目が覚めたら、飛行機の中だった。しかもファーストクラス。完全に横になるシートの上に、まな板の鯉のように転がされている。
「鯉じゃなくてマグロだろ。ツナだからな」
「あーそっか、上手いこと言うじゃん、リボーン―――っじゃなくてなぁ! 何だよ、これ! 何で俺飛行機なんか乗っちゃってんの!? つーか何で俺、縛られてんの!?」
「うるせぇ。黙れ」
ぼかっと丸めた新聞で殴られる。綱吉は反射的にそこを抑えたかったけれども、それも出来ない。両手首は背中で縛られているし、足首も同様。出来ることといえばどうにか寝返りを打つことと、小さい身体を柔らかなシートに収め、優雅にエスプレッソなんか飲んでいる家庭教師に文句を言うことくらいだ。
「どうなってんだよ! リボーン、説明しろ!」
「俺に命令すんな。殺すぞ」
「せせせ説明して下さい!」
「っち! ダメツナが」
舌打ちして悪態をつくけれども、リボーンが常よりも上機嫌な様子に綱吉は気がついた。無表情が基本の彼だが、共に暮らしてきた時間のせいで、だいたいの感情は読み取れるようになってきている。しかしここまでご機嫌なのは愛銃の手入れをしているとき以外では滅多に見られない。珍しいと思いながら綱吉はリボーンの幼い横顔を眺める。
「九代目から呼び出しがあった」
「九代目から?」
「急ぎの仕事らしくてな。俺だけ行ってもいいが、その間に何かあると面倒だから、おまえも連れてくことにした」
「何勝手に決めてんだよ! 第一俺、学校が!」
「雲雀に言っといたから心配すんな」
「担任じゃなくて雲雀さんかよ!」
「うるせーな。俺は寝る。起こしたら殺すぞ」
ちゃきっと銃で綱吉を脅してから、リボーンはさっさとリクライニングを倒してお休み体勢に入る。それに気づいた客室乗務員の女性が近寄ってきて、丁寧なしぐさで毛布をかけた。
「可愛らしい弟さんですね」
そう言いながら向けられた微笑みに、綱吉はとても問いたかった。カワイイ弟とやらは兄をぐるぐる巻きにして飛行機に放り込んだりするもんなんですか、と。





毀れゆく日々にさよならのキスを





結局イタリアに着くまで、イタリアに着いても、綱吉の拘束は解かれなかった。何度訴えてみてもリボーンは取り合わず、鼻歌を奏でながら、まるでペットの散歩をする子供のように綱吉をロープで引きずっていく。道ゆく人々に奇異な目で見られる中、綱吉はいっそ気を失いたかった。初の海外上陸がまさかこんな形になるなんて。黒塗の車に放り込まれ、皮の座席に転がされる。薄いグレーで遮断されている窓から見える街並みは、日本とはまったく違っていた。
そして到着したのは城としか言えない建物だった。唖然としている綱吉をやはりペットよろしくロープで引っ張り、玄関ホールに放り投げるとリボーンは笑みを浮かべて言い放つ。
「じゃあな、ツナ。俺は九代目に会ってくる。ここでおとなしくしてろよ」
「え!? ちょ、ちょっと待て、リボーンっ!」
「せいぜいイタリアを楽しんどけ」
ロープの端をそこらへんの支柱に結び、リボーンは案内の男についてホールの奥の廊下へと消えていく。その時になってようやく、綱吉は今自分がどこにいるのか気がついた。
つまりこの壮大な城で、きらびやかなシャンデリアや置物やソファーのある玄関ホールは、イタリアマフィア・ボンゴレファミリーの総本部なのだ。
ってことは俺をじろじろ見て来てる周囲の人たちってみんなマフィア!? 今更ながらに綱吉は顔を蒼白に変えたけれども、時すでに遅し。
「せめてこの紐を解いてけーっ!」
日本語を理解してくれる人すらいない。そう、ここは日本ではなくイタリアなのだ。

頬を撫でるふかふかの絨毯。見上げれば石像。その向こうには年来物らしいシャンデリア。高すぎる天井は遠く、描かれている壁画は何をモチーフにしているのか分からない。周囲でひそやかに交わされている言葉はちんぷんかんぷん。今いる国からしてイタリア語なのだろうけれど、英語も赤点な綱吉にとっては分からないという点で変わりない。ちらちら向けられてくる視線だけが雄弁で、身を縮込ませて少しでも表面積を小さくしてみるが無駄な努力だ。訳もなく泣きたくなってくる。
ここがボンゴレファミリーで、百歩譲って将来自分がドンになるのだとしても、今の綱吉にとっては異国でしかない。自分を無理やりここに連れてきた家庭教師に怒りが沸いてくる。あの上機嫌な横顔にも、この毛並みのよい絨毯にも、見てるだけで近づいてロープすら切ってくれない外国人たちにも。悔しくて理由も分からず悲しくなって、綱吉はぎりと奥歯をかみしめる。そんな視界に、にゅっと顔が現れた。綱吉が床に横たわっているせいで90度回転しているそれは、にぃっと歯を見せて笑う。
「なーんだ、やっぱりツナヨシじゃん。久しぶりー」
「・・・・・・ベ、ル・・・?」
ティアラがシャンデリアと重なってよく見えない。けれどそんな彼の向こうに、派手なモヒカンと機械仕掛けの巨体が割り込んでくる。レーザーを発する手のひらに乗っている子供は、最後に見たときよりも一回り大きくなっていた。
「やだ、ツナちゃんじゃない! きゃーっ久しぶりね! どうしたの? イタリア観光?」
「相変わらずだね、その貧相な身体。何泣きそうな顔してるのさ。リボーンも来てるんだろ? 生徒を置いてどこ行ってるの、あのダメ教師」
「ルッスーリア・・・・・・マーモン・・・」
「うお゛ぉい、このロープは切ってもいいのか?」
背後の声に切って、と叫ぶよりも早く拘束している紐が緩む。手首も足首も自由になり、大きな骨ばった手が上半身を起こしてくれる。視界の隅を長い銀髪がかすめて、綱吉はつられるように顔を上げた。七つの顔が、それぞれに自分を見下ろしている。不機嫌そうなのも中にはあるけれど、無視も距離も感じない彼らの雰囲気に、綱吉は泣きそうに顔を歪めた。敏い彼らがそれを見逃すはずがない。怪訝そうに眉を顰めるが、綱吉はへらりと笑った。
「何情けねぇツラしてやがる」
「XANXUS・・・・・・」
「立て」
前に会ったときは畏怖の象徴でしかなかったのに、今はそんな感情を微塵も覚えない。むしろその仏頂面に安堵すら感じ、綱吉は重ねて笑う。そんな彼の首根っこをつかみ、レヴィが引きずり立たせた。久しぶりの大地は何だか居心地が悪い。ふらりとよろめいた身体を、横からスクアーロが押し返してくれる。
「背筋を伸ばせ」
ベルフェゴールにばしっと背中を叩かれる。前につんのめると、今度はルッスーリアが支えてくれた。
「胸を張れ。顎を引け」
ゴーラが肩を抑え、マーモンが頭を押すことで顎を引かせる。自然、よい姿勢になった綱吉を見下ろし、XANXUSは喋り続ける。
「俺たちは九代目のジジイでもアルコバレーノでもねぇ、テメェに膝を折ったんだ。証がほしけりゃいくらでもくれてやる。てめぇはその上で胡座でも掻いていろ」
ぱちりと目を瞬いた綱吉は気づいていないが、先ほどまで彼について囁きを交わしていた周囲のファミリーたちは、突然出てきたヴァリアーと、そんな彼らと親しい綱吉の様子に困惑と驚愕を露わにしていた。九代目にすら素直に従うことを良しとしないヴァリアーが、一人の少年を見下ろしてはいるが見下してはいない。それどころか正面から顔を合わせることを許している様は、ある種異常な光景だった。
XANXUSはちらりと一度だけホールの奥へ続く廊下に視線をやり、再度綱吉へとまなざしを戻す。この場にいる誰もに聞こえるような響きの声で、はっきりと告げる。

「俺たちヴァリアーが従うのは、沢田綱吉に対してだけだ。てめぇが拒むものは俺たちが全部潰してやる。それがボンゴレだろうと―――誰であろうとな」

XANXUSの大きな手が綱吉の細い肩を掴む。見開かれた目を見つめ返した。これは宣戦布告だ。奥へ続く廊下の中、影に紛れるように立っている漆黒のヒットマンに向けて。こいつをてめぇの好きにはさせねぇ。そんな思いを込めて、XANXUSはにやりと唇を吊り上げた。ざわりと気配の揺れる感覚が伝わる。
九代目の隣に立っているおまえに、俺たちのドン・ボンゴレは渡さない。ヴァリアーの鋭い牙が、緩く凶暴性を剥き出しにした。





九代目のものリボーンと、綱吉のものヴァリアー。久堂のリボツナ観は結構厳しいものなのかもしれません・・・。
2006年11月12日(2006年11月30日再録)