征服






「簡単だ。いっそ笑ってしまうくらい簡単なことなんだよ」
眼差しを伏せて語る親戚の横顔を、XANXUSは見つめる。出会いから十数年を経て、ボンゴレファミリーの十代目を継ぎ、正式にドン・ボンゴレとなった綱吉は未だその身体に幼さを残している。背が高くなろうとも筋肉はつかないし、飴色の髪の毛は優しさを演出するだけで、大きな瞳は威厳を感じさせてやくれない。それでも確かに彼はゴッドファーザーであり、XANXUSの上司であり朋友でもあった。
「俺が暴力ではなく対話によって解決策を見出そうとするのは、優しいからなんかじゃない。怖いからなんだ。だって俺は、征服する方法を知っている。自分が簡単に、相手を征服できることを知っている」
ほう、と漏らされる吐息は諦観に近い。手にしていた書類を放り出し、特注の万年筆もそこらに転がす。革張りの椅子に背を預ければ小さな音が鳴り、いつもは気にするだろうそれらを無視する姿は紛れもない君臨者だ。綱吉は怠惰であり、そして臆病でもある。XANXUSはそのことを知っている。ファミリーの誰もが気づかない、彼の奥底に在るものを知っている。
「例えばリボーンだ。リボーンを征服するには、ただ一言『おまえが必要なんだよ』と言ってやれば良い。それだけでリボーンは俺から離れられなくなるし、一生傍にいてくれる。骸だって同じだ。胸倉を掴んで泣きながら、ただ一言『馬鹿野郎』と言ってやれば良い。それだけで骸は俺を切り捨てられなくなるし、一生同じ側にいてくれる。雲雀さんだって、ディーノさんだって同じだ。俺は、相手の一番欲しいものを見つけることが出来る。繋ぎ止めて、離れなくさせることが出来る。本当に、それはとても簡単なことなんだよ」
信頼や愛情は他人を縛る最も甘い鎖であり、追従を許さない求められるべきものである。綱吉は、いつしかそれに気づくことの出来る自分に気づき、愕然としたという。しかもそれが自分がしたいと思っている行動と同じだと分かったときは人生に絶望したよ、と彼は笑った。無意識のうちに相手を征服する、それは酷い蹂躙ではなかろうか。心を征服する、それは暴力よりも忌むべき行為ではないかと彼は言う。
「だけど俺は、他にどうすればいいのか方法を知らない。だって俺は、リボーンにも骸にも、他のみんなにも傍にいて欲しいんだ。我侭だって分かってる。それでも一緒にいて欲しいし、みんなで笑い合っていきたい。戦わなくて済むならその方がいいし、いっそマフィアなんかなくなっちゃえばいいって今でも思ってる。だから俺は、最低の手段だって分かっていても、みんなの心を征服するよ。だってそれが、俺の望みだから」
グローブを纏っていない手のひらが、瞼の上から瞳を隠す。涙は頬を流れないし、ただ疲弊した身体を落とし、綱吉は被りを振る。XANXUSはその様を、重厚な机を挟んだ場所から眺めていた。馬鹿な親戚なのだ。愚かで、甘くて、いつまで経っても痛みに慣れない。彼は間違いなく王者であるというのに、未だ屍の玉座に着くのを嫌がる。いっそ強引に座らせてしまおうか。XANXUSが唇の端を歪めたときだった。
「ほら、おまえだってもう俺から離れられない。こんな弱いボスなんて、おまえは許すことが出来ないから。だから俺は一生弱いままでいるよ。だってそうすればXANXUSは、俺から離れていかないだろう?」
手のひらの下で、綱吉が笑った。それはとても歪な笑みで、そして強者の嘲笑だった。





本心と暴力と贖罪の合間。
2009年8月4日(2009年9月12日再録)