01.降臨





日本独自の儚さと美しさを持つ白紅の桜が、満開の花を咲かせようとしている頃。
成田空港に、二つの小さな影が降り立った。
背中の中ほどまでの髪を遊ばせ、少女は細い手足を思いきり伸ばす。
「うーっ・・・・・疲れた! やっぱりファーストクラスでも13時間の缶詰はきついね」
「どこかで休憩しますか?」
「ううん、このまま行っちゃう。どうせなら畳でゆっくりしたいもん」
少女がふるふると首を振ると、つられて彼女の金茶の髪が舞った。隅々まで手入れされたそれは、甘い蜂蜜色の艶を放つ。通り過ぎたカップルの男が見惚れ、連れの女性に白い目で見られた。
けれどそんな一つのカップルの危機すら気に留めず、少女は人で溢れるターミナルを突き進む。
「マンション、準備してくれてるんだっけ?」
「はい。あさり組が用意して下さった部屋ですから、セキュリティは問題ないかと思います」
「せっかくだから純和風の平家がよかったのになぁ。俺が和室だからね? 畳に布団敷いて寝るの、夢だったんだ」
その光景を想像しているのか、楽しそうな横顔に少年も柔らかく微笑む。
「綱吉殿、布団は使う度に畳まなくてはならないんですよ?」
「敷きっぱなしにするからいいもん」
「駄目です。せっかくの日本文化なのですから、綱吉殿も郷に入っては郷に従えですよ」
「じゃあバジルに頼むからいいよ」
無邪気なお願いというよりは命令に、少年―――バジルは困ったように眉を下げる。けれども顔に浮かんでいるのは、どこか嬉しそうな感情だった。
「山本殿にも挨拶に伺いませんと」
「行くよ、絶対行く。山本さんのお寿司、久しぶり」
「綱吉殿は寿司がお好きですね」
「山本さんの寿司がね。だって俺好みのシャリの固さなんだもん」
トランクなどの手荷物はない。少女は肩からさげているポシェット一つで、バジルに至っては手ぶらだ。
入国審査もほぼフリーパスで通り抜け、二人は日本の地を踏んだ。
日本語の看板や並んでいる土産物に興味を示している少女に、バジルは窘めるように声をかける。
「綱吉殿」
「分かってるよ。遊びに来たわけじゃない」
そう言う少女の横顔は、髪と瞳の色さえ異なれば、この地に埋もれてしまうだろう。
よく見なければ西洋の血を見逃してしまいそうな幼い顔で、少女は笑う。
「俺はここに、俺の守護者を見つけに来たんだ」
空港を出て、列を作るタクシーに向かって片手をあげる。
「雨と雲と晴のリングの持ち主。彼らは間違いなく日本にいる」
「日本に、ですか」
「俺の超直感を疑うの?」
首を傾げる少女にバジルは頭を振った。そんなものなくとも、バジルは少女につき従う者だ。彼女が行くと言うのであれば、世界の果てだって同行する。
その思いを知っているからこそ少女は唇を吊り上げ、満足そうに笑った。
自動で開かれたドアから、タクシーに乗り込む。愛想のいい中年の運転手が振り返って尋ねた。
「お客さん、どこまで?」
にこやかに、先ほどとは明らかに質の違う笑みを見せ、少女―――沢田綱吉は告げた。

「並盛町まで」

桜咲く春の良き日、ゴッドマザーが降り立った。





いきなりバジル。
2006年5月25日