十代目ドン・ボンゴレこと沢田綱吉は疲れていた。今日でもう五日寝ていない。朝日に目がくらんで部屋中が白く見える現象もすでに三回体験している。もう中学生みたいに若くないんだけどなぁ、なんて考えながら山のように積まれている書類に目を走らせペンを走らせ、会談に出かけてはにこやかに握手を交わし時に笑顔で脅し、本拠に帰ってきては下部組織の報告を聞いて手はずを整え、側近幹部の報告を聞いては褒めたり殴ったり、そうしてあっという間に五日が過ぎてしまった。もちろん綱吉の生活が常に睡眠を屠っているわけではない。今回はたまたま連日して外出する機会が多く、書類整理をする時間が取れなかっただけなのだ。しかし決裁は待ってくれない。株価の変動も人の命も敵ファミリーも待ってくれない。故に綱吉はひたすらに働いていた。もうすぐ六度目の朝が来る。





How to make a Perfect Cup of Tea





「やぁXANXUS、爽やかな朝だね。目覚めはどうだい? 香りの良い紅茶なんてどうかな?」
ドン・ボンゴレの執務室の扉を開けた瞬間、XANXUSは己の身に何か怖ろしい事態が起こるであろうことを直感した。このボンゴレ特有の超直感を得て早三十年近く。そろそろこの能力を放棄したい。どこか遠くへ放り投げたい。むしろ熨斗をつけて誰かに押し付けてやりたいと、最近の彼は思っていた。しかしそう出来るはずもなく、目の前のドン・ボンゴレから逃げることが出来るはずもなく、差し出された紅茶を無言で受け取る。綱吉の前でXANXUSは常に無力だ。
「今日の紅茶はジュンパナ茶園のダージリンなんだよ。この渋みと甘み、深みのある味。うん、最高だね」
「・・・・・・ああ、そうだな」
「セリンボン茶園のオータムナルも好きだけど、今日はミルクティーよりもストレートで飲みたい気分だったんだ。あ、XANXUSはレモン入れる? それとも砂糖? ジャム?」
「・・・・・・いや、」
「気にしなくて良いよ。XANXUSに好き嫌いがないのは知ってるし、どんな紅茶でも飲めることは知ってるから」
はい、と綱吉は笑顔でXANXUSのカップにレモンを投入する。ぼちゃんと音を立てて澄んだ茶色の液体が溢れ、XANXUSの手の甲を濡らした。熱い。熱い。入れたての紅茶なのだから、それなりに熱い。けれど投入されたレモンの方が気になった。どうしてスライスどころか半分にさえ切られていない、丸のままのレモンが投入されるのだ。農薬がついてたらどうしてくれる。間違いなく放置だろうが。
「あぁ、美味しい。いい香りだね、XANXUS」
「・・・・・・あぁ」
正直レモンすぎて香りどころではないのだが、頷いておかないと後が怖すぎる。どうして自分がこんなにも綱吉に逆らえないのか、XANXUSは己の所業を悔やまずにはおれない。十年近く前、ボンゴレリングなんて争ったりしたものだから。その際に綱吉をがんがんに殴りまくり、彼の戦闘能力を引き出してしまったものだから。そして不様にも敗退してしまったものだから。だから今の現状が出来上がっているのだ。
綱吉はにこにこと笑って紅茶の味を尋ねてくる。覚悟を決め、XANXUSはレモンを口にした。頑張って奥歯で咀嚼すると、何とも言えないすっぱさが口内に広がる。もはや紅茶の味どころではない。種が固い。しかし綱吉は二杯目の紅茶をXANXUSのカップへと注ぎ込む。
「そんなに美味しいなら、はい。今度は砂糖でどうぞ」
糖分は頭の巡りにも良いんだよ。そう言って、綱吉は砂糖を投入した。再び紅茶が溢れ返り、XANXUSの手の甲を流れていく。熱い。さっきよりも熱いのは何故だ。そう思ってテーブルを見てみたところ、IHクッキングヒーターで沸かされたばかりの湯気を放っているポットが見えた。どうやら綱吉はお代わりのために、わざわざ紅茶を入れ直してくれたらしい。有難すぎてXANXUSは涙が出そうだった。これは断じて火傷した皮膚が痛いからではない。綱吉の笑顔が恐ろしいからではない。XANXUSは決意を固め、カップを煽る。八割のラインまで山を築いていた砂糖がゆっくりと口内に侵入してきた。しかし苦い。全然甘くない。苦すぎる。
「あ、砂糖とペーキングパウダーを間違えちゃった。ごめんな?」
語尾に星をつけそうな仕草で綱吉が謝る。その所作はすでに二十代半ばだというのに愛らしく、無条件で許してしまいそうな気配すらある。間違いなく家光ではなく奈々の血を感じさせる永遠の若さを視界の隅に収めながら、XANXUSは必死にペーキングパウダーを飲み込んだ。紅茶がほしい。紅茶がほしい。普通の普通の紅茶がほしい。この粉いっぱいの喉をどうにかしたい。XANXUSがそう思っているのが伝わったのか、綱吉は三杯目の紅茶を彼のカップに注ぐ。しかしコンマの隙さえ見せずに、彼はジャムを続けて投入した。その無駄のない動作にXANXUSは日本の「わんこそば」というものを思い出した。何だ、何の拷問だ。限界へのチャレンジか。一体何の!
XANXUSはジャムばかりのカップを傾けた。もはや熱湯の紅茶を浴びすぎた手は感覚がない。それでも必死に飲み干した。レモン、ベーキングパウダー、そしてジャム。ジャムが普通のものだったことに対して喜びを語るべきかもしれない。唇まで薔薇ジャムに濡れさせ、XANXUSはカップを置いた。綱吉も四杯目の紅茶を注ぐ気はないらしく、ポットをテーブルに下ろしている。
「・・・・・・満足、した、か・・・?」
もはや何味かも分からない口を動かして尋ねれば、綱吉はにこっと笑った。造形だけ見れば優しいと言われるに違いない表情で、彼はゆっくりとXANXUSの頬に手を伸ばす。素手で戦うため傷の薄く残っている指先で、XANXUSの頬にある痕を撫で、ゆるりと目を細める様は艶さえ感じさせる。そして手のひらはXANXUSの目元を覆った。
―――指先に力を込めて相手の顔を締め付けるその技を、人は「アイアンクロー」と呼ぶ。
「俺さぁ、まだ仕事が残ってるんだ」
XANXUSの柄にもない悲鳴がクラシックコンサートの前奏に聞こえるのか、綱吉は穏やかな声で告げる。ちなみに細く見えるが彼は紛れもない肉弾戦を得意とする者であり、リボーンに育てられ、数々のバトルを経て、今ではリンゴどころかボーリングのボールさえ素手で握り潰すことが可能だった。人の頭など、もはやたやすい。
「サインは俺の筆跡じゃないと意味ないし、会談もやっぱり俺じゃないと意味ないし、あはは、ボスって本当に辛いよなぁ」
綱吉の腕がぐいっと上に伸ばされ、XANXUSの皮靴が床から離れる。加減がされているのか意識を失うことが出来ず、有難すぎてXANXUSは泣いてしまいたかった。あぁ本当にボンゴレ十代目の座など狙わなければ良かった。そうすればこの沢田綱吉なんて人間と出会わなくても済んだだろうに。
しかしもはやすべてが遅い。XANXUSは綱吉と出会い、彼に喧嘩をふっかけてしまった。人生やり直したいと思っているのは果たしてXANXUSか、それとも綱吉か。グローブが光り、種類の違う炎が二つ、彼らそれぞれの額に現れる。

「というわけで、おまえの炎を貰うよ。大丈夫、死なない程度に残しといてあげるから」

俺って親切。ありがとう、XANXUS。優しい親戚を持って俺は幸せだよ。死ぬ気の零地点突破・改で体力どころか意識さえ持っていかれる中、XANXUSは心底問いたかった。俺の生体エネルギーの99.999%を奪っていくくらいなら、何であんな紅茶責めなんかしやがったんだ。あれに意味はあったのか。そんな思考を超直感で悟ったのか、綱吉はにこやかに笑う。
「そんなのストレス発散の嫌がらせに決まってるじゃん」
爽やかな声が、XANXUSの最後の意識を砕いた。ボンゴレなんてボンゴレなんてとうなされながら、その日XANXUSはベッドにて過ごす羽目となったのだった。





あーすっきりー! あれ? リボーン、何でそんな微妙な顔してんのさ。
2007年1月29日(2007年5月19日再録)