魔法使い、出動!





三年前。健二が夏希に彼氏の振りを頼まれて上田の陣内家を訪れ、ラブマシーンによるOZ蹂躙事件が勃発した夏。その頃すでに不仲だった健二の両親は、娘の大学入学が決まると同時に離婚したという。親権は母親が持ち、養育費は父親が出す。事務的にすべては整えられ、気づけば健二は大学に程近いアパートで一人暮らしをすることが決まっていたらしい。母親は仕事で忙しいから、その方が互いに気を使わず楽だと考えられたのだろう。態の良い厄介払いだと侘助は思ったが口にしない。健二自身それを理解していることは明らかだったし、わざわざ傷付けるようなことを言う必要もない。コーヒーを飲み込んで、侘助は代わりの問いかけを口にした。
「夏希は知ってんのか?」
「夏希先輩ですか? いえ、佐久間が言ってなければ知らないと思いますけど」
つまり一年半近くの間、健二は両親の離婚を黙っていたことになる。その間、彼女が上田を、陣内家を訪れている回数は昨年の夏と冬、そして今年の夏と三回だ。その間ずっと、健二は陣内家の騒がしくも温かな大家族をただ眺めていたことになる。
「何で言わなかった」
自然と声が険しいものになったのが侘助自身にも分かったが、止める気はない。血が繋がらなくても健二はすでに陣内家の家族だと認められているし、侘助も大姪の夏希と分け隔てなく、そして同じ理数系に身を置く者として一定の敬意を持って接してきたつもりだ。それらを否定された気がしてきつく睨みつければ、健二はやはり情けなく笑う。
「聞いて楽しい話じゃありませんし。・・・言うのも、あまり楽しい話じゃないから」
それに、と健二は続ける。
「何となく、こうなるんじゃないかって思ってたんです。父も母も家に帰ってくることは余りなかったし、家族って感じは・・・もうずっと、していなかったから」
「文句は言ったのか? ちゃんと主張はしたんだろうな」
「いえ。でも本当にいいんです。正直、気が楽になったっていうのもあったから」
へにゃりと健二は眉を下げているが、それはどこか無理している笑顔に侘助には見えた。侘助自身、妾の子供であったことから本家に養子に入った後もいろんな苦労を経験してきた。それこそ認められたくて義母の山を売ってアメリカに飛び、ラブマシーンなんかまで作って世界中を混乱に陥れたくらいだ。今でこそ幸せだが、複雑な幼少期を過ごした侘助だからこそ分かる。健二の傷は、まだ癒えていない。このままではおそらくそう遠くない未来、陣内家からも離れようとするだろう。させて堪るか、と侘助は健二の二の腕を掴んだ。
「よし。健二君、遊びに行くぞ」
「へ?」
「俺が大人の遊びを教えてやるよ。そうとなりゃ出発だ!」
指の回りきる腕を強引に引っ張って侘助は立ち上がる。つられて引き摺られる形となった健二が慌てて何か言っているが、全部無視だ。どうせ学生の日常など差し迫った納期や契約があるわけでもない。大学も一日や二日休んだところで単位を落とすほど素行が悪いわけでもなかろうし、多少の些事はすべて後回しだ。放られっぱなしだった健二の鞄から携帯電話とアパートの鍵だけ抜き出して、廊下を抜ける。ずるずると引き摺られるままにスニーカーを突っかけてアパートから連れ出された健二は、突然の事態に目を白黒とさせている。
「あ、ああああの、侘助さん!?」
にやりと唇の端を吊り上げて、侘助は自身の携帯電話から身内のデータを引き出した。耳に当ててコール音は三回。
「あ、理一か? おまえ今暇? ・・・飲み会? そんなもんサボってちょっと付き合えよ。あー? おまえ、叔父さんの言うことが聞けないのか?」
近くのコンビニの駐車場に停めておいたレンタカーの助手席に未だ状況を理解できていない健二を押し込めて、侘助はしっかりとロックをかけた。面白くなってきた、と笑みを浮かべる横顔は、あくどい大人の自覚もあった。





41歳独身組、出動!
2009年10月12日