めでたしめでたし、で終わるわけ
健二が名古屋を去ったその翌日の朝に、侘助と理一から「バーカ。甘いんだよ」、「ご愁傷様。次回はもっと頑張ろう」といったメールを受け取っていた佳主馬は、自分が何故彼らにこけにされているのか、その理由を晩のチャットで理解した。カメラを繋いでいるため、画面には互いの部屋の様子が映し出されている。ローテーブルにノートパソコンを載せて、カメラの前にいる健二は非常にラフな部屋着だ。露出は多くもなければ少なくもない。そのことにほっとすると同時に残念な気持ちも覚えたりして、佳主馬はやはり内心で自身を罵倒したりしていた。
『佳主馬君、キング・カズマをありがとう! 凄く嬉しい。本当にありがとう!』
「いや、健二さんが喜んでくれたなら良かった。荷物になるとは思ったんだけど」
『そんなことないよ。特にこの、等身大ぬいぐるみ! さっき買い物に行って、帰ってきたときにドアを開けると一番に目に入って。キングが「おかえり」って言ってくれてるみたいで凄く嬉しかった』
画面の中で、健二が巨大なキング・カズマを抱き締めて笑う。等身大らしいそれは成人男性と同じほどの背丈があり、顔の大きさもほとんど健二と変わらない。ガラス玉で出来ているはずのキング・カズマの瞳が、何故だかにやりと笑ったように佳主馬には見えた。
『他にも、ほら!』
ぐるりとカメラを外して回したのだろう。一人暮らしの健二の部屋の様子が、少しぶれながら佳主馬のモニターに映し出される。
『小さなぬいぐるみは枕元で、ベッドカバーもキングだよ! 夕飯のお皿とカップと箸もキングだったし、お風呂に入ったときのタオルもキング! カレンダーも携帯ストラップも、家の鍵も全部キングで、スリッパまでキング・カズマ!』
「・・・・・・本当だ」
『僕、キング・カズマが好きだから本当に嬉しい。ありがとう、佳主馬君!』
「どういたしまして」
俺も健二さんに喜んでもらえて嬉しいよ。そう続けたのは佳主馬の、せめてものプライドだ。嬉しい嬉しいと全身で表現してくれる健二は確かに可愛い。喜んでもらえて、佳主馬も嬉しい。しかし、しかしだ。正直に言おう。佳主馬は侘助と理一の、件の「おまえは甘いんだよ」メールの意味を深く理解せざるを得なかった。画面の向こうで、健二が笑っている。嬉しそうに、嬉しそうに。
―――佳主馬ではなく、キング・カズマを抱き締めて、笑っているのだ。
アバターは確かにOZにおける自分自身の分身で、佳主馬だってキング・カズマをこの上なく自身の半身であり相棒であると認めているわけなのだけれど、それとこれとは話が別だ。別だと言い切る! 自分が手配したこととはいえ、健二の周囲を自分以外の男が囲っているのだ。しかもその上、健二を笑顔に変えているのだ。何たること! 自分が如何に甘かったかを、佳主馬は今まさに実感し、後悔していた。つまりは親戚の大人ふたりも、こう言いたかったのだろう。「自分以外の男をアバターとはいえ健二の傍に置くなんて、馬鹿かおまえは」と。あぁ本当に馬鹿だよ俺は、と佳主馬はチャットカメラの影でぎりぎりと拳を握り締めていた。画面では相変わらず健二が頬を染めて笑っている。その腕の中には、キング・カズマ。
試合に勝って、勝負に負ける。そんな言葉が佳主馬の脳裏を横切った。ここぞと思ったら引くんじゃないよ、と曾祖母の声が聞こえる気がする。分かってるよ、ばあちゃん、と佳主馬は心中で語り返した。
彼が本気で健二の恋人の座を得るべく動き始めたのは、この一連の出来事がきっかけだったという。
というわけで健二さんの名古屋旅行、改め佳主馬君の本気突入事件は、これにて終了です。後はちまちまその後のことでも書けたらなぁ・・・。
2010年4月13日