「凪、君の一生を俺に下さい」
へらりと笑ったボスの、沢田綱吉の顔が凪は好きだった。頼りなくて、身長も大きくないから弱弱しく見えるけれども、実際はそうじゃないことを知っている。強い人。優しい人。だから頷きたくて、でも頷けなかった。この身体は自分以外の人が生かしてくれている。彼の気まぐれがいつまで続くか分からない。だから頷けなかった凪に、綱吉は小首を傾げて、じゃあえーっと、と言い直した。
「凪、君の覚悟を俺に下さい」
大事にするよ、と大好きな人は笑った。





Vuoi sposare con me? / 僕と結婚したい?





ある一軒の家の玄関前で、凪は綱吉のスーツの袖を引いた。ん、と振り向く瞳に蒼白な顔色の自分が映っていて、凪は緊張していることに否応なしに気づかされる。
「ボス、やっぱり」
「駄目だよ、凪。こういうことはちゃんとしなくちゃ」
「でも」
「許されなかったら攫っちゃうけど、でも許してもらえた方がいいし。それに凪も心残りが無くなるだろ?」
許されないことなど無いと思うが、それは言えなかった。紙袋を提げている手を持ち上げ、綱吉は目の前のインターホンを押す。ピンポーンというどこか間の抜けた音が響いて、しばらくの後、ノイズと女の声が出た。
『はい』
「あ、突然申し訳ありません。沢田綱吉と申しますが、少々お時間よろしいでしょうか」
『勧誘ならお断りします』
「あ、違います。凪さんのことでお話があるんですけれど」
『・・・・・・凪なら、四年前に家を出たきり帰ってきてませんけど』
「知ってます。俺のところに居てくれましたから」
四年ぶりに聞く母親の声に身体が震える。これは恐怖ではなくて、困惑でもなくて、では何故だろうと思うけれども理由が分からない。ただ無性に泣きたくなってしまって、凪は綱吉の腕にすがりついた。肩に額を押し付ければ、大丈夫だよと言うかのように優しく髪を撫でられる。沈黙しているインターホンに、綱吉はへらりと笑いかけた。
「この度、仕事の都合で海外に渡ることになったので、凪さんを頂くべくご挨拶に伺いました。おそらくもう日本に戻ることはないと思うので、最後に凪さんのお母さんの顔を拝見させて頂きたいんですけど」
声は返ってこない。怖くて怖くて、凪はぎゅっと目を瞑った。愛されてないことは分かっていたし、血の繋がっていない父親には存在を煙たがられていることも分かっていた。同じ家に住んでいても捨てられていたようなものだったし、会話すら交わさない日の方がずっとずっと多かったけど。
「凪は俺にとって、掛け替えのない人です。大事にします。大切にします。そりゃ、これからは命の危険の方が多いと思うし、きついこととか苦しいこととか悲しいこととかいっぱいあると思いますけど、でも俺、頑張ります。凪を大事にします。責任持ちます。死ぬまで凪の手を離さないって約束します。だから、お嬢さんを俺に下さい」
『・・・・・・結婚でもするつもり? それに、凪は内臓が無いのよ? 本当に生きてるかどうかだって』
「生きてますよ。今、俺の隣にいます。可愛いです。昔よりも大きくなって、綺麗です。結婚は・・・・・・そうだなぁ」
くるりと綱吉の振り向く気配がする。凪、と柔らかく声をかけられて、おそるおそる顔を上げると、やっぱりへらりとした笑みがあった。頼りない弱弱しい、大好きな笑み。
「凪、俺と結婚しよっか。もちろん骸とかリボーンとかボンゴレとかの許しが出たらだけど。でも、そうしたら凪が霧の守護者じゃなくなっても一緒に居られるよ? 凪が気にしてることとか、全部気にしなくて良くなる」
「・・・・・・ボ、ス」
「俺、ちゃんと凪のこと好きだし。大切にするよ。大事にする。大好きだよ。愛してるよ」
「ボス」
ぎゅうっとぎゅうっと、今度は胸の辺りが痛くなって、凪はやっぱり綱吉の腕に抱きついた。さっきと同じように額を押し付けるけれど、身体が震えるのは怖いからじゃない。今はちゃんと理由が分かる。これは、嬉しいから。嬉しいから。大好きな人に大好きと言ってもらえて嬉しいから。例えそれが恋じゃなくても、愛されているんだと心が歓喜に濡れている。
左目でぼろぼろと泣き出した凪を片腕で抱き寄せて、綱吉はインターホンを向いた。
「だから、凪を俺に下さい。っていうか、えーっと、もう貰ってっていいですか? 大事にしますから。俺の持てる力すべてで守りますから。だから凪、貰います」
菓子折りの入った紙袋を、綱吉は門扉の取っ手に引っ掛ける。見えないだろうと分かっているだろうに、へらりと笑いかけながら。
「これ、クッキーです。よければ食べて下さい。旦那さんにもよろしくお伝え下さい。凪、何か持っていきたいものとかある?」
ふるふると頭を振った。じゃあこれで、と綱吉は会話を終了させる。インターホンの向こう、声は無いけれどきっといるのだろう。歩き出した綱吉の腕を離さずに、凪は顔を上げた。涙が零れて綱吉のスーツに飛び散る。
「お母さん・・・・・・っ」
息を呑んだ音がした。

「わたし、ボスと行く! 産んでくれて、ありがとう・・・っ!」

ありがとう、ありがとう、ありがとう。いっぱいの気持ちで、凪は綱吉の腕を抱きしめた。この感謝を、この喜びを、忘れないでこの人と共に生きていく。歩き出した後ろでドアの開く音がしたけれど、凪は振り向かなかった。代わりに綱吉が振り向いて、小さく頭を下げたらしかった。ありがとう、お母さん。いってきます。さよなら。さよなら。黒髪を優しい手が撫でてくれる。親指にはまっている大空のリング。
「お母さんの分まで、愛するから」
ネックレスを外されて、一度も通したことの無かった霧のリングをはめられる。左手の、薬指に。
「大事にするよ、凪」
へらりと綱吉が笑ったから、凪も笑った。一生懸命、出来る限りの笑顔で。

「大事にしてねっ・・・ボス!」





というわけで、凪ちゃんは第一夫人の座をゲットしました。
2007年5月27日(2007年9月17日再録)