「あの、山本君・・・っ! ちょっと、いいかな・・・?」
帰りのHRが終わり、今日は部活もないから早く帰ろうと教室を出た途端、女子生徒に声をかけられた。振り向いてみれば、見たことある気はするけれど、名前は知らない。おそらく同学年の女子がいて、山本は目を瞬く。耳まで赤く染めて許可を待っている彼女に、共に帰ろうとしていた綱吉の方が焦った。わたわたと大きくない手をひらめかせ、早口で山本に告げる。
「あ、じゃ、じゃあ、俺と獄寺君は先に帰るね! 山本、また明日!」
「ツナ?」
問いかけるけれど綱吉はがしっと獄寺の腕を掴んで、山本と少女の横をすり抜けていく。ちっという舌打ちの音と睨むようなまなざしが獄寺から向けられた。すでにこういった場面は何度も経験しているけれど、その度に綱吉は同じ言葉を告げて、慌ただしく去っていく。見えなくなる小さな背中に、山本はいつも思う。気にしなくていいのに、と。待っててくれりゃいいのに、と。
「あの・・・山本君?」
「あぁ、悪ぃ。じゃあ場所変えるか?」
女生徒に笑い返しながら山本は思う。すぐ終わるんだから、ツナも待っててくれりゃいいのにな、と。
プレイボールのサイレンは鳴った
山本は自分のことを、いい男だとは思っていない。確かに告白は何度もされているし、バレンタインのチョコレートはそれなりの数をもらっている。けれどそれは人気がある=女子にもてるというだけで、何の意味もないと思っているのだ。正直勉強では獄寺に到底敵わないし、顔だって雲雀と比べれば見劣りするだろう。自慢できるのは運動神経くらいだけれど、それだって死ぬ気の綱吉には及ばない。自分よりいい男は世の中に山ほどいる。だから女子に好かれるのは嬉しいけれど、何の感慨も抱けない。それよりも大切なことがあると、すでに知ってしまっているからだ。
「山本君・・・・・・好きです! 私と付き合って下さい!」
人気のない特別校舎の突き当たりで、女生徒は顔を真っ赤にしてそう言った。相手は違えど、台詞は毎回ほとんど変わらない。そして山本の答えもまったく同じものなのだ。
「ごめん。俺、今は誰とも付き合う気ねーんだ」
「・・・・・・どうして? 野球があるから?」
「いや、確かにそれもあるけど、恋愛とかそんなのよりも大切な奴がいるからさ」
女生徒の顔がさっと色をなくす。震え始めた唇に悪いとは思うけれど、山本は言葉を止めない。
「例えば甲子園行きがかかった県大の決勝戦、九回裏ツーアウトで、俺たちのチームが一点差で負けてるとするだろ? ランナーは二・三塁。一打逆転のこのチャンスで、俺に打順が回ってくる」
場面を想像するだけで胸の奥がドキドキしてくる。これは緊張ではなく興奮だ。それだけ自分は野球が好きなのだと、山本は知っている。だけどそれ以上の存在が自分にあることを知っている。
「俺の次のバッターは緊張でガチガチ、三振することは目に見えている。だから勝つには俺が打つしかない。そんな状況になるとするじゃん? でもそんなときでも俺はあいつが呼ぶなら、バットを放り投げて、ヘルメットを脱いで駆けつけるよ。チームが負けたって、甲子園に行けなくたっていい。あいつが呼ぶなら、呼ばなくても俺が要るなら、どんなときだってどこだって駆けつける。それだけの奴が俺にはいる」
目を閉じなくても姿が浮かぶ。一番の思い出はいつだって空中だ。あの細い腕に抱きしめられて空を飛んだ。あの瞬間、人生は決まったのだ。
プレイボールのサイレンは鳴った。これはまさに運命だ。
「悪いけどあんたが九回裏に俺を呼んでても、駆けつけるどころか気づいてもやれないと思う。だからごめんな? 俺は誰とも付き合わない」
山本は笑った。爽やかな、彼の魅力とも言える、女子の騒ぐ快活な顔で。
「俺の一番は、もう埋まってるんだよ」
女生徒がうつむく。その拍子にきらりと涙が頬を流れた。悪いな、と山本は思うけれど、それだけだ。すでに思考は帰り道へと向かっている。校舎内は風紀委員に見つかると面倒だから速足で、昇降口を出たらダッシュで走ろう。そうすればいつものんびり歩いている彼に追いつけるかもしれない。その後は獄寺と共にお宅にお邪魔して、明日提出の課題を一緒にやって、子供たちも入れて夜まで遊ぼう。想像するだけで胸の奥がワクワクしてくる。これ以上のものはないと、山本は知っている。
「じゃあ俺、行くわ」
女生徒の横を通り抜け、山本は歩く足を速めた。この足も学校を出る頃には、ホームスチールを仕掛けるときよりも速くなっているに違いない。山本はそれを知っている。あの日あの時あの瞬間、屋上から足を踏み外したときに、運命はすべて決まったのだ。
プレイボールのサイレンは鳴った。この試合だけは絶対に負けないと、山本は自分のすべてに懸けて誓っているのだ。
久堂における山本&ツナの基本はこんな感じです。
2006年11月16日(2006年12月18日再録)