卓上のカレンダーを見て気がついた、わけがない。綱吉はすでに日々の感覚を忘れかけているし、自分の誕生日が来ても当日誰かに祝われるまで気がつかなくなってきている。ファミリーの誕生日はしっかり覚えていて、前日のリボーンのときは盛大に祝ったりするくせにだ。
そんな綱吉が今日は「中秋の名月」だと気づいたのは、ひとえに獄寺がドン・ボンゴレの執務室にすすきを飾りに来たからだ。イタリアで何をと思わないでもなかったが、見える月は日本でもイタリアでも同じだから良いのだろう。続いて入ってきた山本は、熱々の蕎麦の入った丼を綱吉に渡してくれた。海苔の上に生卵が割ってある、由緒正しい月見蕎麦である。ピラミッド型に積んだ月見団子も用意され、窓から見える月は鮮やか。じゃあ一杯、とそんなときだった。
どっかーんと音を立てて破壊されたドアに、綱吉は手の中の蕎麦がなければツナ様になりそうだった。
まんまる満ち足りて
「綱吉綱吉綱吉ーっ!」
突っ込んできたベルフェゴールに激突される前に、綱吉は蕎麦の丼を山本に向かって投げつけた。水平に放られたそれを山本は慣れたもので汁一滴零さずに受け止め、被害に遭わない位置に置く。ありがとー、どういたしましてー、と互いの手が振り交わされた。
「どうしたの、ベル」
「綱吉! 見て見て、これ!」
「どれ?」
首を傾げる綱吉は、マフィアのボスというよりも幼稚園の保育士だ。遠い目で美しい月を眺めながら、リボーンは蕎麦をすする。ベルフェゴールは左手を綱吉に向かって突きつけた。
「じゃっじゃーん! 月のリング!」
きらきらきらと、空に浮かんでいる満月にも負けない輝きの指輪がベルフェゴールの左手のひらに載っている。思わず視線をやってしまえば、それは獄寺や山本たち守護者がしているハーフボンゴレリングと何ら変わらない形状をしている。いや、僅かに装飾が少ないか。けれどとにかく、それは紛れもないリングだった。
「なっ・・・! てめぇ、何だそれは!?」
「すげぇ、マジでリングなのか?」
「ししっ! 今日さぁ、月見の日じゃん? だから絶対『月のリング』が生まれると思って、緑のアルコバレーノからぱくっちゃった!」
「・・・・・・えーと、ちなみにヴェルデは今どこに?」
「リングもらったら用無いし、マーモンとこ放り投げてきた」
俺のところじゃなくて幸いだ、とリボーンは丼の中に浮かんでいる生卵に箸を突き刺す。とろりと出てくる黄身に満足げに頷きつつも、月を眺める目は相変わらず遠い。俺は疲れてるのかもしれない、とリボーンはオレンジジュースを猪口に注いであおった。彼らアルコバレーノを筆頭に、二十歳未満の少年少女たちは、綱吉によって飲酒を厳しく禁止されている。
「リングってさぁ、何かあるときに生まれることが多いじゃん? だからずっと張ってたんだよ。そしたら今日生まれた!」
やったやった、と騒ぐベルフェゴールの左手を捕まえ、綱吉はじっと指輪を検分する。ちょいちょいと突いてみると、月のような紋章を刻んでいる石が綱吉の大空のリングの波長を受けて僅かに波打つ。うわ、本物だし、と綱吉は呆れ気味に呟いた。
「でもベル、これ半分に割れるの? ハーフボンゴレリングは二つに割れなきゃいけないんだよ?」
「割れない。だからこれはボンゴレハーフ!」
「ぼんごれはーふ」
きゅーぴーはーふみたいだ、と綱吉と山本は懐かしい日本をちょっと思った。
「なんか機能もハーフボンゴレリングほど強くないみたいだし? ボンゴレハーフでちょうどよくね?」
「あぁ、うん、そうかもね」
「だから綱吉がこれ、俺にはめて! ぱんぱかぱーん、ぱんぱんぱん、ぱんぱーん!」
「それをいうなら、じゃじゃじゃじゃーん、じゃじゃじゃじゃーん、じゃじゃじゃじゃん、じゃじゃじゃじゃん、じゃじゃじゃじゃん、じゃじゃじゃじゃん、じゃないの?」
結婚のテーマソングを鼻歌で歌ってみせつつ、綱吉はベルフェゴール曰くボンゴレハーフリングを受け取る。手の中でころころと転がしてみると、何となくどんな性能を持っているのかが分かった。やはりハーフボンゴレリングまでいかないが、それなりの精度を備えているリングだ。月のリング。まぁいいか、と綱吉はベルフェゴールの左手を取った。
「早まらないでください、十代目っ! そんな奴にリングを渡してもいいことなんて一つもないっす!」
「まぁいいんじゃねーか? ベルフェゴールは自分で取ってきたんだしさ」
「そうそう、俺の綱吉への愛の勝利!」
高らかにベルフェゴールは笑う。
「ちなみにスクアーロは雪のリングが欲しいから、初雪を捕まえに世界中回ってるって。ルッスーリアはオーロラのリングが欲しいとか言ってたし、レヴィは何だっけ? 海のリング? あぁでもボスは子供のリングが欲しいから、日本に行くって言ってた!」
「相変わらず有り得ねー」
特にXANXUS、と呟きつつ、綱吉はベルフェゴールの左手小指に嵌めた。お守りに最適な指にきらきらと月のリングが輝く。うん、と満足そうにベルフェゴールが笑った。
「これで俺も綱吉のものっしょ?」
その言葉に僅かに目を瞬いて、綱吉は苦笑した。何だそれが言いたかったのかと、珍しく超直感が後から働く。他の面子が同じ理由じゃなければいいけど、と頭の隅で思いつつ、望んでいる台詞を心の底から返してやった。
「うん、ベルはもう俺のものだよ。大事にするよ、一生ずっとね」
やったー、と飛び跳ねたベルフェゴールが月見団子をひっくり返した。あーあ、と山本は笑っているが、獄寺は不満そうに唇を尖らせている。そんな彼に無事だった月見団子をひとつ差し出しながら、綱吉もへらりと笑った。月を見上げ、最後の蕎麦をちゅるんとすすりつつリボーンは思う。
虹の日はいつだ、と。
リング誕生については捏造です。虹の日には、アルコ全員で指輪の争奪が起こります。
2007年9月25日(2008年4月20日mixiより再録)