プリンスは名古屋在住高校生





池沢佳主馬は普通の男子高校生だ。少なくとも、表向きは。OZにおいてはキング・カズマというOMCチャンピオンの称号を持つし、プライベートではゲーム開発などで実業家の面も有しているけれど、それでも学校での佳主馬はこれといって目立つ生徒なわけではない。驕りゆえ虐められた幼い頃の経験により、出来るだけ突出しないように心がけているからだ。なので部活にも入らず、友達付き合いもそこそこ。帰りのホームルームが終われば音楽プレーヤーのイヤホンを耳に装着してさっさと下校する、そんな生活を送っている。特別楽しいわけではないが、性格ゆえか青春特有の遊びに手を出すほどの熱さもない。端正な容姿や少し大人びた性格、地味に優秀な成績や運動神経のせいで女生徒からの人気は高かったけれども、佳主馬はそんな黄色い声にも貸す耳を持っていなかった。三年前の夏から、彼の心にはひとりの人しか住んでないのだ。だからこそ高校の正門前で彼女の姿を見つけたとき、佳主馬は呆然と言葉を失わざるを得なかった。肩から通学鞄が滑り落ちた。
「け・・・健二、さん・・・!?」
「あ、佳主馬君。よかった、分かってくれて」
分かってくれなかったらどうしようかと思ったよ。へにゃりと眉を下げて微笑む健二は、確かに佳主馬の知人であったけれども、そうと気づくことの出来た自分に佳主馬は拍手を送ってやりたかった。何たって今の健二は、佳主馬が出会ってからのこの三年間で一度も見たことのない類の格好をしていたのだから。足元はスニーカーじゃなくてパンプス。惜しげもなく太股まで足が晒されていて、細い、っていうか白い。やばい、健二さん、抱き締めたら折れそう。そんなことをとっさに思った高校生男子を一体誰が咎められようか。ドレスのように刺繍が華やかなワンピースは、それこそ下に何か履いているのだろうと分かっていても丈の短さにどきりとするし、いつもはTシャツによって隠されている鎖骨も、今ははっきりとその形を佳主馬の前に晒している。加えて、健二が羽織っているパーカーにも佳主馬は見覚えがあった。チャック式のそれは前が開くようになっていて、佳主馬が去年の冬に購入したものだ。健二には大きいのか袖からは指先が覗くくらいで、出会った頃は見上げるだけだった身長差が逆転していることを教えてくれる。まるで恋人の大きな服を着ている女の子のようないでたちで、健二は今、佳主馬の目の前に立っていた。東京にいるはずの健二さんがどうして、と不思議に思うよりも先に、正直な身体はかっと熱くなる。
「何で名古屋に!? っていうか、その格好・・・」
「ええと、に、似合わないかな・・・?」
躊躇いがちにワンピースの裾を引っ張る様は、佳主馬にとってどんな強敵アバターの一撃よりも破壊力が高い。加えて身長差も手伝って上目遣いで見つめられたら、一層鼓動が早くなったって仕方ないだろう。自分はまだ16歳の高校生で、目の前のこの人に遠距離片思いをしていて、実際に生身で会えるのなんて年に数度くらいのものなのだから。心中で必死に言い訳をしつつ、佳主馬は考えた。健二さん可愛い。女の子らしい服装は初めて見たけれど、柔らかな彼女の印象にとてもよく似合っている。けれど、素直にそう伝えられるほど佳主馬は簡単な性格をしていない。かといって似合わないなんて言って泣きそうな顔をされたくない。刹那に思考はぐるぐると光速回転し、佳主馬はわざとらしくずれた鞄を持ち直す振りなんかして、期待に応えた。
「別に・・・似合ってなくはないんじゃない? そういう格好は初めて見たから驚いたけど」
「ありがとう」
ふにゃ、と健二の顔が嬉しそうに綻ぶ。頼りなく柔らかい笑顔は佳主馬が愛しく思っているもので、目尻がきらきらしている、と感じたところで健二が化粧までしていることに気がついた。アイシャドウにマスカラにチーク、口紅。それはほんのりとしたものだが、人工的な装飾なんて健二さんには必要ないのに。そんな憤りさえ浮かんだけれども、細められた目尻に滲んだ色香にぞくりと背が粟立つ。欲情したのだ。佳主馬は今、四つの年の差をまざまざと見せ付けてくれた、この年上の女に。
「え、あれって池沢君と・・・?」
「おーい! 池沢、その人おまえの彼女かよ!?」
「あ、いや僕は」
「人のプライベートを詮索しないでくれる? 行こう、健二さん」
否定の言葉を聞きたくなくて、外野を無視して健二の手首を掴み、歩き出す。曖昧にしておけば、きっとクラスメイトは自分たちにとって面白おかしく誤解してくれるはずだ。年上の彼女がいるなんていう噂が流れればいい。遠距離で、会えることなんて滅多になくて、望みなんてそれこそ薄い恋なのだから、せめてホームグラウンドでくらいは見栄を張らせてくれてもいいだろう。パーカーの袖口越しに握った手首も予想以上に細く柔くて、佳主馬は必死に浮かんでくる疾しさを打ち消した。





プリンス(青春中)ようやく登場!
2009年10月18日