始まった。





ココアとゆびきり





スクアーロが日本での拠点としているホテルに戻ってくると、すでにレヴィとルッスーリアがいた。彼らは綱吉に労われながら、ワインを飲んでいる。当の綱吉はチェルベッロの少女から差し出されたココアに息を吹きかけて冷ましていた。飴玉のような瞳がスクアーロを見つめ、嬉しそうにほころぶ。
「お帰り、スクアーロ」
「あ゛ぁ、今帰ったぜぇ」
大股でリビングルームを横切り、綱吉の前まで歩み出る。傷一つない部下の姿を喜んでいる彼に、スクアーロは右手を突き出した。小さな手に、雨をあしらったリングがころりと落ちる。唇を吊り上げてスクアーロは笑った。
「約束通り、雨のリングだ」
「・・・・・・うん。ありがとう」
柔らかな笑みが、幼い顔いっぱいに広がる。そんな綱吉の姿にスクアーロも釣られるように微笑し、片膝を折った。長い銀髪が床近くまで流れ、さらりと綺麗な音を立てる。かしずいた彼の頬を、小さな手がそっと撫でた。
「スペルピ・スクアーロ。沢田綱吉の名の下に、君を雨のリング守護者に任じる。・・・・・・受けて、くれるかな」
「もちろんだぜぇ、ボス」
どうしてか弱気になる言葉尻に、スクアーロは声を上げて笑った。腕を伸ばし、綱吉の手を握り込む。
「誓う。俺は死ぬその瞬間まで、何があってもテメェを守るぞぉ」
「じゃあ俺は君を守るよ。一緒に生きよう、スクアーロ」
スクアーロの黒い手袋を外し、現れたたくましい右手の薬指に、綱吉は雨のリングを差し入れた。誇らしげに笑む同僚に、レヴィもルッスーリアも苦笑しながら肩をすくめる。彼らの右手薬指にも、同じように獲得してきたリングが光っていた。

チェルベッロの少女が、スクアーロの分のワインと肴を用意する。綱吉は先ほどと同じココアのカップを手に取った。表面の生クリームは溶けてしまったが、丁度いい熱さになったらしい。こくりと飲み込む度に、スイートルームに甘い香りが漂っていく。
「ランボとかいう牛は簡単だった。五歳だしな、全然楽だった」
レヴィは言葉通り、怪我一つ負っていない。黒いコートの裾が僅かに電撃で焦げていたけれども、戦闘を示すのはそれくらいのものだ。
「10年バズーカはどうだった? ボヴィーノファミリーのお宝だっけ」
「あれはなかなか面白いものです、ボス。一発打つと10年後の自分と五分入れ替わり、その間にもう一発打つと20年後の自分と更に入れ替わっていました」
「ふぅん、ちょっと見てみたかったな。でもレヴィ、お疲れ様。頑張ってくれてありがとう」
綱吉はレヴィのつんつんとしている頭に手を置き、まるで子供にするように「いい子いい子」と撫でる。心底嬉しそうに顔を崩すレヴィは多少気味が悪かったが、最愛のボスに褒められている様はまさに子供のようだった。
次いでルッスーリアを振り返り、綱吉は彼の頬にある傷にそっと手を伸ばす。
「大丈夫? ルッスーリア」
「平気よ、ツナちゃん。ちょっと油断してただけだもの。プロボクサーの駆け出しだって聞いてたからどんなものかと思ってたんだけど、あれは鍛えれば結構イイ線いきそうよ?」
「本当? やっぱり時間を置かずに仕掛けてよかった。リボーンのことだから一週間もあればそこそこ形にしちゃっただろうし。それでもヴァリアーは負けないけどさ」
ありがとう、ルッスーリア。そう言って綱吉は、レヴィと同じようにルッスーリアの頭を撫でた。少しくすぐったそうに身をよじったが、やはり嬉しいのだろう。女言葉を綴る唇が弧を描いている。
「スクアーロ、山本武はどうだった?」
「簡単だったぜぇ。剣道をたしなんでるとはいえ、まだチャンバラの域を出てねぇ。重みもねぇし、マフィアには到底なれねぇぞぉ」
「そっか。で、三人とも。もちろん殺してはこなかったよね?」
念を押すような問いかけに、三人は三者三様の顔をしながら頷いた。どこか駄々をこねる子供を見るような目で上司を見やるが、綱吉本人は彼らの返答にほっと肩を撫で下ろす。その様子はとてもじゃないが、イタリアマフィアを震撼させるボンゴレファミリーの暗殺部隊をまとめるボスには見えない。
「よかった。彼らはリングを持たされてたとはいえ、一般人だからね。これで普通の世界に戻ってくれるといいんだけど」
ココアの最後の一口を飲み込み、綱吉はカップをテーブルに置いて立ち上がった。同時に部屋の扉が開き、僅かな火薬と鉄の匂いが途端に広がる。現れた仲間の二人のうち一人は、そのティアラさえも血に赤く染めていた。ひらりと手を振って、ベルフェゴールは笑う。
「たっだいまー姫さん。嵐のリング、奪ってきたよ」
「ベル・・・っ! 何だよ、その怪我!?」
「あー何かさ、スモーキン・ボムは大したことなかったんだけど、何でかトライデント・シャマルがあいつと一緒にいてさー」
「トラインデント・シャマル!? あの殺し屋の!?」
「そ。だからリングは奪えたんだけど、逃げられちった。ごめん、姫さん」
「いいよ、そんなの! それより早く手当! ルッスーリア、お願いっ!」
「オッケー。ベル、こっちいらっしゃーい」
ボーダーのインナーまで血に染めているベルフェゴールを、綱吉は慌ててルッスーリアの方へと押し付ける。しっかりした受け答えやホテルまで戻ってこれたところを見ると、出血ほど怪我は大したことがないらしい。おそらくトライデント・シャマルはリングよりも獄寺隼人を連れて逃げることを優先したのだろう。だからこそベルフェゴールは、リングを手に戻ってくることが出来た。予想外の人物の介入に綱吉は眉を顰めたけれども、すぐにもう一人の帰宅者を振り向く。
「お帰り、マーモン」
「ただいま。僕らが最後?」
「ううん、ゴーラがまだだよ」
赤ん坊の目線に合わせて綱吉はその場にしゃがみ込む。マーモンはベルフェゴールと違って怪我を負っている様子はない。小さな手ががさごそと、フードの内側から差し出された。
「はい、霧のリング」
「ありがとう、マーモン」
「六道骸は簡単だったよ。マフィアを追放されたって聞いてたからどんな奴かと思ってたんだけど、拍子抜けだったね」
赤子特有の高い声がそう語る。綱吉は霧のリングを手のひらの中で転がして、光に透かすよう天井にかざした。そしてうん、と納得する。
「霧のリング、本物だね」
にこりと、綱吉はマーモンに微笑みかけた。

「じゃあそろそろその身体から出ていってもらえるかな? ―――六道、骸」

優しい、まるで先ほどと同じく撫でるような仕草で、そっと綱吉はマーモンの頭に手を載せる。けれどもその手は黒のグローブを身につけていた。死ぬ気の炎が、静かに激しく額に宿る。マーモンの気配が変わるのと、他の面々が警戒して武器を手にするのは同時だった。クフフ、と常にはない笑い声が、マーモンの唇から漏れる。
「よく分かりましたね。さすがはヴァリアーのボスといったところでしょうか」
紡がれる言葉はマーモンのものではない。フードの下から現れた目は、片方が赤く染まっている。刻まれている数字に、綱吉は片眉を跳ね上げた。
「それ、まさか『六道輪廻』?」
「ええ、ご存じでしたか」
「噂ではね。しかも禁弾とされている憑依弾まで使うなんて・・・・・・事前にもっと情報を集めとくべきだったなぁ」
「クフフ。光栄ですよ、その言われよう」
「でも、マーモンは返してもらう」
すっと綱吉が瞳を細めると、グローブから強い閃光が放たれる。灼熱の炎が浄化のそれだと知ると、赤い目が苦痛に歪んだ。それでも唇は笑みを刻んだまま、禍禍しい気配は薄れていく。
「・・・・・・いいでしょう。僕を見抜いた、君に、敬意を評して・・・っ・・・そのリングは、差し上げますよ・・・・・・!」
しゅううう、と音を立てて炎は燃え、右目の赤が色あせていく。にこりと、最後にそれはマーモンの顔で笑った。
「また、会いましょう・・・・・・ヴァリアーのボス」
「Addio、六道骸」
「クフフフフフ・・・・・・!」
声と気配が途切れると同時に、マーモンの小さな身体がぐらりと傾く。それをそっと受け止めて、綱吉は彼のフードをめくった。左手の甲に小さな切り傷があるのを見つけて、そこにも浄化の炎を優しくかざす。ゆっくりと丁寧に何度もなぞれば禍禍しさは消えてなくなった。拳を構えていたルッスーリアが、おそるおそる問うてくる。
「・・・・・・ツナちゃん、大丈夫なの?」
「うん。浄化したから、もう六道骸もマーモンには宿れない。憑依弾は傷をつけた相手に乗り移る特殊弾らしいけど、『六道輪廻』と合わせてじゃ・・・・・・俺の調査不足だ。ごめんな・・・マーモン」
小さな身体をぎゅっと抱きしめる。その仕草は悲しみと慈しみに満ちていて、綱吉の深い悲哀を感じさせた。振動を響かせないように立ち上がり、綱吉は強いまなざしで前を見据える。帰ってきていない部下は、あと一人。

「―――ゴーラを迎えに行ってくる。嫌な予感がする」

「ボス、俺も一緒に行きます」
「ありがとう、レヴィ。だけどみんなはここで待ってて。疲れてるだろうし、マーモンとベルをよろしくね?」
スクアーロに意識のないマーモンを預け、チェルベッロから差し出されたコートをまとう。表情を曇らせている部下たちに微笑みを一つ残して、綱吉はスイートルームを後にした。
空になったカップからは、まだココアの甘い香りが漂っていた。





簡単に勝敗が着いているのは、彼らが修行を積んでいないからです。
2006年9月28日