猫パンチは七色の予感
その日のドン・ボンゴレの執務室は猫屋敷―――否、猫部屋になっていた。扉を開けたXANXUSは、その瞬間に後悔した。けれど彼はこの年下の遠縁の親戚に逆らうことが出来ない。それは世間体で言うところの地位であったり、過去の敗戦だったりが原因なのだろうけれど、最も大きな理由は性格的な上下認識だ。つまりヒヨコの刷り込み同然、何故かXANXUSは綱吉に頭が上がらない。脅したり威圧することは出来ても、結果的に綱吉の意見をすべて通すことになってしまうのだ。剣士である部下はメロメロなどと呟きやがり、王族の末裔とやらはマザコンなどと笑いやがった。なのでXANXUSは彼らに手痛いお仕置きを下してやった。ふざけんな、なんて思いながら。
とにかくXANXUSは綱吉に逆らうことが出来ない。そしてメロメロかマザコンかどっちが所以なのか知らないが、彼を無視することも出来ない。とすれば、残されたのは問うという選択肢だけだ。
「・・・・・・何だ、これは」
「あーXANXUS、いらっしゃーい」
ソファーの上で猫屋敷の主が手を振る。彼の膝に載っているのは、どこか複雑な色合いをしているトラ猫だ。三角に尖っている耳が少し破けているけれども、外見から予想するよりもおとなしいらしく、綱吉のスーツの膝でくるりと丸くなっている。
「可愛いだろ?」
「どこが」
「そっか、XANXUSは犬派だっけ。そうだよなぁ、レヴィとかスクアーロは犬だもんな」
「だったらテメーの側近だって犬だろ」
「うん、そうかも。少なくとも獄寺君は犬決定」
トラ猫の両足をてろーんと持ち上げ、綱吉は「ねー?」と猫と目を合わせて首を傾げる。トラ猫が何故か少し返答に困っているようにXANXUSには見えた。注意して見れば、トラ猫の目はピンク色をしている。自然ならばあり得ない配色に、XANXUSはキメラか、と簡単に結論づけた。人間の傲慢によって改造されていくペットは後を絶たない。けれどそういった輩を嫌悪する綱吉にしては珍しい、と心中で疑問に思う。
「それで、この猫は何だ」
「可愛いだろ?」
「どこが」
「見る目ないなぁ。じゃあXANXUSが可愛いって思うペットって何?」
「い」
「いないって返答は却下ね」
「・・・・・・ライオンとか」
「猫もライオンも同じネコ科なのに」
「なら、象」
「何それ。おかしいなー?」
膝の上のトラ猫ではなく、傍らの三毛猫を抱き上げて綱吉は話し掛ける。やはり三毛猫も答えに窮しているようにXANXUSには見えた。三毛猫はトラ猫よりも一回り小さいらしく、綱吉はさんざん抱きしめたり鼻先に自身の鼻を押し当てたりした後、その猫を自分の頭の上へと載せた。猫ハットの完成だ。紫色瞳をしている三毛猫は、必死にバランスを取っている。
他にもドン・ボンゴレの執務室であるはずのそこには、背の高い棚の上に黒猫が、そしてデスクの上に茶猫が鎮座していた。黒猫の方は明らかに周囲に対して殺意にも近い警戒をまき散らしており、それはXANXUSの感覚にもちくちくと働きかけてくる。毛はどうやらつやつやしているらしく、長く細い尻尾が優美かつ剣呑に揺れ、目は黄色に近い黄金だった。片や綱吉がいつも執務を行っているデスクの真上を陣取っている茶猫は、色素の薄い綺麗な毛色をしている。足先と腹は白く、尻尾は少し太い。深い青の目はギラギラと輝いている。
XANXUSは何となく嫌な予感を覚えた。けれど綱吉はトラ猫と三毛猫を撫でながら、心底楽しそうに「にゃーにゃーにゃーにゃー」繰り返している。だんだんと強くなっていく警鐘に、XANXUSはさっさと用を済ませるべきだと判断した。
「おい」
「にゃー?」
「俺たちヴァリアーはこれから任務に出る」
「にゃー」
「だが、マーモンがいねぇ」
「にゃー?」
「今朝、テメーに呼ばれてるって言ってたが」
「にゃー」
「ここには来たのか?」
「にゃー」
「どこに行った?」
「にゃー?」
「・・・・・・」
「にゃー」
「・・・・・・」
「にゃー」
「・・・・・・」
「にゃー」
「・・・・・・ニャ、ニャア」
「にゃー!」
低く、戸惑い、何で俺がとXANXUSは思ったが、やはりメロメロでありマザコンであるのかもしれない。一人後悔している彼を残し、綱吉はご機嫌な様子で頭上の三毛猫を下ろし、立ち上がる。主の気配に膝の上のトラ猫がささっと退いた。自然な動作でデスクに歩み寄り、載っている茶猫を一撫でしてキスを落としてから、綱吉はその下を除き込む。次に立ち上がったとき、彼は手に白く長い毛を持つ猫を抱いていた。瞳は綺麗な藍色をしている。にこにこ笑顔の綱吉に、XANXUSの超直感はこの日のMAXを記録した。しかし逃げられない彼は、もはや綱吉の精神的下僕に近い。
「はい、マーモン」
差し出された白猫に一体どうすれば良かったのか。無言で見つめ合うXANXUSと白猫を、他の猫たちがそれぞれじっと見つめる。
アルコバレーノと呼ばれる彼らのおしゃぶりと同じ色の瞳を持つ猫たちを撫で、綱吉は楽しそうにアニマルセラピーを満喫していた。
トラ=ラル、三毛=スカル、黒=リボーン、茶=コロネロですにゃー。
2006年11月23日(2007年1月10日再録)