起.並盛中風紀委員会御一行





「沢田綱吉、ですか」
手元の書類に目を通し、草壁の読み上げた名前に雲雀は頷いた。
「そう。沢田プリーモが連れてくる弟。来年中学に上がる」
「沢田プリーモ・・・・・・」
今や伝説となっている男の名を、草壁は噛み締める様にして呟いた。並盛と隣接している黒曜を一年生ながらに支配し、町ひとつその手のひらの上で転がした男。端正な容姿とそれに反した残虐な手腕、数々の逸話は隣町の並盛でも語り継がれている。今年中学一年生の雲雀が風紀委員会委員長になり、並盛中と並盛町を支配できているのも、沢田プリーモという前例があったからに過ぎないだろう。その、沢田プリーモの弟。
「・・・・・・並盛に住んでいたのですか?」
「越して来るんだよ。小学校は海外で卒業してるから、半年後に中学に入学するらしい」
「では距離的にうちということになりますね」
「まぁね」
雲雀はソファーの上で足を組みかえる。それは革張りとスプリングの利いた重厚な品で、彼がこの中学校を手中に収めた際に一番最初に献上させたものだった。とても気に入っているのか、応接室にいるときは常にこの椅子に座っている。
「それにしても沢田プリーモの弟ですか・・・・・・。一体どんな人物なのでしょうね」
草壁は手の中の報告書をめくる。そこに書いてあるのは実際、九割が沢田綱吉本人ではなく、その兄のプリーモについての内容だった。綱吉について書かれていることといえば、フルネームと生年月日、それと性別と好きなもの。
「好きなもの・・・・・・兄?」
「そう、兄。ブラコンにも程がある」
雲雀はそう言うけれども、ブラザーコンプレックスで終わればいいのだが、と少しだけ草壁は危惧する。弟のために故郷に戻るプリーモと、その兄が大好きだと公言する綱吉。どちらかに手を出せば、残る片方も自動的に敵に回すことになってしまうのだろう。
本来ならば写真が添付されているはずなのだが、「撮れませんでした」という謝罪文が書き加えられている。並中風紀委員に不可能はないとされているのに、その腕を持ってしても捉えることが出来なかった。これは沢田綱吉本人によるものか、それともプリーモによるものなのか。
「沢田プリーモ」
ぴん、と雲雀が自身の分の書類を弾く。
「黒曜中を卒業後、どこに行ってたかと思えば海外に出てたらしい。アメリカだかイタリアだかをぐるぐる回って、並盛に居を構えたと思ったら本人は一流大学に編入済み。ほとんど弟のために帰国したようなものだね」
「プリーモが黒曜中に在籍していたとき、九歳離れた弟は幼稚園か保育園生・・・。ですがそういった記録はありません」
「通わせてなくても、存在したなら記録は残る。弟は海外にいたってのが打倒じゃないの」
「その弟と一緒に、プリーモが並盛にやってくる・・・・・・」
それはつまり、彼らが並盛の制圧に乗り出すということではないだろうか。少なくとも、プリーモには黒曜を支配していた前歴がある。かの地も今は別の集団によって制されているが、プリーモならばそのどちらにも君臨することが可能だろう。想像した図があまりに恐ろしくなり顔色を悪くさせた草壁に、雲雀は酷く愉悦そうに唇を吊り上げた。
「沢田プリーモは一度手放したものをまた手に入れようとするほど馬鹿な男じゃない。あの男は捨てたものに興味は無い。戻ってくるのは多分、純粋に弟のためだろうね」
「・・・・・・日本が初めての弟のために、少しでも自分が自由に出来る場所であればいいと?」
「そうなんじゃないの? 会ったことないから知らないけど」
適当に返す雲雀自身、沢田プリーモの名が全盛に騒がれているときはまだ七歳だった。その頃すでに暴力を嗜んでいた彼は、いずれ相対してみたいと思った自分を覚えている。それは叶わなかったわけだが、今度はその弟が現れたのだ。年齢はひとつ下。面白い、と口内で呟く。
「草壁」
「はっ!」
「沢田綱吉、うちに入れるから」
本人の意思に関わらず、それは雲雀の中ですでに決定事項だ。草壁をはじめ風紀委員たちは、それを理解して行動を始める。
目標は半年後、沢田綱吉を並盛中学に入学させること。





書きたかったこと其の弐、弟のために帰ってくるプリーモ。
2007年10月28日(mixi初出)