06.呼び出し
昼休み、いつも共に昼食をとっている京子と花に断りを入れ、綱吉は一人で屋上に来ていた。長い髪を風に遊ばせ、ポケットから携帯電話を取り出す。海外に向けても発信できるそれをためらうことなく操ると、時差という問題すらないかのように、スリーコールで相手が出た。
『はいっ、獄寺隼人です! お疲れ様です、10代目!』
「久しぶり、隼人。寝てるとこごめんね?」
『いいえ! 10代目からのお電話なら、たとえ銃撃戦の真っ最中で敵に囲まれていたとしても必ず出てみせますっ!』
「ふふ、ありがと」
日本に来て以来、およそ一月ぶりに聞く声は、相変わらず綱吉への忠誠に溢れている。この獄寺隼人という人物は現在は自称ではあるが綱吉の右腕であり、今は留守にしている彼女に代わって、いろいろな雑務をこなしてくれている。
「何か変わったことはあった?」
『いえ、10代目のお耳に入れるようなことはありません。ですが・・・・・・リボーンさんが、10代目を探していらっしゃるようです』
「リボーンが?」
出てきた家庭教師の名に、綱吉は嫌そうに眉をしかめる。けれどすぐに感情の色を消し去った。
「分かった。まぁ、いくらあいつでもすぐには見つけられないだろうし」
『10代目、お体の方は崩されてませんか?』
「俺は平気。守護者ももう雨は確保したし、晴も見つけてある。あとは雲だけ」
『さすが10代目! お見事です!』
「また連絡入れるよ。それまで頼むね。XANXUSたちにもよろしく」
サービスで通話口にキスを落とし、電源を切る。そして綱吉は振り向いた。険しい目つきで醜悪に顔を歪めている女生徒たちを前にして、彼女は優雅に笑みを浮かべる。
綱吉は友人である黒川花から忠告を受けていた。顔の広い彼女は、そっと綱吉にリークしてくれたのである。その内容が、今の現状だ。
「ちょっと! 何とか言いなさいよっ!」
目の前でキーキーと喚いている少女を、綱吉はいっそ哀れだと思う。憐憫の情をかけてやるほど優しくはないし、少女のことを知りもしないので軽蔑するだけで留めておいたが、心の内では今すぐにでも笑い出したくて仕方なかった。先ほどから向けられ続けている罵倒も非難も、綱吉にとっては赤子の戯れにしか見えないのだ。殺気もまとわずに、何が脅迫か。
「大体あんた、転入生のくせに生意気なのよ! ちょっと勉強できて運動神経がいいからって!」
「バジル君だって好きであんたの面倒を見てんじゃないわよ! 彼だって迷惑してるんだから!」
「山本君だって今はあんたが珍しいから気になってるだけよ!」
「それにあんた、笹川了平先輩にも手ぇ出してるんでしょ!? 先輩に近づかないで!」
ぐるっと周囲を囲むようにしての罵詈雑言。いっそ耳でも塞ぎたいくらいの甲高さだが、綱吉は笑ってそれを聞いていた。リーダー格らしい三年の少女が、息を切らしながら睨みつけてくる。
「何とか言ったら!?」
「・・・・・・じゃあ、言わせてもらうけど」
口を開いた綱吉は、三流コメディを前にしたような馬鹿にした笑みを浮かべている。
「『転入生のくせに生意気』、これは人それぞれの尺度だからいいとして、俺の頭脳と運動神経が『ちょっと』どころじゃなく優れてるのは誰の目に見ても明らかだよ。何なら全国平均と比べてみる? バジルが俺の近くにいるのは、確かに元は父さんの命令だけど、今はバジル本人の意思。こっちも何なら確かめてみたら? 山本は俺が好きだと言ってくれてる。これは山本本人の問題だから、第三者の介入する余地はない。了平さんに関しては近づかないのは無理だね。あの人は俺の守護者だから。えーっと、他に何かあったっけ?」
小首を傾げる様は、あからさまにわざとらしい挑発。けれどかっとなった少女は、綱吉に向かって手を振り上げた。頬を打つ音が屋上に響く。
肩で息をしている少女たちに、綱吉は笑った。凄惨なまでの美しい笑みは、先ほどまでとは違う。君臨者としてのものだと、果たして何人が気づけたか。紅い唇から発される声は、ひどく甘い。
「俺、こういうときにつくづく女でよかったと思うよ。別に男尊女卑でもフェミニストでもないつもりだけど」
細い指先が髪をかき分け、琥珀色の瞳が細まる。
「女なら、同じ女を殴るのに気を使ってやる必要はないからね」
次の瞬間、目の前の女生徒の腹を綱吉の拳が襲った。むせかえりながら崩れ落ちるその姿に、他の少女たちが悲鳴を上げ始める。けれどもう遅い。
圧倒的強者の笑みで、綱吉は彼女らを見下ろしていた。
女王様はバトルもしますよ。戦ってこその王座ですから。
2007年6月23日