かぼちゃの馬車はレンタカー
夕焼けから夜へと染まり代わった街中を、びゅんびゅんと車が走りゆく。レンタカーだなんて感じさせない滑らかな運転でどこだかの駅に向かったかと思うと、そこには侘助の義姉の息子に当たる陣内理一がにこやかな笑顔で立っていた。後部座席に乗り込んできた彼に「久し振り、健二君」と挨拶され、「お久し振りです」と返した自分は流されていると分かっていたけれども、どうにも踏ん張れる気がしない。陣内家は一癖ある人物が揃っている一家だけれども、侘助と理一はまた格別だ。44歳でふたりとも独身。片やアメリカの大学院に籍を置く天才プログラマーであり、片や自衛隊の「ちょっと言えない」ような部署に所属する百戦錬磨だ。そんな男ふたりに一介の女子大生である自分が太刀打ちできるはずがない。おとなしくしておこう、と思ったのが運の尽きだったと健二は今更ながらに痛感していた。
「ああ、可愛いよ、健二君。やっぱりスカートも似合うなぁ」
「丈はもっと短い方がいいだろ。つーかガリガリだな、おまえ」
「確かに健二君はもっと太ってもいいくらいだね。すみません、もう少し丈の短いワンピースはありますか?」
「あと、上に羽織るもの。アクセサリーの類も」
「はい、かしこまりました!」
理一と侘助の言葉を受けて、女性店員たちが満面の笑顔で店内に散っていく。あわわわわわ、と健二はフィッティングルームから悲鳴を挙げた。
「あ、あの、侘助さん、理一さん、何でこんなことに」
「はい、健二君。次はこれね。大丈夫、可愛いよ。似合ってる」
「似合ってません! こんな女の子みたいな服・・・!」
「女の子みたいな服って、おまえも女だろうが。いい加減にジーパン以外の格好もしろよ。足を見せろ、足」
「侘助、それはセクハラだぞ。でも俺も健二君にはフェミニンな洋服も似合うと思うよ。ほら、こういうのとか。着てみてくれるかな?」
はい、と手の中に服を重ねられて、そのままフィッティングルームの扉まで閉められる。言葉で押してくるのは侘助だが、行動はむしろ理一の方が強引だ。しかも笑顔で物腰が柔らかいからこそ、あっという間に流されてしまう。ううう、と泣きそうになりながら健二は服を脱ごうと試みる。気がつけばボーイッシュな服装に慣れ親しんでいた健二は、それこそワンピースなんて小学生の頃にしか着た覚えがない。だというのに侘助は銀座のブティック街に車を停めたかと思うと、理一が適当な店を選んで足を踏み入れ、あれよあれよという間にこの状況だ。
何か泣きそう。そんなことを思いながら、健二は先ほど押し付けられたワンピースを広げる。胸下からAラインの広がるクラシカルなデザインだ。片紐は少し太めで、胸元の大きなリボンがポイントとなっている。ふわりとした黒の刺繍の下にはゴールドのサテン生地が波打っていて、丈は膝上15センチ。一応ショートパンツを履くことは許されたが、心許無さすぎる。ぐいぐいと裾を引っ張りつつ、健二は清水の舞台から飛び降りる勢いでフィッティングルームのドアを開いた。視線が痛い。
「・・・・・・いいな」
「うん、いい。すみません、これください」
「はい、かしこまりました!」
「健二君、ちょっと後ろ向け」
「足元はこれね。ヒールがあるから気をつけて」
くるりと後ろを向かされて、首元にネックレスをつけられる。ストッキングは認められず、生足で履くことになったのはスニーカーではなく華奢な作りのパンプスだ。はい、と渡されたのはコサージュの付いた小さなバッグで、開けてみれば健二の携帯とアパートの鍵、それに綺麗なハンカチが一枚収められている。
「それではこちらが、お客様のお召しになられていたお洋服になります」
理一が店員から紙袋を受け取っているのを見て、ようやく健二は状況を理解した。
「ま、待ってください! あの、えっと・・・っ」
「はい健二君、ストール。もう夜は寒いから気をつけて」
「あ、ありがとうございます。・・・じゃなくて! あの、こんなドレス、買ってもらう理由がありません!」
「あー? ちょっと時期外れの誕生日プレゼントとでも思っておけよ」
「そうだよ。可愛い女の子を着飾らせて楽しむのは、年上男の道楽みたいなものだから。むしろ俺たちの方が健二君に礼を言わなきゃかな」
ありがとう、と理一ににこやかに微笑まれている間に、侘助はカードで支払いを済ませてしまう。金額は見えなかったけれども、相当な額になっているだろうことは健二にも予想が付いた。だってここは、銀座の一等地だ。良くは分からないけれど高級ブランドの専門店で、ワンピースやネックレスやパンプスや鞄の他にインナーの下着まですべて揃えられてしまったら、会計はそれこそ十万を下らないに違いない。瞬間的にアルバイトの就業何時間分かと計算してしまい、さっと健二は顔色を青褪めさせた。再度口を開こうとした瞬間を狙って、左右から侘助と理一に腕を取られる。
「次は美容室だな」
「メイクもしてもらおうね。大丈夫、健二君は何も心配することないよ」
「えっ! いや、あの、話を聞いてください・・・っ!」
「ありがとうございましたー! またのご来店をお待ちしております!」
一列に並ぶ女性店員たちに渾身の笑顔で見送られ、健二は店から引きずり出された。悲鳴とも懇願とも似つかない叫びが夜の街に消えていく。大人ふたりはそんな少女に、楽しそうに笑うだけだった。
健二君、色白だねぇ。
2009年10月12日