家訓五、ごめんなさいはちゃんと言うべし
夕焼け小焼けのメロディーが鳴り響く公園で、綱吉は小さな赤ん坊を前にお説教をしていた。
「ベルフェゴール! 何回も言っただろ!? 他の子がブランコ乗ってるのに無理やりどかしちゃダメだって!」
「だって俺、王子だもん」
「王子とか関係ない! っていうか王子だからこそ他の子のことも考えてやらなきゃダメだろ! 自分がやられたらどんな気持ちになるのかよく考えろよ!」
「やーだよ。何で俺がそんなこと考えなくちゃいけないわけ?」
だって俺、王子だもん。歯を見せながら二度目のお決まりの台詞を述べたベルフェゴールは、正面に立つ綱吉を見上げてはっとした。怒ったような悔しそうな、悲しそうな色を湛えた瞳がじっと自分を見つめてくる。夕日で赤く染まった綱吉は、唇をかみ締めてベルフェゴールに背を向けた。
「・・・・・・じゃあおまえは、うちの子じゃない。イタリアでもどこでも勝手に行けば?」
オレンジ色のワイシャツがどんどんと遠ざかっていく。長い影が公園から消えて、その場にはベルフェゴールだけが残された。カラスが鳴いて、夕暮れを告げて、東の空から夜がやってくる。ぽつんとベルフェゴールだけが、ひとりだった。
ネオンの輝く街は、昼間とは違った活気がある。多くの人が行きかう通りを、ベルフェゴールも紛れて歩いた。踏み出す一歩は小さなもので、歩いても歩いても縮まらない距離に舌打ちをする。
「・・・・・・別に、好きであんな家にいたわけじゃねーし」
ぽつりと呟く言葉にいつもの余裕がないことに、ベルフェゴール本人は気づいているのかいないのか。聞こえてくる他人の笑い声がやけに耳につく。
「ボスがいたし、日本じゃ家もねーし、それに今はこんな格好だし」
頭上のティアラがきらりと光る。ネオンを浴びて七色に見えるそれは、言わずと知れた自信の証。
「大体あんな家、狭いし、うるさいし、ガキばっかで騒々しいったらねーし」
でも、とベルフェゴールの足が止まる。
初めて、誰かと一緒に寝た。ヴァリアーは同僚とはいえ、一緒の部屋に寝るのは実は初めてのことだった。
初めて、温かな料理を食べた気がした。笑顔と共に出されるからか、誰かと一緒に食べるからか、何故かとても美味しかった。
着せられる服はお古で、テレビのチャンネル争いはかなり熾烈で、お気に入りのヒットマン狩りも出来ないけれど。
でも、そんなことを考える隙間もなかった。
それほどまでに優しい空間だったのだ。
あの家は―――沢田綱吉の、傍は。
夕日は当に沈みきり、月も空の真ん中を過ぎて、廃棄音を立てる車さえいない。どうしようもなくて、どうしようもなくなってしまって、ただ、ただ、すごく悲しくなってしまって。小さな足で何時間もかかって辿り着いた玄関の前にその姿を見つけたとき、ベルフェゴールは堪えていた涙を溢れさせてしまった。もどかしく駆け出して、大きく広げられた腕の中に飛び込む。
「・・・・・・おかえり、ベル」
抱きしめてくれる腕は優しい。
その夜生まれて初めて、ベルフェゴールは「ごめんなさい」という言葉を口にした。
怒られることが嬉しいお育ち。
2006年6月28日