年を重ねるごとに耐性をつけてきたのか、最近の綱吉の心をリボーンは読むことが出来ない。アルコバレーノの自分の上を行かれたことは少々悔しくもあったが、まぁいいかと思っている。感情はまだまだ綱吉の表面に出てくるし、それこそ心を読むことが出来なくなるくらい一緒にいるのだ。考えていることくらい容易く分かる。それに最近、綱吉の機嫌は別の方法で現れるようになってきたのだ。しかも、それは困ったとリボーンが思うような方法で。
例えば今、綱吉はリボーンに背中を向けている。何をやっているのかは見えない。だけど機嫌は手に取るように分かるのだ。
「ご機嫌だな、ツナ」
「よく分かるね、リボーン。明日は京子ちゃんとデートなんだ。言っとくけど邪魔するなよ?」
それは気分によってなので、リボーンは明確な返事を避けた。いぶかしんで振り向いた綱吉の背景に花が舞っている。そう、文字通り舞っているのだ。
最近の綱吉は、その感情が周囲の自然によって表されるようになっていた。





Echo again





すべての始まりは、六道骸の部下である新黒曜トリオ―――つまり千種と犬と凪が溜まり場として使用している黒曜ランドに行ったことだった。戦闘から数年経って、なお老朽化が進んでいるそこに、彼らは好き好んで住んでいる。しかし地震でも来たら一溜まりもないだろう。そう思い、綱吉はせめて別の場所に集まるよう進言しに行った。そのときだった。
綱吉が黒曜ランドに一歩足を踏み入れた瞬間、ぼさぼさと好き放題に生えていた周囲の緑たちが一斉にその長さを等しくしたのだ。まるで庭師が丹精込めて作り上げている庭園のように。木々は葉を揃えてきらきらと輝き、草は足を邪魔しない程度になっている。花はシーズンでないものでさえ蕾をつけて花開き、曇っていた空は晴れ、さんさんと太陽が光を注ぐ。
壊れかけた門を通ったら別世界。異常すぎる光景にリボーンは思わず周囲を見回したが、特別誰かの気配は感じない。綱吉は変貌した周りになど気づいてもいないらしく、変わらぬ動作で右足を踏み出す。桜が咲く。左足を踏み出す。向日葵が咲く。右足を踏み出す。コスモスが咲く。左足を踏み出す。山茶花が咲く。
「・・・・・・ツナ」
「ん?」
「一歩下がってみろ」
「? うん」
リボーンの指示通り綱吉が一歩下がると、予想では蕾に戻るかと思われた山茶花が、より一層満開に花開く。それはあたかも好きな男を引き止める女のようで、リボーンはまさかと思ってしまった。もう一度指示を出して綱吉を前に歩かせれば、山茶花は嬉しそうに色を増す。マジか、とリボーンは呟いてしまった。
綱吉の進行方向に従うように、周囲の緑は綺麗に揃えられていく。乾ききっていた噴水は水道が止められているだろうにさらさらと水を撒き散らし、アーチの薔薇は存在しないはずの黒色だ。ありえない状況を理解しようとリボーンが周囲を見回している間に、綱吉は凪はともかく、千種と犬の説得にあたる。
「だから、ここはもう危ないですから! 父さんが用意したマンションがあるでしょう? そっちで寛いで下さいって」
「めんどい・・・・・・」
「風呂は銭湯とか行かなきゃいけないここの方が面倒じゃないですか! そりゃ骸との思い出があるのは分かりますけど」
「ボンゴレが骸さんを語るなっ! 俺らはここでいいびょん!」
「あーもう・・・・・・」
取り付く島もない答えに綱吉が項垂れる。ピーカンと晴れていた空がだんだんと雲行きを怪しくし、どろどろと渦を巻き始める。ちなみに廃墟に近い黒曜ランドは屋根の崩れている箇所も多く、不幸にもリボーンたちのいる場所からは空が仰げた。大粒の雨が落ち始める。今日の降水確率は40%だったので、ある意味予想の範囲内ではあるのだが。
「・・・・・・怪我したら困るじゃないですか。ちゃんとマンションに住んでくださいよ」
落ち込んだ呟きと共にどばしゃーっと振り出した滝壺のような雨は、リボーンに直撃し、千種に直撃し、犬に直撃し、凪に直撃し、そして綱吉には直撃しなかった。雨の強さでぺしゃんこになった帽子を取ってリボーンが天を見上げてみれば、綱吉の上だけ青空が覗いている。半径五十センチの大空快晴降水確率0%だ。
犬はともかく、千種は目の前の綱吉だけが濡れていない異常さに気づいたのだろう。リボーンと同じように空を見上げ、半径五十センチの快晴を見つけて、眼鏡の奥の目を瞬いている。そして微妙に沈黙した後、彼は面倒くさそうに呟いた。
「・・・・・・わかった。めんどいけど、マンションに行く」
「柿ピーっ!?」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
痛みすら感じさせる強さで降っていた雨がぱあっと上がり、太陽がさんさんと顔を出す。犬の髪形はぺたりと丸くなっており、凪のスカートも水を吸って太股に張り付いている。綱吉の顔はとても晴れやかだ。
「・・・・・・やっぱめんどうだし、行かない」
どさっと雪が落ちてきた。降ってくるのではなく、大木の幹を蹴ったら葉の上に積もっていた雪がまるごと塊で落ちてきたような、そんな降雪だった。綱吉の半径五十センチは相変わらず快晴であり、足元にも地面を覗かせているが、一メートル離れている千種は首から上しか出ていない。それは犬も同じであり、凪は骸ヘアーの先が辛うじて見えている程度である。リボーンは瞬間的に綱吉の快晴範囲内に入ったため、圧死することは免れた。
しかし、これではっきりした。綱吉の感情を受けて、周囲の自然は変動しているのである。身をもってそれを確かめた千種は、喚く犬を黙らせてマンションに移ることを了解した。豪雨と豪雪で濡れそぼった凪を見て、綱吉が「大丈夫?」と心配そうな声をかけた次の瞬間、柔らかな風が彼女の全身を乾かしていった。



明日の京子とのデートが余程楽しみなのだろう。綱吉が何をするでもなく庭の木は緑の色を増しているし、花壇は満開になって美味しそうな実までつけている。何だこれ有り得ねぇと、いつもの綱吉のようなことをリボーンは思った。果たしてこれはブラッド・オブ・ボンゴレの成せる技なのだろうか。いやだが九代目もXANXUSもこんなことは出来やしない。綱吉だけが自然を操れるのだ。きっとその気になれば両腕をそっと開くだけで、荒れ果てた大地を見事な緑の楽園に変えることだって出来るだろう。まずいな、とリボーンは思った。
ボンゴレファミリーと進む地球の砂漠化を秤にかけ、リボーンはどうしたものかと悩むのだった。





京子ちゃんと付き合ってるので、時間軸は高校時代で。
2007年6月3日(2007年12月9日mixiより再録)