出会えたことが奇跡。
ランキング星に聞かなくても分かるよ。僕の人生で一番の僥倖。
そう、僕は幸せ者だ。
今なら生まれてきて良かったと、心から思うよ。
大空スタァダスト
チャイムが鳴って授業が終わりると、すぐに掃除が始まる。教科書をすべてしまって、椅子を逆さまにして机に載せる。ざわざわと煩くなり始めた教室で、同じ掃除場所のクラスメイトが声をかけてきた。
「フゥ太、行こうぜー」
「うん」
携帯をポケットに突っ込んで教室を出る。箒やモップを持った生徒たちで溢れる廊下をすり抜けて、のんびりと下駄箱に向かって歩いていく。
すれ違う際に風紀委員の後輩に挨拶されて、フゥ太は笑って手を振った。
「もう秋も終わりだなー」
「そうだね。寒くなってきたし、早く掃除当番が変わればいいのに」
「中庭って厳しいよなぁ。雨が降れば教室掃除になって楽だけどさ」
「そろそろ葉も落ちきるよ」
「嫌なときに当たったよなぁ」
ぶちぶちと文句を言いながらスニーカーに履き替える。昇降口から出れば、冬の訪れを告げる木枯らしを感じる。竹箒をもって担当場所に向かうと、すでに同じ班の女子たちが来ていた。
「遅いよ、沢田君、橘君」
「ごめんね」
「悪い悪い」
「まぁいいけど。二人はあっちお願いね」
指差された駐車場には、大きなイチョウの木が一本。コンクリートを埋め尽くす黄色はきれいだけど、今だけは素直に喜べず、フゥ太はクラスメイトと肩を竦めた。
今から九年前、フゥ太は初めて日本の地を踏んだ。
マフィアに追われていた最中、日本にボンゴレ・ファミリーの次期当主となる人物がいるのだと聞いたのだ。
ボンゴレといえばイタリア・マフィアの中でも最強を誇る。そのドンはゴッド・ファーザーとも言われる影響力の持ち主。
その人物に取り入っておけば、少しは追っ手も減るかもしれない。そんな気持ちでフゥ太は日本に降り立った。
けれどその考えは、次期ドン・ボンゴレ―――沢田綱吉によって打ち砕かれた。
彼はフゥ太のランキングを覆した。フゥ太のすべてとも言えるランキング能力を彼は身をもって否定し、けれどフゥ太の存在を受け入れてくれたのだ。
初めて「ランキング・フゥ太」ではなく、ただの「フゥ太」として認められた。
それが、九年前。
「そういやさぁ、フゥ太って大学どこ志望?」
掃いても掃いても落ちてくるイチョウに、もはや掃除は諦めた。適当にちりとりに突っ込んで、今はすでに喋る時間に変わっている。
「僕? 僕は大学は行かないよ」
「うえっ!? マジかよ! おまえ頭いいのに勿体無いなー」
クラスメイトの言い分にフゥ太は思わず苦笑する。この並盛高校は、県内でも比較的レベルの高い進学校だ。大学への進学率も高く、難関国立大へも毎年二・三人の生徒を輩出している。
そんな中で、学年トップクラスにいるフゥ太が受験しないことが不思議なのだろう。「へー」だの「そっかー」だのを繰り返しているクラスメイトに、フゥ太も肩を竦めた。
「ってことは就職か? それとも留学?」
「うーん・・・・・・僕としては就職したいんだけどね。でも許してもらえるかなぁ」
「何で? 親に反対されてんの?」
「ううん、そうじゃないんだけど・・・・・・」
言葉を濁したフゥ太に、クラスメイトもそれ以上は聞かなかった。ただ彼はもう一度「もったいねーなー」とだけ呟いた。
過ごす日々は温かなものだった。初めて構われる嬉しさを知った。共に風呂に入り、一緒に100を数えて、濡れた髪をタオルで優しく拭いてもらった。
共に食卓を囲み、テレビを見た。何度もゲームで対戦し、夜は同じベッドで一緒に眠った。
騒動ばかりで毎日はさわがしく、時には恐ろしいことに巻き込まれもしたけれど。
それでも全然平気だった。いつだってその背が自分の前にあったから。
守ってくれる。無償で愛されることの喜びを知ったから。
だから全然平気だった。
ホームルームも終わり、生徒たちは帰宅する者、部活に向かう者、それぞれ楽しげに教室を出て行く。
「フゥ太君、今日どっか寄ってかない?」
二人組みの女子に話しかけられて、ちょうど立ち上がりかけていたフゥ太はどうしようかと首を捻る。
けれども彼が考えるよりも先に、教壇の担任が答えを与えた。
「あー、沢田はちょっと残って」
「・・・・・・だって。ごめんね?」
「ちぇーっ。じゃあまた今度ね?」
「バイバイ、フゥ太君」
少女たちに手を振られ、フゥ太は鞄を持って教師の後に続く。
窓から見える空は青く、大空だと思う。フゥ太は空が大好きだった。
並盛高校に入ったのは、あの人が通っていた学校だから。
もちろん小学校も、中学校も、同じ理由で学校を決めた。ブレザーに袖を通して、鏡の前で一人笑った。同じ制服を着れたことが嬉しくて照れくさかった。鞄は彼が置いていったお古を大切にずっと使った。
部屋もあの人のものを使っている。でも家具は変えてない。服もずっとあのときのまま。
望んでお古を着た。見覚えのある服がぴったりになっていく自分が誇らしくて少し寂しくて、けれどいつも嬉しかった。
早く大きくなりたいと思っていた。大きくなって力になりたい。彼に存在を認めてもらってから、それだけをずっと思ってきた。
彼の役に立ちたい。ずっとそう思ってきていた。
進路指導室からも空が見える。雨の日は相変わらず嫌いだけれど、それでも最近は昔ほどではなくなった。
試行錯誤を重ねて、今では分厚い雲が空を覆っていても正確なランキングをすることが出来る。大空は常に自分の中にあるのだと、幸福と共に知ることができたから。
「沢田、おまえ卒業後はどうするんだ? おまえほどの生徒なら推薦も取れるんだぞ? 学費が心配なら奨学金もあるし、何も今すぐ就職することはないだろう」
大学のパンフレットを片手に喋る教師の台詞は、今年に入ってもうかなり聞いた内容ばかり。
けれどフゥ太の意思は変わらない。それだけを思ってこの九年を生きてきたのだ。
「いいえ、先生。僕はイタリアに行くんです」
「留学か? だけどなぁ・・・・・・」
「ずっと決めてたんです。もう四年も待った。これ以上は待てないよ」
空を見つめてフゥ太は笑う。
「僕は、ツナ兄のところに行くんです」
ボンゴレ・ファミリーの十代目、沢田綱吉。
フゥ太が出会ったばかりの頃の彼は、貧弱で何をやっても上手く出来ない「ダメツナ」と呼ばれる少年だった。
ランキングしても最下位あたりをうろついており、こんなではドンになることもないだろう。そう思っていたフゥ太を跳ね返すかのように、彼はどんどんと成長していった。
優しさを帯びたまま、あの人は強くなった。どんなに恐ろしい敵が来ても、自分だって怖いだろうに、フゥ太やみんなをその背にいつも庇ってくれた。
小さくて頼りないのに、綱吉より強い人をフゥ太は知らない。
弟分になれたことを誇りに思う。この人についていこうと、自分に誓った。
「イタリアに行って、ツナ兄の部下になります」
四年前、今のフゥ太と同じ制服を着ていた彼は、連れて行ってとせがんだフゥ太をきつく抱きしめた。
「そりゃあ、今までよりも大変なことばかりだと思うけど、それでも僕はツナ兄の役に立ちたいから」
おまえは普通に、幸せになってくれ。そう言った彼の肩は震えていた。その時の彼はすでにグローブを常備し、鞄の奥底にコルトパイソンを忍ばせていた。
「日本は平和だし、奈々ママのご飯は美味しいし、楽しいことはたくさんあるけど。でもそれでも僕は、ツナ兄の傍がいいんです」
もう四年会っていない。そろそろボンゴレが代替わりすると噂に聞いた。ならば早く行かなくちゃ。
「僕はどんなに辛くてもいい。ツナ兄の傍で生きていく」
あなたは僕に幸せになれと言ってくれたけど。
「ツナ兄の傍にいることが、僕の一番の幸せだから」
僕を認めてくれた、ただ一人の存在。
血に塗れてもいい。僕も大きくなったから、ランキングブックは左手に、右手には拳銃を握り締めるよ。
守られてばかりの子供じゃない。これからは僕もあなたを守る。
能力を関係なく受け入れてくれたあなただからこそ、僕のすべてを捧げたい。
待ってて、ツナ兄。今、会いに行くよ。
家を出ることを告げると、奈々は「寂しくなるわ」と言って笑った。母親の愛というものを教えてくれた人。大好きだと強く思う。
中学生のイーピン。影ながら自分の護衛も勤めてくれていた彼女に、礼を言った。奈々を頼むと言うと、彼女も泣きそうな顔で笑った。
十代目の襲名式が済めば、おそらく家光がこの家に帰ってくるだろう。それだけが救い。
卒業式を済ませ、空港まで見送りに来てくれた二人は、「いつでも帰ってきてね」と言ってくれた。
例え世界中のどこにいようとも関係ない。自分にとっての家庭はここなのだと思うと、嬉しくて少し泣けた。
「あぁ、ずいぶんと久しぶりだ」
イタリアに降り立ったフゥ太を出迎えてくれたのは綱吉でもボンゴレの人間でもなく、ボヴィーノのヒットマンであるランボだった。
彼はボンゴレリングの継承者ということもあり、小学校卒業と同時にイタリアに戻った。
今年で14歳になる彼は、10年バズーカで時折見ていた大人の姿にほとんど近くなっている。
「久しぶりだね、ランボ」
「お久しぶりです、星の王子」
「あれ? 昔みたいにフゥ太って呼んでくれないの?」
「勘弁して下さい。俺も少しは成長してるんです」
会わない間にずいぶんと大人びたらしい。お互いの幼い頃を知っているからこそ、どうしようもなく照れくさくて歯がゆくなる。
あの頃は若かったと笑いあうには、もう少し時間が要りそうだ。
「直行しますか?」
「うん、お願い」
九年ぶりになるイタリアの街は、何だか妙に懐かしい。かつてとは違う気持ちで、石畳の通りを歩く。
「・・・・・・ツナ兄の匂いがする」
フゥ太の言葉にランボが笑った。
血と硝煙と欲望の世界。闇の底に僕は帰ってきたよ。
あなたは僕の幸せを望んだけれど、僕のそれはあなたと共にあるのだから。
ランキングブックを左手に、右手には拳銃を握り締めるよ。
あなたと共に、僕は生きる。
さぁ、重厚な扉を開けよう。例えこの世の地獄だろうと、あなたがいれば僕には天国。
「久しぶり、ツナ兄」
背が伸びて、スーツが似合って、記憶より少し痩せたあの人は、大きな目を見開いて。
そしてくしゃりと顔を歪めた。愛しさがこみあげて、抱きしめるために一歩を踏み出す。
こうして世界は失っていた色を取り戻す。
大好きだよ、ツナ兄。僕のたった一人の、敬愛するドン・ボンゴレ。
【当サイトのフゥ太くん】
綱吉が13歳のときに9歳。沢田家に養子入りし、名実共に沢田家の息子になる。小・中・高とすべてツナの母校に通い、風紀委員に属しているとかいないとか。ツナが高校卒業直後(=フゥ太14歳)にイタリアへ渡ることになり、つれていってと言ったが頑なに拒まれた。以来、沢田家で過ごしつつ高校を卒業と同時に単独で渡伊。ランボの手引きで綱吉と再会し、十代目を継いだ彼専属の情報屋としてボンゴレに属する。今では相手を見なくともランキングの作成が可能。銃の腕前はなかなかのレベル。ツナの屋敷に一室を設けられており、自他共に認める永遠の弟分の座をゲットした。
2006年5月31日