07.衝突





その日、雲雀恭弥は屋上にて彼にとっては静かな時間を過ごしていた。もちろん一般的な生徒は授業を受けている時間である。しかし雲雀が授業に出席しなかろうと、注意してくる輩は一人もいない。それは彼が授業など受けずとも優秀なことに加え、教師でさえ恐ろしさのあまり注意できないからだろう。故に雲雀はいつも屋上や応接室で好きに時間を過ごし、思い出した頃に気まぐれに授業に出る生活を繰り返していた。



空を見上げながら浅い眠りに浸っていた雲雀を叩き起こしたのは、女特有の甲高い声だった。あまりの耳触りなその音に顔を歪め、雲雀は愛用のトンファーを握る。女だろうと関係ない。眠りを妨げた責任はとってもらう。勝手にそう決めて、ひときわ高くなっている出入り口の上から下を見下ろし。・・・・・・雲雀は、目を瞬いた。
五・六人の女生徒が、崩れるようにして床へとはいつくばっていく。容赦なく腹に拳をめりこませ、華麗な回し蹴りで膝を叩く。伏せた背を足蹴にし、次の獲物を仕留める。全員始末するのに一分もかからなかっただろう。それをなしたのは倒れている女生徒たちと同じ制服を身にまとった―――蜂蜜色の髪の、少女だった。
「お休みのところ、邪魔しちゃって悪かったね?」
少女は振り向き、雲雀を見上げる。焦げ茶の瞳が太陽の光を受け、琥珀色に輝く。へぇ、と雲雀の中の獣が首を擡げる。
「君、名前は?」
「人に聞く前に自分から名乗るのが礼儀じゃない?」
「僕は雲雀。雲雀恭弥」
少女の言い分に、雲雀は数日前に会ったバジルという名の少年を思い出す。そういえば彼と目の前の少女の身のこなしは、どこか似通った型だった。
「俺は沢田綱吉」
「沢田、ね。風紀委員の僕の前で喧嘩するなんて良い度胸じゃない」
「風紀委員のくせに授業をさぼってるような人に言われたくないなぁ」
「言い訳するの?」
「されたいんじゃないの? 反抗的な奴、好きでしょ?」
「そうだね。じゃあお望み通り咬み殺してあげるよ」
ひらりと学ランの裾をはためかせて、雲雀が地を蹴った。迫ってくるトンファーにも微動だにせず、美しい微笑だけが雲雀の目を留め続け、次いで起こった接触は少女とのものではなかった。
「・・・・・・大丈夫ですか? 綱吉殿」
心配そうな声音に、綱吉は小首を傾げて笑む。
「ありがと、バジル」
親しげな二人の様子に、雲雀は無意識の内に目を細めた。トンファーを受け止めたのは先日出会ったバジルであり、彼が綱吉を守るために現れたのは明らかだ。何となく不愉快な気分になり、雲雀は二撃目のトンファーを振るう。受け流して勢いを殺すバジルは、やはり実力者の動きだ。そして彼の後ろで控えている綱吉の笑みが、何故か酷く気に触った。言葉が勝手に口をついて出る。
「守られることしか出来ないの? 違うだろ。前に出てきなよ」
雲雀の言葉に、バジルが眉を顰めた。
「君ほどの奴が何で逃げるの? 僕が怖い? それとも勝つ自信がない?」
「綱吉殿に対し、なんて無礼な!」
「君に聞いてないよ。僕は沢田に聞いてるの」
雲雀とバジルの間に、トンファーを挟んだとき以上に険悪な空気が漂う。それを払拭したのは、少女特有の高い声。
「だって俺、格下の相手をするの好きじゃないし」
愛らしい顔で綱吉が吐いたのは、いっそ殺してくれと言わんばかりの台詞だった。生涯初めてのそれを雲雀が理解するのに、多少の時間がかかる。脳が認識した瞬間、麗人と称されるに足る美貌が激しく歪む。それすら慈しむように微笑みを向け、綱吉はバジルの背から一歩前へと踏み出した。
「でも、ヒバリサンの相手ならしてあげてもいいよ? 何たってヒバリサンは、俺の守護者なんだから」
「・・・・・・後悔するよ、その言葉」
「させてほしいな。そうしたらヒバリサンのものになってあげる」
艶美な仕草で己の髪を払いのけ、綱吉は柔らかく微笑む。それはまるで年端も行かない子供に対して、赤子を抱く母親のように、笑い、拳を握る。
「泣かないでよ? 雲雀さん」
トンファーと、生身の拳がぶつかった。



雲一つない青空をバックに、綱吉が笑う。伸ばされた指が己の頬をなぞるのを、雲雀はコンクリートの上からねめつけた。傷一つ負わないまま微笑み続ける彼女がどんなに憎らしかったか。衝動が執着に名を変え、情動が心を染め上げる。はめられた指輪を拒むことさえ出来ない。
大空を背負い、綱吉は満足気に笑った。





あなたは今日から俺のもの!
2007年6月23日