Trick or treat!
10月31日、厳かなるドン・ボンゴレの屋敷―――城とも呼べるファミリー総本部は、初冬の気候よりも冷ややかな空気に満ちていた。
深い紅のビロードが埋め尽くす玄関ホールで、今二人の少年が対峙している。黒のスーツを隙なく着こなしている姿をボンゴレで知らぬ者はいない。十代目ドン・ボンゴレの家庭教師であり、ボンゴレ専属のヒットマンであるリボーンだ。そんな彼と向かい合っているのは、レイダージャケットの上下に身を包み、フルフェイスヘルメットで僅かたりとも露出していない少年。こちらもイタリアマフィアでは名の知れている軍師、スカルだ。二人とも世界に七人しかいないアルコバレーノであり、御年11歳になるお子様だった。
つい、と帽子をつばを上げ、リボーンはスカルを見据える。
「ボンゴレに何の用だ? ここはおまえみてぇなパシリの来ていいところじゃねぇ。さっさと出てけ」
うわぁ、と声を漏らしたのはアルコバレーノ二名の姿を一目拝もうと集まってきていたファミリーたちだ。冷ややかな空気にも彼らは動じない。さすがはボンゴレ総本部で活動するだけのことはある。
リボーンの台詞に、幼い頃ならきっと全力で反発しただろう。けれどスカルは順調に成長しているらしい。落ち着いた仕草で肩をすくめ、言葉を返す。
「リボーン先輩に言われても帰れませんね。俺を今日ここに呼んだのは、先輩じゃなくドン・ボンゴレですから」
「・・・・・・何だと?」
「ドン・ボンゴレが俺をご指名なんです。一体何の用なんでしょう。先輩じゃなく、わざわざ俺を呼ぶなんて」
ヘルメットで顔は見えないけれど、きっとご満悦の表情を浮かべているのだろう。見事な余裕すら感じさせるスカルに、リボーンは眉根を顰める。騒ぎを聞きつけて見物に来たらしい雲雀が、面白そうに笑みを浮かべた。
「・・・・・・ツナにはテメーは怖じ気づいて逃げたって言っておいてやるよ。死にたくなきゃ今すぐ消えろ」
「相変わらず短気ですね、リボーン先輩は。ボンゴレが気の毒ですよ」
「よっぽど死にたいらしいな」
リボーンの手がスーツの懐、愛銃へと伸びる。ファミリーたちはざわりと動揺したけれど、雲雀やいつの間に来ていたのか骸や山本ら幹部が楽しそうに眺めているので、動こうにも動けない。
一触即発の空気が漂う中、まるでそれらを吹き飛ばすようにおおらかな気配が現れる。放たれた明るい声は、すべてを塗り替える力を持っていた。
「いらっしゃい、スカル! よく来てくれたね」
中央の幅広い階段を、一人の青年が降りてくる。ファミリーを統括するボンゴレ十代目に、その場にいた面々はざっと一様に頭を下げた。まだティーンエイジャーに見える容姿を持つドン―――綱吉は、足早に二人の少年の元へとたどり着く。にこりと、やはりヘルメットで分からないけれども、スカルが微笑んだ気配がした。
「こんにちは、ドン・ボンゴレ。今日はお招き下さりありがとうございます」
礼儀正しい挨拶に、綱吉も微笑み返す。
「こっちこそ来てくれてありがとう。今日は仕事は?」
「休みです。ドン・ボンゴレのお誘いですから」
「あはは、スカルは口が上手いなぁ」
穏やかに笑いあっているが、交わされている内容はお世辞半分、本音半分といったところだろう。特にスカルはリボーンに見せつけるために親しくしているのであり、それは実に結果に繋がっていた。
「・・・・・・ツナ」
「何、リボーン?」
11歳にしては低い声音に綱吉は振り返る。手はすでに懐から離れていたけれど、睨み上げてくる視線の強さは変わらない。恐ろしい殺気にも笑みを返す綱吉を、ファミリーたちは「さすがドン!」と内心で賛美していた。
「テメー、パシリなんかにボンゴレの敷地を踏ませんじゃねぇよ」
「リボーン、スカルのことをパシリって呼ぶのは止めろって何度も言ってるだろ? おまえとコロネロは昔っから事あるごとにスカルをいじめては楽しんで。まったく、どこで教育を間違ったんだか・・・。ごめんね、スカル」
「いえ、気にしないで下さい、ドン・ボンゴレ」
「俺の方が教育について問いてーな。ツナ、テメーはいつから俺の教えに逆らうようになった?」
「別に逆らってなんかないよ。ただ今回はスカルが一番だろうなぁって思ってさ」
綱吉の言葉にリボーンは顔を顰める。守護者たちも首を傾げ、ファミリーたちもクエスチョンマークを頭上に飛ばす。こてん、と横に揺れたヘルメットに、綱吉は満面の笑みで両手を広げた。
「今日は10月31日。ハッピーハロウィン!」
すぽんっ
ぱこんっ
楽しそうな声と奇妙な擬音がした次の瞬間、スカルの目印とも言えるフルフェイスヘルメットは彼の頭から消えていた。代わりに被せられている、オレンジ色の、ごつごつとしたものは。
「ジャック・オ・ランタン・・・・・・!」
おおおお、という歓声が玄関ホールに響く。ちなみにヘルメットは綱吉の手の中。一瞬にて行われた移し替えは見事すぎて、誰もスカルの素顔を見ることは出来なかった。
「あぁ、やっぱり似合うなぁ。絶対にスカルだと思ったんだ」
綱吉は満足そうに手を叩くが、当のスカルも目の前でカボチャに変えられたリボーンも、茫然としてしまい声が出ない。
「これ、俺が作ったんだよ。シェフに教わりながら中身くりぬいて、顔作ってさ。結構面白くて夢中になっちゃった。あ、ちゃんと防腐処理は施してあるから気にしなくていいよ」
そういう問題じゃないだろうと思った守護者がいないところに、ボンゴレ幹部の個性があるのかもしれない。綱吉だけご機嫌に時が過ぎている中、玄関ホールに新たな集団が現れる。多すぎる人だまりに顔を歪めたヴァリアーのボスに、綱吉は手を振った。
「お帰り、XANXUS。ちょうど良かった」
「・・・・・・マーモンか」
「うん、当たり」
視線のやりとりだけで意思が伝わるから、超直感とは便利である。XANXUSに指名され、マーモンは不審に思いながらも綱吉の方へと歩み寄る。
このとき、彼が少しでもレイダージャケットのジャック・オ・ランタンについて何か問うていれば、その後の結末は変わったのかもしれない。けれど、それよりも綱吉の方が早かった。
「マーモン、ハッピーハロウィン!」
左手でフードを払ったかと思うと、右手でカボチャを被せる。やはりその動作は見事なもので、マーモンの素顔も誰一人見ることは出来なかった。
出来上がったジャック・オ・ランタン二人の手を握りしめ、綱吉は階段を上がり始める。
「ラルはもう俺の執務室で待ってるから、早く行こう。ハロウィンパーティーを始めなきゃ!」
鼻歌を歌っている綱吉に、ようやく我に返ったリボーンが叫ぶ。
「・・・・・・っちょ、待て、ツナ!」
「何、リボーン? 言っとくけど、リボーンのカボチャはないよ。どうせ被ってくれないだろうし、それに隠すところもないじゃん」
なるほど、そういう選考基準なのか。皆が納得している中でベルフェゴールが嬉々として手を挙げた。
「俺はー? 俺も目ぇ隠してるからカボチャちょうだいよ」
「あ、ベルもそういやそうだっけ。これから作るから30分くらいかかるけどいい?」
「もちろん! 俺もハロウィンパーティー仲間入りー!」
ぴょんぴょんっと軽い足取りでベルフェゴールは綱吉の元へと駆けよって行く。その際にちらりと周囲へ向けられたのは、「うらやましいだろ?」という自慢の笑みだ。ファミリーたちは素直に頷くけれども、かちんと来たのは守護者であって、かちんと来るからこそ守護者であって。
「十代目! 俺も今日から顔隠します! だから十代目お手製のカボチャを俺にも・・・っ!」
「ツナ、俺も菓子とか持ってくから、パーティーに入れてくんね?」
「俺もカボチャをくりぬくぞ! 極限にハロウィンだ!」
「手先なら僕の方が器用だよ。君、家庭科も美術も散々だったじゃないか」
「綱吉君、イタズラなら僕に任せて下さい!」
我先にと前に出てくる幹部たちに、綱吉は階段の踊場で振り返る。それはもう見惚れるくらい、王様然とした姿だった。
「じゃあ全員、仮装してお菓子持参で俺の部屋集合ね。ちなみに俺は今日はいつでもお菓子を持ってるから、幹部じゃないみんなも気軽に声をかけてくれていいよ」
わぁっと湧いた玄関ホールに、ドン・ボンゴレは高らかに叫ぶ。
「Trick or treat! Happy Halloween!」
その日一日、ファミリーに菓子を配り歩く綱吉の傍らには、常にジャック・オ・ランタンが三人寄り添っていたらしい。
三人のカボチャはラル・スカル・マーモンです。ベルは大人組に自慢してくるくる踊ってます。
2006年11月1日(2006年11月20日再録)