起.保護者御一行
「プリーモ」
グローブを外していたところ、後ろから声をかけられた。当然気づいていたし、これだけの殺気を向けられて気づくなという方が難しい。一般人ならすでに気を失っているだろう。並みのマフィアなら涙を流して命乞いをしているところか。しかしプリーモは一般人ではなかったし、並のマフィアでもなかった。だからこそアルコバレーノの本気に屈することなく振り返る。
「リボーン」
「テメー、ツナを連れて日本に行くらしいな」
「ああ、聞いたのか」
「どういうつもりだ?」
「どうもこうも、綱吉に少しでも多くの経験をさせてやりたいだけだが」
「嘘をつけ。テメーがツナを囲い込みたいだけだろ」
「言ってくれる」
くっとプリーモは唇を吊り上げるが、それは笑顔という印象を与えない。微笑ではあるかもしれないが、彼自身の落ち着きすぎた雰囲気と相俟って、時として相手には冷笑と映ることもある。感情を前面に押し出してしまう弟と違い、プリーモは瞳から笑うということが少ない。
「綱吉は今までずっとイタリアで育ってきて、マフィアという狭い世界しか知らない。次期ドン・ボンゴレということで周囲はへりくだるばかりで、友達すら碌に作れていない。そんな生活を送らせたくはない」
「ツナはドン・ボンゴレになるんだ。マフィア以外の世界を知って、そこに生きたいと願ったらどうする」
「そのときは俺がドン・ボンゴレを継いでもいいが、そうなることはありえないだろう」
グローブについてしまった血を軽く叩いて落とす。甲に刻まれている数字はTだが、これと同じ]のグローブをプリーモの弟も持っている。自らマフィアになると誓い、武器を手にした子だ。自分で決めたことを覆す子ではないと知っているし、そんな綱吉だからこそプリーモもドン・ボンゴレを譲った。弟の方が、大空に相応しいと悟って。
「怖がることはない、リボーン」
「・・・・・・あぁ?」
「例え誰と知り合い、どんな関係を築いたとしても、綱吉がアルコバレーノを―――おまえを、嫌うことはない」
「俺がいつそんな心配をした?」
「違うのか? 俺の超直感も鈍ったな」
そんなことを欠片も思っていないくせに、とリボーンは舌打ちした。到着した車から黒服の男たちが降りてきて、一様にリボーンとプリーモに対して腰を折る。裾に一滴赤の付着したコートを渡し、代わりに差し出されたものをプリーモは羽織った。
「ニブロファミリーだ。俺はドンを潰しに行く」
「お一人でですか!? せめて部隊をひとつ供に」
「誰に言っている?」
一言で部下を切り捨てて、プリーモはさっさと裏路地から出て行く。はん、と厭味たらしく笑って、リボーンは「俺が行く」と言って後を追った。ボンゴレ九代目の専属ヒットマンであり、アルコバレーノでもあるリボーンが一緒なら、と部下たちは肩を撫で下ろす。プリーモの実力を疑っているわけではなく、ボンゴレファミリーの直系子息を一人で歩かせることに対しての危惧だった。いくらプリーモが異彩を放っていたとしても、部下を連れていなければ舐められても仕方ない。
細い道を抜ければ、すぐに大通りへと出る。人波に加わる前に己の存在感を限りなくゼロにし、プリーモは素知らぬ顔で一般人に紛れ込む。リボーンはその隣に並び、小さな声で笑ってやった。
「今のおまえを見たら、ツナは一体どう思うだろうな?」
「どうもこうも、別に驚きはしないだろう。俺がこうしてファミリーを潰していることも、それがボンゴレにとって必要なことも綱吉は理解している」
「理解と感情は別物だ」
「そうだな。だが、ボンゴレの血は綱吉にも流れている」
顔を上げたプリーモに釣られるようにして、リボーンも空を仰いだ。広がる美しい、青空。
「この忌まわしい血が、綱吉にも流れている。暴力と支配と混沌を是とし、身内の死すら命じるほどの冷酷、その素養が確かに綱吉にもある」
「あいつはダメツナだ」
「そうだ。素養はあれど開花していない。だからこそ俺は、それに賭けたい」
眩しさに目を細めるように、プリーモは手のひらを翳した。
「綱吉は歴代で最も素晴らしいドン・ボンゴレになるだろう。優しくファミリーを包み込み、そして終わらせる、最後のドンに。そのための手伝いを俺はするつもりだ」
「・・・・・・それがテメーの狙いか」
「あぁ。そして二人で平穏な老後を過ごす」
「それがテメーの狙いか!」
「羨ましいだろう?」
ここで初めてプリーモは瞳を和らげて笑った。そんな表情は弟の綱吉と良く似ており、彼を年齢よりも幼く見せる。コートのポケットに手を入れて歩く姿は子供のようで、だからこいつは面倒なんだ、とリボーンは舌打ちした。愛情と打算が複雑に絡み合っている。そして行き着く先に弟だけでなく自らの幸せを組み込んでいるからこそ性質が悪い。綱吉がプリーモと真逆に育ちつつあるのも、間違いなくプリーモの画策による結果だろう。
「・・・・・・今のおまえを見たら、ツナは一体どう思うだろうな?」
「どうもこうも、少し驚くくらいだろう。綱吉は俺のことが大好きだから」
「あのダメツナが」
「アルコバレーノ、おまえたちも協力するなら同じ町で老後を過ごさせてやってもいいが?」
「・・・・・・ちっ!」
「ゆっくり考えればいい。俺と綱吉が日本を謳歌している間に」
しまっていたグローブを取り出して装着するプリーモの横顔は、間違いなく綱吉とは違う。綱吉はすべて愛情で成り立っている。それはファミリーにも敵にも等しく振りまかれ、化け物とされているアルコバレーノでも変わらない。初めて得た温かい気持ちを、手放せるわけがない。しかしその感情すらプリーモの計算の範囲内にあるのが癪に触る。
「せいぜいツナを盗られないよう気をつけやがれ」
三度舌打ちして、リボーンはプリーモの足を蹴り上げた。それすらひらりと交わされるのだから、まったくいけ好かない男だ。こんな奴の下であの綱吉が育ったことを、リボーンはマフィア界の七不思議だと思っている。
書きたかったこと其の四、マフィアを後悔しているプリーモと弟と一緒の老後計画をしているプリーモ。
2007年11月16日(mixi初出)