承転結.御大御登場





並盛駅で、彼らは顔を合わせた。その刹那、周囲にいた人々は北極の氷がごとく固まった。並盛の覇者である雲雀恭弥と、黒曜の覇者である六道骸。彼らの不仲は万人の知るところであり、顔を合わせたが最後、周囲を巻き込んだバトルは三日三晩続くと言われている。実際に三ヶ月前に壊されたビルは再建されている途中だ。ああ今度は駅が壊れるのか、と一般人たちは思った。駅が使えなくなると通勤通学などに多大な影響が出てしまう。けれども雲雀と骸に進言など出来るはずがない。彼らは絶対的な支配者であり、並盛と黒曜を統べる暴君なのだから。
「おやおや、久しぶりですねぇ、雲雀恭弥。まだ生きていたとは驚きです」
「君こそさっさと出てきなよ。ここは並盛だ」
「生憎と僕はここに用事があるのです。君こそさっさと巣に戻っては?」
「僕もここに用事があるんだよ」
「じゃあ『せーの』で言いましょうか」
クフフと骸は笑い、すっと雲雀は目を細める。犬が歌うように、千種が心底面倒くさそうに「せーの」と声を合わせた。
「「沢田綱吉」」
しんとした駅前で二つの声が重なる。雲雀は更に不機嫌そうに顔を歪めたが、逆に骸は機嫌を上向かせたらしい。ああやっぱり、とくすくす笑う。
「そうだろうと思いましたよ。どうせ沢田プリーモの弟、綱吉君を並中に入れようとか、そんなことを考えているんでしょう?」
「学区からいって当然だね。まさか君こそ沢田綱吉を黒曜中に入れようとか馬鹿なこと考えてるわけ?」
「学区などあってないようなものでしょう。プリーモは黒曜の覇者でした。その弟である綱吉君も黒曜に入ることが自然だと思われますが?」
「沢田綱吉は並盛のものだよ」
「クフフ。そう言っていられるのも今のうちですよ。すでに先手は打たせてもらいました」
雲雀が眉を顰めると同時に、電車がホームに滑り込んでくる。運よくホームにいた人々は、開いた扉に逃げるように駆け込んでいった。みーどーりーたなーびくーなーみーもーりーのー、と発車ベルが鳴る。並盛駅で降りるはずだった人々も、改札の向こうに雲雀と骸が並んでいるのを目にして降車を拒否した。ここで降りて巻き込まれるくらいなら、次の駅で降りて歩いた方がマシである。がたんがたんと電車が遠ざかっていく。誰もいなくなったはずのホームに、ぽつんと立っている影がひとつ。
「・・・・・・あぁ、来ましたね」
骸も雲雀も、そして千種も犬も振り向いた。影がゆっくりと改札に向かってやってくる。
それは、小柄な人物だった。建物の影に入ることで眩しすぎる日差しが遮られ、彼の姿を徐々に浮かび上がらせる。色彩はまるで太陽のような、柔らかな午後の日差しのような、甘い蜂蜜のような、そんな優しい色合いをしている。肌は日本人にしては色が薄く、彼の金に近い茶髪と相俟って絵画に出てくる天使のようだった。12歳の平均よりも小さな背は、けれど全身をコンパクトにまとめている。小さな顔、細い首筋。肩は少し頼りなさげで、手足はまるきり子供のもの。それでも意志の強そうな瞳は前を見据えており、彼の雰囲気をダイヤのように硬質に、そして何よりも輝かせている。写真に残されている沢田プリーモの、まさに幼い姿。雲雀と骸の目すら奪うほどのカリスマを、その小さな身体は秘めている。
飲み込まれる寸前で骸が我に返り、合図を送る。
「・・・・・・凪、計画スタートです」
声よりも脳に直接響く声を受けて、前もって改札の内側に隠れていた凪がはっと肩を震わせる。もう目前まで近づいてきている綱吉の横顔は写真の中のプリーモと瓜二つで、少し幼い分愛らしさが残されている。ほんのりと熱を持ってしまった頬をぺしりと叩き、凪は柱の影から一歩踏み出しだ。ここで声をかけて、上手く誘い出してどこかでお茶をして、そして黒曜まで連れて行くのが凪に課せられた使命だ。視界の隅で雲雀が険を露にしたのと、骸が勝利の笑みを湛えたのを捕らえる。綱吉まで、あと三歩。薄い肩を叩こうと凪は手を伸ばした。
「ふぎゃっ!?」
―――が、空を切った。潰れた猫のような声が上がり、綱吉が視界から消える。何が起きたのかと慌てて周囲を見回せば、改札の目前で綱吉が地面に突っ伏していた。足元に転がっているジュースの空き缶。そういえば、直前にずるりと何かの滑る音が聞こえたような。
「いたた・・・・・・」
打ち付けて少し赤くなってしまった鼻を押さえながら綱吉が身を起こす。近距離ということで飴色の瞳にうっすら涙が浮かんでいることに気づいてしまって、凪はきゅんとした。立ち上がった綱吉は、ずれてしまったショルダーバッグを直して、ポケットから切符を取り出す。凪は更にきゅんとした。びびーっと改札がエラー音を鳴らす。
「えっ!? な、何で!?」
綱吉はわたわたと慌てているが、彼が差し込んだのは切符ではなく航空チケットの半券だ。大きな瞳が焦りを帯びて尚更に泣きそうになっている。駄目です、骸様、と凪はギブアップ宣言を送った。駄目だ、この人は。可愛すぎる。
「・・・・・・仕方ありませんね。千種、行きなさい」
「・・・・・・はい」
面倒、という呟きを喉の奥で押し殺して、千種は命令に従って改札へと近づく。それによって徐々に鮮明になっていく綱吉の顔立ちは、頬を混乱で真っ赤に染めていてとても愛らしいものだった。少女めいているのではない。子供を、小動物を前にしたときの愛玩のような気持ちだ。もはや綱吉の隣の凪などは、ぽややんと彼の一挙一動を見守っている。
「・・・・・・それ、切符じゃない」
「えっ!?」
改札越し、綱吉が零れそうな瞳で千種を見上げる。それから微妙に視線を逸らして眼鏡を押し上げ、千種は再度指摘した。
「それ、切符じゃないよ」
「えっ・・・あ、本当だ! うわっ、俺馬鹿だ!」
ようやく切符だと思っていたものが航空チケットだったことに気づき、綱吉は「俺の馬鹿、俺の馬鹿!」と言いながらジーンズのポケットを漁り、パーカーのポケットに手を突っ込む。しかし切符が見つからないらしく、今度は違う意味で焦り始めた。手に取るようにそれが分かって、何これ、と千種は呟かずにいられない。
「・・・・・・めんどいけど、落ち着いて。鞄のポケットは?」
「うっ・・・ないですー・・・」
「・・・・・・財布とか、パスケースとか」
「ないですー・・・・・・」
「・・・・・・栞代わりにしたとか」
「俺、本なんて持ってませんー・・・」
ショルダーバッグの中身をひとつひとつ点検する。黒いチェーンのついた財布、ハンカチとティッシュ、お菓子にパスポート、電車の路線図。しかし切符は出てこない。ジーパンのポケットをひっくり返しても入っていたのは最新機種の携帯電話で、残ったのは唇を噛み締めて泣くのを堪えている綱吉のみ。けれど彼は、ぱっと顔を上げて叫んだ。
「そうだ! 俺、おサイフケータイだったんだ!」
電車は切符、切符は電車、だから忘れてた! 日本だからおサイフケータイがいいって言われて、そうしてもらったんだ!
思い出して嬉しいのか、ぱぁっと笑顔になって綱吉は携帯を改札にかざし、千種の気遣いを他所にさっさと通り抜ける。ようやく間近で対面することになると、その背は遠くから眺めていたよりも小さかった。子供のような満面の笑顔で、綱吉は千種に礼を述べる。
「あの、ありがとうございました!」
「・・・・・・別に」
「日本人って親切なんですね!」
「・・・・・・・・・もう、いい。めんどい・・・」
にこにこと無邪気に笑う綱吉に、千種は白旗を挙げた。後はよろしく、犬、と視線だけを寄越して、すたすたと綱吉の範囲外に撤退していく。骸はじりじりと自ら動きたそうにしているが、隣の雲雀よりも先にそうするのはプライドが許さないのだろう。仕方ないですね、とわざとらしく溜息を吐き出して命令する。
「犬、行きなさい」
「えー・・・・・・骸さん、あいつ絶対おかしいれすって」
「いいから行きなさい! 早く綱吉君をゲットするのです!」
「うぃー・・・」
耳の代わりに髪をぺたんと寝かせて、犬はのそのそと綱吉に近づいていく。彼自慢の獣の勘が告げていた。これは、手に負えない存在だ。雲雀恭弥の方がまだいい。雲雀は傲慢だし暴力を振るうけれども、慨してみれば自分たちと同じ側の人間だ。だから理解することが出来るし、暴力という手段で持って対抗も出来る。だけど、沢田綱吉は違う。
駅前の地図看板を見上げ、綱吉はぶつぶつと呟いている。横顔は紛れもなく小動物だ。しかも兎などの愛玩系。うさぎちゃんだびょん、と思いつつ、犬はおそるおそる声をかけた。
「あ、あのー・・・・・・」
「はい」
「ぐはっ!」
きゅるんと振り向いた。きゅるんと振り向いた! 生まれてすぐに裏世界に馴染んでしまった犬にとって、それは格子の向こう側で輝く、手の届かないお日様のような、ぴかぴかふわふわの笑顔だった。これは駄目だ。これは駄目だ。勝てる気がしない以前に挑める気がしない。
犬は「何でもないびょん!」と叫んで、自慢の足で逃亡した。凪は改札の内側の柱の影から、千種は右手にあるファーストフード店の影から、犬は左手にある銀行の影から、三者三様に綱吉をじっと見つめる。彼らはもはや敗れた。
「ま、まままままままったたたたく、ししししかたないですね」
顎に指を添えている骸が、ごほんごほんとわざとらしく咳をする。犬は知っている。骸もなんだかんだ言ってぽかぽかの太陽が大好きなのだ。
「・・・・・・・・・ちょ、っと、草、壁。アレ、捕獲し、てきて」
あらぬ方向を向いている雲雀が、文節を妙に区切っている。千種は知っている。雲雀は暴力的な言動に反して愛らしいものが大好きなのだ。
群れることを嫌う雲雀の意に沿うよう、少し離れて控えていた草壁が複数の風紀委員を連れて綱吉に近づく。学ランを身にまとっている彼らは総じて背が高く、綱吉を取り囲むとまるでトーテムポールのようだった。一生懸命指で辿っていた地図に急に影が落ち、顔を上げて綱吉がぎょっとしている。強面の男たちに囲まれて怯えない方が難しい。
「おい」
声をかけられ、綱吉の肩がびくっと跳ねた。ぷるぷると震えだす様は生まれたての小鹿のようで、何もしていないというのに草壁たちの良心をちくちくと攻撃してくる。ぐはっと何人かの風紀委員がダメージを食らって倒れた。草壁もふらつきそうな足をどうにか持ちこたえる。
「おい、おまえ」
「ひいっ! すすすすすいません・・・! お、俺、お金なんて持ってないです! カツアゲなんて、そんな・・・っ」
ごめんなさいごめんなさい、と綱吉は頭を抱えて必死に謝る。無理もない、と凪は思った。学ランでリーゼントの強面の男たちに囲まれ、あんなに可愛らしい綱吉が脅されていると勘違いしてもおかしくはない。しかし焦ったのは草壁だ。背後から突き刺すような雲雀の視線が恐ろしい。小動物を泣かせるなんて、というお叱りの声が飛んできそうだ。
「断じて違う! 俺たちはおまえから金品を巻き上げるつもりはない。ただ大人しくついてきてくれればいいだけだ」
「そ、それってまさか誘拐!?」
「ちが・・・っ」
ここで「違うのか?」と僅かでも疑問を抱いてしまったところに草壁の敗因があったのだろう。途端にぶわっと飴色の瞳が涙を溢れさせ、ついに雫が丸い頬を伝う。さすがに草壁もぎょっとした。猛者たちばかりと知られている風紀委員たちが、ばっと音を立てて九十度に腰を折る。
「「「すんませんっした!」」」
「うえ・・・・・・」
「委員長、我々には無理です・・・・・・!」
風紀委員たちが逃亡し、ついには草壁も敗れた。それだけに泣き出した綱吉は愛らしく純粋で、何でもするから泣き止めと言いたくなってしまうほどの庇護欲に溢れている。例え凶悪犯罪を犯した人間でも、綱吉を前に無体をするなど不可能だろう。それだけの純真さが、手を出せない何かが沢田綱吉にはある。
「・・・・・・仕方ないね」
「待ちなさい、雲雀恭弥! 抜け駆けは許しませんよ!」
こほん、とひとつ咳をして雲雀が綱吉に近づき始める。草壁に、その足音は「うきうき」としか聞こえない。負けじと駆け寄る骸の足音も「るんたった」にしか聞こえない。携帯で時間を確認している綱吉が、三度影に気づいて顔を上げる。雲雀は常の無表情を形作って、骸は上機嫌をとろけるような笑みに載せて話しかけた。
「ねぇ、君」
「こんにちは」
「・・・・・・こんにちは?」
こてん、と綱吉が首を傾げ、蜂蜜色の髪の毛がふわふわと揺れる。遠くで犬が「ぐはっ!」と喚いてアスファルトにしゃがみこんだ。しかしそんなもの気にするはずもなく、雲雀は腕を組んで綱吉を見下ろす。
「君、沢田綱吉だよね?」
「え」
「ああ、怖がらないでください。僕たち、君のお兄さんの知り合いなんです」
「プリーモの?」
この子はきっと詐欺に引っかかるだろうと、千種は思う。しかし詐欺師の方が引っ掛けるよりも先に、綱吉のオーラに当てられて自ら交番に自首してしまうかもしれない。世の中はまったく上手くできているものだと、千種は妙に感心する。
「ええ、沢田プリーモ先輩は僕の中学校の卒業生ですから」
「そうなんですか!?」
「素晴らしい生徒会長だったと今でも語り継がれています。若輩ながら僕も今、同じ黒曜中学で生徒会長をしておりまして」
間違ったことは言っていない。話術に関しては骸に分があるのは明らかで、彼はプリーモの名を出すことで綱吉の安心と関心を一気に引き出した。きらきらとした瞳を向けられて、骸の饒舌が一層滑らかになる。面白くないのは雲雀で、彼は力技で綱吉の肩を掴み、自分の方へと振り向かせた。
「ちょっと、雲雀恭弥」
「ねぇ、君って本当に沢田プリーモの弟?」
「え? あ、はい、俺はプリーモの弟ですけど」
「その割りに全然似てないね。何その」
小動物な感じ、と続けるはずだったのだが、珍しくも雲雀の言葉は途中で途切れた。うるる、と綱吉の瞳が潤んだからである。間近でその威力を見せ付けられ、さすがの雲雀も硬直した。横取りされてむっとしていた骸も、慌てて「大丈夫ですよー!」なんて赤子にかけるような声で綱吉をあやしにかかる。雲雀の脇腹にエルボーを食らわせることも忘れずに。
「大丈夫ですよ、綱吉君! 君はまだ幼いから愛らしさが残っているだけです。すぐにプリーモ先輩のように美しく偉大になれますよ」
「べ、別に僕だって君がプリーモに似てなくて悪いなんて言ってないよ。むしろいいんじゃないの、肉食よりも小動物で」
「でも俺・・・・・・プリーモみたいになりたい」
くしゃっと顔を顰めてそう吐露する綱吉は非常に愛らしい。撫でたい、と雲雀の右手がうずうずと動いた。抱き締めたい、と骸の左手もうずうずと動く。しかし突然の接触で警戒心を持たれたくはないので、二人は必死で理性とプライドを総動員した。えへん、と咳をして雲雀が言う。
「・・・・・・君、本当に沢田プリーモが好きなんだね」
その言葉はおそらく正しかったのだろうが、雲雀と骸の敗因となった。雲が散り、大空が広がり、きらきらとお日様が降り注ぐ。綱吉が笑う。
「はいっ! 大好きです!」
それは、天使が降臨した瞬間だった。



いささか混んでいた高速道路を抜けて並盛の駅前まで辿りつくと、そこは駅の機能を発揮していなかった。右手のファーストフード店の前でニット帽を被った少年がアスファルトに座り込んで膝を抱え込んでおり、左手の銀行前では茶髪の少年がぷるぷると丸くなっている。改札の中では眼帯をしている少女が柱に抱きつくようにしてもたれかかっており、タクシープールでは学ランの男たちが倒れ伏している。他にも一般人と思われる人々が呆然と立ち尽くしており、それらの中心に、プリーモの待ち合わせ相手である、弟の綱吉はいた。足元に崩れ落ちている二人の少年を一瞥し、プリーモは瞳を細める。学ランの袖に風紀の腕章をつけているのは、雲雀恭弥。これから住む予定の並盛町の暴君だ。癖のある学ランと髪形をしているのは、六道骸。プリーモの母校のある黒曜町の支配者だ。少し注意を払っておくか、と頭の隅で考えていた要注意人物が二人、今は綱吉の足元に崩れている。やっぱり、とプリーモは唇を吊り上げた。大方綱吉を見定めに来たのだろうが、自分の弟はこんな輩にどうこうされるような器ではない。
「綱吉」
名を呼べば、周囲の有様にあわあわしていた綱吉が顔を上げ、ぱぁっと満開の笑顔になる。ぐはっという喚き声がどこかから聞こえてきた。
「プリーモ!」
そのお日様のような綱吉の笑顔は「天使の微笑み」と呼ばれ、イタリアマフィア界では最高最強最悪の兵器と怖れられている。その無邪気な笑顔は一般人よりも、むしろ裏世界の人間に威力を発揮する。純真無垢な天使を引きずり落としたいと思うよりも先に、じんわりと零れ落ちそうになる涙を止めたいと、どんな悪人でさえ思ってしまうのだ。実際に綱吉はすでに、その笑顔で五つものファミリーを潰し、もとい陥落し、己の部下に変えている。]グローブを使う間もなく、笑顔ひとつでファミリーを解体させたその笑顔は、マフィア界を震撼させた。だからこそ今は、ボンゴレの沢田綱吉に手を出すなという不文律さえ出来ているのだ。綱吉の笑顔は世界を救い、綱吉の涙は世界を変える。
そして何より恐ろしいのは、それらすべての行動が、綱吉にとっては無意識のものだということだった。
計算なく行われる行動を自覚させるのは難しい。リボーンが制御させようと訓練したこともある。けれど結局、それは綱吉の天然さを加速させただけだった。だからこそプリーモは、綱吉にすべてを賭けている。はっきり言って、綱吉は天下を取れる。しかも何もかもを丸く治めて。これだけの器に惚れない人間がいるわけがない。しかもそれが自分を慕ってくれている弟とくれば、プリーモの綱吉への愛情も箍を外れるというもの。
「待たせてすまない」
「ううん、全然待ってないけど・・・・・・でも、この人たちが」
「気にするな。イタリアでもあっただろう? 突然周囲が使い物にならなくなることが」
「うん」
ふわりと家族に、というか綱吉と母親である奈々にしか見せない瞳からの笑顔で言い含めれば、綱吉もふにゃりと頷く。それに、とプリーモは崩れている二人にのみ聞こえるよう言い捨てた。
「この程度のことで使い物にならなくなるような奴は、綱吉に声をかける資格もない」
路上の雲雀と骸が反応し、眼だけでプリーモを睨み上げてくる。けれどそんなものは子犬の鳴き声に等しい。せめて肉食獣くらにはなってもらわないと綱吉の周囲に置く許可など与えられないとプリーモは考えていた。綱吉には甘い兄の微笑を向け、雲雀と骸には時が経過しても変わらない、経過したからこそ更に威を増した絶対強者の顔を向ける。
「これからの生活が楽しみだな」
「うん。俺、いっぱい友達を作りたいんだ」
「作れるさ、綱吉なら」
作れないような環境にしてくれやがったら分かってるだろうな、という声なき声が並盛駅前ターミナルに響く。一般人にさえ、その密やかなるお達しは届いた。雲雀や骸以上の暴君、伝説の沢田プリーモの降臨に誰もがただただ首を縦に振る。邪魔など出来るはずがない。プリーモの気配が恐ろしいし、綱吉は愛らしすぎて恐ろしい。ほんと何この兄弟、と彼らは思っていた。いろんな意味で恐怖なのに、どうにも目が離せない。
「俺、日本も好きになれたらいいなぁ」
その言葉に逆らえるか―――否!

ベルベットの外車が遠ざかっていく。ようやく時の動き始めた駅前で、雲雀と骸はそれぞれに拳を握り締めていた。眼は獲物を前にした肉食獣よりもぎらついている。
「いい度胸じゃない・・・! 乗ってあげるよ、その挑戦」
「僕に喧嘩を売ったこと、末代まで後悔させてあげますよ・・・!」
ふふ、クフフ、と恐ろしい笑いが漏れた次の瞬間、ぎらりと二人の目が輝いた。間髪入れずにトンファーとトライデントがぶつかり合って、凄まじい戦闘が開始する。
「君を葬って、沢田綱吉は僕が手に入れる!」
「クハハ! 墓の下で僕と綱吉君の仲良しっぷりを指を銜えて見ていなさい!」
恐ろしい金属音が絶え間なく続いて、常人の目で追うのは無理なスピードで雲雀と骸は対戦し、周囲を破壊していく。あぁやっぱり並盛駅は壊れる運命にあったのか。明日からは隣の黒曜駅を、いやいやそれは自殺行為だから違う駅を使おう。一般人たちは悲鳴を上げて戦いから逃げながらそう誓った。それにしても、沢田兄弟。あれは天使か悪魔か神なのか修羅なのか。ホントどっち、と叫ばずにはいられない。
並盛と黒曜の明日はどっちだ!





書きたかったこと其の伍、天然キラーな弟綱吉。お付き合いくださりありがとうございました!
2007年11月16日(mixi初出)