綱吉にとっては、初めての日本だった。すでに喪った両親はどちらも日本人だったけれど、彼らはイタリアで仕事をしており、綱吉は産まれたときからイタリアに住んでいた。エスプレッソにワイン、オリーブオイルとパスタ。それが日常で、会話もすべてイタリア語で、日本語は家庭で使うくらいだった。それも家族を失う7歳までのこと。それ以来はずっと、生粋のイタリア人に近い生活をしてきた。
初めて日本の地を踏んだ綱吉は、ほんの少しだけ感慨を抱いた。両親のルーツに、微かに触れられた気がした。
豪快だった父、少女のようだった母。育ったのは朗らかで笑いの絶えない家庭だった。





はちみつとふるさと





「・・・・・・名前、これ何て読むんだろ?」
印刷された文字を眺め、綱吉は首を傾げた。キャラメル色の髪がふんわりと揺れ、香るはずのない甘さを感じさせる。
「X・A・N・X・U・S・・・・・・?」
「シャンシュス?」
「サンスス?」
「ザンクシュ?」
「サンシュス?」
「・・・・・・ザンザスだよ」
それぞれが勝手に読んでいると、マーモンがぺらりと紙をめくって正解を告げた。げぇ、とベルフェゴールが赤い舌を出す。
「何その名前。読みにくいじゃん」
「ザンザズ・・・・・・」
「違うわよ、レヴィ。ザンジャスよ」
「うお゛ぉい、テメーも違うぞぉ! ジァンザスだろぉ!」
「だからザンザスだってば」
まるで言葉遊びのような彼らにマーモンが再度訂正を入れる。彼と喋らないゴーラ以外は、皆XANXUSの呼び方に苦労しているようだった。実際に綱吉も発音してみたけれど、どうも「ジャンジャス」になってしまう。名前は本人の意思で決められるものではないといえ、何となく恨めしくなりながら報告書に目を通していくと、すぅっと綱吉の目が細まった。冷えていく気配を感じたのだろう。からかい合いながら名前合戦をしていた部下たちも自然と口を閉ざす。
最後のページまで目を通し、綱吉はそれをテーブルに放る。クリップがかつんと音を立てるのを聞き、マーモンは許可を取るように綱吉をうかがった後で自身の書類を開いた。
「それじゃ、報告書を読まないだろうベルやスクアーロのために説明するよ」
「うお゛ぉい、何だその言い方は」
「よろしくーマーモン」
「九代目が次のドン・ボンゴレに指名したのが、このXANXUS。ザンザズでもザンジャスでもジァンザスでもジャンジャスでもじゃなくて、ザンザス」
赤ん坊の手が、ぺちっとテーブルに写真を載せる。写っているのはどう贔屓目に見ても男前というよりは堅気に見えない、凶悪な顔の男。強さを持つ睨みは、それだけで人を平伏させるだろう。火傷のような傷が、さらに男を恐ろしく見せている。
「へぇ、顔だけなら姫さんよりもマフィア向きじゃん」
「ちょっと、ベル」
「マフィアのドンはあからさまな強面じゃ務まらねぇぞぉ」
「年は19歳。九代目の愛人だったっていう母親は、XANXUSが10歳のときに火事で死亡。火をつけたのは当時彼女の恋人だった男らしいよ。顔の傷はそのときのもの。XANXUSはその男を半殺しにしたらしいけど、未成年ってことで刑務所には送られなかった。それ以降は母親の残した遺産で生活していて、中学以降は行っていない。今の生活費は賭け事で稼いでるみたいだね。女のところを転々としていて、家に帰ることは滅多にない」
マーモンの読み上げる声に、他の面々はそれぞれに反応を示した。スクアーロは鼻を鳴らし、レヴィはぎらぎらと目を研ぎすましている。ゴーラの表情は窺えないが、ベルフェゴールは興味なさそうに流しており、ルッスーリアは楽しげに頬に手を添えていた。綱吉は視線を伏せ、静かに報告に聞き入っている。
「リボーンが来たのは、約半月前。その際に獄寺隼人も連れてきてるね」
「隼人って、あのスモーキン・ボム?」
「リボーンは右腕にするつもりらしいよ。それとすでに彼には、嵐のリングが贈られている」
息を飲んだのは一人じゃなかった。彼らの動揺と次いで向けられる視線を感じながら、綱吉はそっとまぶたを下ろす。浮かぶのは敬愛する義父。自分は十代目に相応しくないと、彼は言った。綱吉がどんなに彼の役に立ちたいか、ボンゴレファミリーを愛しているのか知っていて、彼はそう、言った。
「・・・・・・さすが九代目。俺の考えなんてお見通しかぁ」
ふふ、と小さく綱吉は笑う。はちみつのように甘い声は、まだ幼い。ほんの少しだけ悲しそうに、彼は笑う。
「・・・・・・他にも、リングは大空を除いて全部配られてる。並盛の秩序と呼ばれる雲雀恭弥が雲、ボクサーの笹川了平が太陽、剣道と野球をたしなむ山本武が雨、ボヴィーノのヒットマンのランボが雷、そして脱獄囚の六道骸が霧」
「六道骸?」
「マフィアを追放された異端児じゃねぇか」
「人選はリボーンと九代目らしいけどね。とにかく、大空以外のリングは全部配られているんだ」
マーモンはめくり終えた書類をテーブルに載せ、綱吉を仰ぎ見る。まだ伏せられたままのまぶたは、彼の大きな瞳を露にしない。
「だから綱吉、リングを奪うなら、相手がリボーンを信用してない今のうちだよ」
「そうだよ、姫さん。やっちゃおうぜー」
「大空のリングはボスのものです」
ベルフェゴールが歯を見せて笑い、レヴィは何度も深く頷く。
「そうだぜぇ。どれだけ腕が立つか知らねぇが、所詮堅気育ちにファミリーは任せられねぇ」
「あたしも賛成よ、ツナちゃん。一泡噴かせちゃいましょお?」
スクアーロが意見し、ルッスーリアが賛同する。ゴーラも沈黙を持って彼らの発言を是としていた。
わずかな間が広がり、綱吉のまぶたが小さく震える。ゆっくりと開かれていく瞳は、強い意思を持ってきらめく。机の上に放られた報告書を一瞥し、紡がれる声は厳かで甘い。
「・・・・・・性格は短気で暴力的。頭が切れて、人心を掴むことも出来る。だけどそれも、根底にあるのは恐怖による支配」
はちみつのように甘く、クラシックのように優雅。本人が意識していないからこそ、それは殊更に甘美な響きを帯びてゆく。
「確かにマフィアである限り暴力を絶つことは出来ないし、それなりの器だってことは認める。でも、この程度の人物にボンゴレファミリーは任せられない」
ちらりと覗いた小さな舌が、ふっくらとした自身の唇を舐めあげる。言葉は激しく、所作は艶めかしく、甘いはちみつのような声で、綱吉は告げる。

「決闘を仕掛けるよ。――――――ボンゴレリング争奪戦だ」

鮮やかな笑みが戦端を切って落とす。
今ここに、ファミリーを揺るがす戦いが宣言された。





好評のようなので、ボスツナ第二弾。ちまちま続く予定です。
2006年9月13日