必ず迎えに行くから、それまでは
翌日、健二が目覚めたときにはすでに八時を回っており、佳主馬は登校した後だった。せっかくだから名古屋見物でもしてくか、という侘助の言葉に乗って、理一も含めた三人で観光地をめぐった。名古屋城で金のしゃちほこを見上げて、八丁味噌のソフトクリームを食べた。徳川園を散歩し、試合はやっていなかったがナゴヤドームも回った。東山動植物園ではコアラを見て観覧車にも乗ったし、ミッドランドスクエアのピエール・マルコリーニで食べたチョコレートパフェは絶品だった。何より三人の関心を誘ったのは某自動車博物館だ。企業の成り立ちから自動車開発の経緯まで、実物を展示しての催しは理系三人の興味を引くには十分すぎた。小学校低学年向けのミニカー作成コーナーで馬鹿みたいに熱心に玩具の車を作ったり、ロボットがトランペットを吹く時間まで三十分もじっと待ったりした。
また、そこかしこで侘助と理一がお土産を買ってくれるものだから、健二の両手では持ちきれないほどの紙袋の山が出来てしまった。名物のういろうに、味噌かつのタレ、海老せんべいに千なりどら焼き。なごやんと赤福は外せないし、八丁味噌味のキャラメルや、手羽先味のスナック菓子など。一体誰にこんなにあげればいいのか健二が困っていれば、理一は爽やかに「佐久間君にあげればいいんじゃないかな」と言ってのけた。はい、とドラゴンズグッズのうちわとノリタケの森の金シャチベアを渡されて、それもそうかと納得した健二は少しばかり呆れていたのかもしれない。
あんかけスパゲッティと味噌かつ、ひつまぶしと手羽先とエビフライを食べて池沢家に戻ってきた頃には、すでに時刻も午後四時を回っていた。東京を離れて、すでに二日。今夜にはまた高速を走って帰る手筈になっていたので、山ほどの土産をレンタカーのトランクに苦心しながら押し込める。時間はまだ夕方よりも早くて、佳主馬は学校から帰ってきていない。別れの挨拶が出来ないのは残念だったけれど、昨夜、少しだけ泣き言を漏らしてしまった健二としては顔を合わせるのに恥ずかしさもあったので、ほっとしていたのも事実だ。
「聖美さん、お世話になりました」
「いいのよ、また遊びに来てね。お正月に上田で会いましょう」
「はい、ありがとうございます」
着替えがないため、健二が今着ているのは買ってもらったワンピースだ。ショールに可愛いバッグ。化粧は聖美がやってくれて、丁寧に仕上げてくれた。ありがとうございます、と健二は改めて頭を下げる。
「それにしても佳主馬、遅いわねぇ。早く帰ってきなさいってメールしたのに」
「いえ、学校なら仕方ないですし。佳主馬君にもよろしくお伝えください」
じゃあ、と最後にお茶をいただいて、健二がダイニングの椅子から立ち上がったときだった。がちゃん、ばたばたばた、ばたん。滅多に騒音など起きなさそうな池沢家が鳴り響き、リビングのドアを蹴破るようにして佳主馬が現れる。走って帰ってきたのか息を切らし、肩から提げている通学鞄がフローリングの床に落ちた。
「母さん、宅急便、来た!?」
「まだだけど。何、どうかしたの?」
「ちっ! 使えない・・・っ」
柄悪く、佳主馬が舌打ちした瞬間にピンポーンとチャイムが鳴る。はーい、と叫んで玄関にユーターンしていったのはやはり佳主馬で、健二は聖美と揃って首を傾げてしまった。まぁ、それはさておき、すでに侘助と理一は車を出す準備をしているはずだ。忘れ物はない、と確認する聖美に頷いて玄関まで行くと、やはり先ほどのチャイムは宅急便だったのか、佳主馬が受領票に判子を押していた。足元には大きな段ボール箱と、一体何が包まれているのか二メートル弱の細長い物体があった。トラックが走り去ったスペースに侘助が車を回してくる。パンプスを履いて、健二も玄関を出た。
「じゃあ佳主馬君、お世話に」
なりました、と続けるはずだった言葉は、目の前に差し出された細長い物体に遮られた。押し付けるように持たされたそれは梱包材越しでも存外柔らかく、健二が両腕で抱えるほどの太さがあった。けれど意外に重くはない。何だろうと首をかしげていると、物体の向こうで佳主馬が先ほど届いたばかりの段ボール箱を抱えていた。
「お土産。よければ持って帰って使って」
「え?」
「っていうか健二さんのために用意したものだから、持って帰ってもらわないと困るんだけど」
そう言って佳主馬は車の後部座席のドアを開けると、段ボール箱を中に押し込んでしまう。え、え、と健二が戸惑っていれば、聖美が「あらまぁ」と楽しそうに笑っていた。侘助はにやにやと、理一はにこにこと表情を変えて微笑ましいものを見るかのようにふたりを見守っている。腕をとられて後部座席に押し込められ、佳主馬君、と健二が慌てて見上げれば、逆にボンネットに腕をつき、佳主馬が覗き込むようにして顔を近づけてきた。少年期から青年期に入ろうとしている端正な顔立ちが間近になって、反射的に健二は身を引いた。ふっと瞳を緩めた佳主馬の表情は、至極柔らかなものだった。
「『いつでも会いに行く』なんて今は言えないから、代わりに」
「代わり・・・?」
「そう。可愛がってやってよね。レア物なんだからさ」
「レア物?」
「またメールする。とりあえず明日の夜、チャットで感想聞かせて」
じゃあ気をつけて、とドアはあっさりと外から閉められてしまって、詳しい説明もないまま佳主馬はひらひらと聖美の隣で手を振っている。侘助がキーを回し、アクセルを踏めばあっという間にその姿は小さくなってしまった。後部座席の半分は段ボール箱が占めている。それと健二の腕に抱かれている細長い物体は、先が車の天井に当たって折れ曲がってしまっていた。
「健二君、とりあえず開けてみたら?」
「・・・・・・はい」
助手席の理一に促され、呆然と見えなくなってしまった池沢家の方向を眺めていた健二は、諦めつつ細長い物体の梱包に手をかけた。押しが強いのは陣内家の血筋だろうなぁ、と内心で溜息を吐き出しつつ、宅急便の伝票を剥がしにかかる。宛先は佳主馬で、送り主はOZでも有名な企業の名前。ばりばりと紙を破いて足元に押しやり、ぷちぷちを剥いで現れたものに、健二は歓声を挙げてしまった。
「等身大、キング・カズマのぬいぐるみ・・・!」
「アバターに等身大も何もないだろ」
「そんなことないですよ、侘助さん! これ確か、キングが五回目のチャンピオン防衛に成功したときに、スポンサーが十個限定で作ったぬいぐるみのはず・・・! 当選倍率が一億分の一だって噂だったんですよ! 僕も応募したけど外れたやつで・・・っ」
「健二君、そっちの段ボール箱も開けてごらんよ」
「はい!」
等身大かどうかは分からないが、二メートルはある巨大な兎のぬいぐるみを行儀良く自分の隣に座らせて、健二は段ボール箱を開きにかかる。その表情は喜色満面といった感じで、バックミラーでその様子を見ていた侘助が失笑した。
「うわぁ、こっちもキング・カズマのグッズがたくさん・・・! ぬいぐるみにストラップにキーホルダー・・・! うわぁ、タオルやマグカップまで! 凄い! 凄いですよ、侘助さん、理一さん!」
「健二君、キーホルダーは家の鍵につけたら? 確か何もつけてなかっただろう?」
「はい! これ、どれもスポンサー景品ですよ! 一般発売されてないやつだ・・・。いいのかな、こんなの貰っちゃって・・・」
「あーあーいいんだよ、おまえは黙って受け取っておけば」
「そうそう。その方が佳主馬も喜ぶよ」
「・・・はい」
明日、チャットでお礼を言わなきゃ。呟きながら、健二はキング・カズマで溢れる段ボール箱の中から小ぶりのキーホルダーを取り出して、自宅の鍵にくっつけた。目の高さで揺らせば、キング・カズマの長い耳も一緒に揺れる。ふふ、と笑顔になるのが堪え切れなくて、隣の巨大ぬいぐるみに抱きついた。これだけのキング・カズマのグッズを家に飾ったら、絶対に寂しくなんかない。帰宅して鍵を取り出す度に、きっとキング・カズマから佳主馬のことを連想するだろう。そうしてひとりじゃないのだと、きっと健二は嬉しくなるのだ。
「やっぱり佳主馬君って、優しいですね!」
ぬいぐるみとじゃれ付く健二は気づかない。運転席と助手席の大人組が、実に楽しそうににやりと笑っていたことを。
「着眼点は悪くないが、甘い」
「うん、甘い。やっぱりまだ16歳ってところかな」
「自業自得だろ。くくっ、明日が楽しみだ」
ひそひそと交わされる侘助と理一のやり取りにはやはり気づかず、健二は山ほどのキング・カズマに囲まれて笑っていた。やっぱり自分は幸せだと、心の底から感じながら。
甘い。甘すぎる。赤福より甘いぞ、佳主馬。
2010年4月13日