【「真夏のヒーロー」を読むにあたって】

この話は2009年8月1日公開の映画「サマーウォーズ」のネタバレを含みます。これから見に行かれる予定があり、ネタバレが嫌な方は決してご覧にならないで下さい。
加えてひとつ、映画を見ている最中に「オチはこうだろう」と勝手に予測していたけれどそうならなかった設定が捏造として含まれております。
閲覧後の苦情は申し訳ありませんがお受け出来ません。何でも大丈夫という方のみお付き合いいただけたなら幸いです。



▼ 大丈夫です、読みます ▼


































あの熱い戦いから一年。
再び夏がやってくる。





真夏のヒーロー





「ただいまー」
「お、お邪魔します」
東京から新幹線と私鉄にバス、片道三時間以上をかけて健二は夏希の実家、長野県上田市を訪れていた。昨年半壊してしまった家屋も今はすっかりと建て直され、どこか新しい匂いのする屋敷になっている。出迎えてくれたのは陣内家の第十七代当主となった万里子だ。あらあら、と玄関でふたりを歓迎する。
「お帰りなさい、夏希。健二君もいらっしゃい」
「お、お久し振りです。今年もお世話になります。あの、これ、母からなんですけれど、よろしければ皆さんで召し上がってください」
「あらいやだ、そんなの気にしなくていいのよ。健二君は夏希のお婿さんになる人なんだから、もう家族みたいなものでしょう?」
「いっ!?」
予期せぬ攻撃に、健二は思わず差し出していた紙袋の持ち手を離してしまった。けれど万里子がしっかりと握っていたため地面へと落ちることはなく、代わりに健二の肌を指先から腕を伝い頬へと真っ赤に染めていく。サンダルのストラップを外していた夏希が慌てて、これまた赤い顔で話題を逸らす。
「ま、万里子おばさん! 他のみんなはもう来てるの?」
「直美ちゃんと由美ちゃん家は来てるわね。ああ、それと聖美ちゃんのところも」
「じゃあ健二君、挨拶しに行こう。先におばあちゃんにお線香上げてからね」
「はい。お邪魔します」
腕を引かれたので急いでスニーカーを脱ぎ、上がり込む。靴の向きを直す間も無く夏希に引き摺られてしまって、首だけで振り向けば万里子がにんまりと笑いながらふたりのサンダルとスニーカーを揃えていた。あわわ、と相変わらず広い屋敷の中をついていく。
建て直されたことで間取りは少し変わっていたが、仏間は以前と変わらない場所にあった。昨年加わったばかりの遺影に手を合わせると、去年の暑さが昨日のことのように思い出される。
去年は、夏希にアルバイトを頼まれて、この陣内の家までやってきたのだ。そうしたらいきなり恋人の振りをしてくれと頼まれて、それなのに当の夏希本人は曾祖母の養子の侘助に憧れているようだったし、加えて送られてきた変なメールの数式をといて返信したら、今や現実とほとんど変わらない機能を持つインターネット上の仮想空間、OZのアカウントを乗っ取られて犯罪者として世界中に指名手配された挙句、ラブマシーンなんて怪しいウィルスと戦わなくてはならない破目になってしまった。陣内家を目指して落ちてこようとしている人工衛星の軌道を変えるために、鼻血を流しながらも暗号を解いた過去が懐かしい。
思い起こされるひと夏の思い出はとりあえず置いておくとして、健二は「僕は元気です」と写真の中の「おばあちゃん」もと、夏希の曾祖母である栄に報告した。偉大な、尊敬する人なので、深く頭を下げたら隣の夏希に笑われた。
「夏希、荷物置いたなら台所手伝いなさい」
「えー・・・」
「あなたももう大学生なんだから、少しは家事くらい出来ないと。そんなんじゃお嫁さんになれないわよ。ねぇ、健二君?」
「わ、分かった! 分かったから! 手伝うってば、もう!」
「あ、ええと、僕は・・・」
「健二君は荷物置いたら居間で休んでて。場所は前と変わってないし、テレビでも見てていいから」
「はい」
有無を言わせず指示を出して、夏希はおとなしく万里子について台所へと入っていく。偽の恋人という役割は昨年のうちにばれてしまっているのだが、どうやら陣内家では健二の婿入りがすでに決定しているらしい。確かに曾祖母の栄も認めてくれたし、健二自身も夏希には憧れているから嬉しいのだけれど、ふたりは未だ友達以上恋人未満の清い関係のままなのだ。どうもこう、互いに意識しすぎて一歩を踏み出せないというか。友人の佐久間に言わせればじれったくて仕方ない状態が、もう一年近くも続いている。
何だかなぁ、と思いながらも居間に来てみれば、そこは誰も居らずに静かなものだった。大家族の陣内家にしては珍しく、ほんの少しの寂しさを覚えてしまう。とりあえず卓袱台の前に正座していれば、からんと氷を鳴らして聖美が麦茶を運んできてくれた。
「こんにちは、健二君。久し振りねぇ」
「お久し振りです。遅くなりましたけど、ご出産おめでとうございます」
「ありがとう。もうねぇ、旦那が可愛がっちゃって目に入れても痛くないみたい。今はお昼寝の時間なんだけど、後で遊んであげてちょうだい?」
「はい、是非」
頷けば、小さな足音を立てて誰かが廊下をやってきた。畳に踏み入った相手を見て、健二はぽかんと目を丸くしてしまう。口まで大きく開いてしまった。
「なんだ。あんた、来てたの」
「・・・・・・え? ・・・あれ? か、佳主馬、君・・・?」
「そうだけど。それ以外の誰に見えるんだよ」
乱暴でぶっきらぼうな物言いは変わっていない。変わっていないのだけれど、健二は上から下まで見つめてしまった。白い襟に、赤いリボン。プリーツのあれはスカートで、つまり、ええと。
「佳主馬君って・・・・・・女の子、だったんだ・・・!?」
本音がぼろっと零れたら、母親である聖美が「あらまぁ」と口に手のひらを当てた。性別を今更ながらに確認された佳主馬はぐわっと目を見開いたかと思うと、黒髪を振り乱して直進してくる。胸倉を掴まれて身長差から見上げられているはずなのに、健二は「ひいっ!」と叫ぶだけで精一杯だった。
「あんた・・・っ! 今まで人のことを何だと思ってたんだ!」
「だだだだだだ、だって・・・! 去年、去年のおばあさんのお葬式のとき、学生服着てたよ、ね!?」
「うちの中学は女でもズボンを履いていいんだよ! 好きな服着て何が悪い!」
「じ、自分のこと、俺って言うし!」
「人の言葉遣いをとやかく言うな!」
「しょ、少林寺拳法やってるし! キングカズマだって、兎だけど男っぽかったし・・・っ!」
「だから男だって!? ふざけんなよ、この馬鹿!」
べしっとそのまま畳みに投げつけられたかと思うと、佳主馬は颯爽と和室を飛び出していく。角度的に短い黒髪だけでなくひらひらと揺れるスカートの裾が目に入ってしまって、うわぁ、と健二は頭を抱えてしまった。去年、ラブマシーンを倒すに当たって頼れるパートナーであった佳主馬が、まさか女の子だったとは。格好もラフなタンクトップにゆったりとしたハーフパンツだったし、確かにユニセックスではあったけれども想像だにしていなかった。ふふ、と成り行きを見守っていた聖美が笑う。
「佳主馬ねぇ、あの子、ずっと男の子になりたいって言っていたんだけれど、去年の夏休み明けから急に女の子らしくなってきてるの。言葉遣いや態度はあれだけど、学生服じゃなくてセーラー服を着るようになったし。これも全部、健二君のおかげかしらね」
「いや・・・僕、何もした覚えがないんですけど・・・。っていうか、すみません・・・」
「いいのよ。うふふ、陣内家に入るんだったら、別に夏希ちゃんのお婿さんに限らなくても良いものね」
「はぁ・・・? ええと」
話が良く分からないんですけれど。顔に思い切り出ていただろうに、聖美は「ミルクの時間だわ」と時計を見やって勝手に去っていってしまう。ぽつんと残されることになった健二は未だ畳みに転がった状態で、頬に触れる井草がひんやりとしていて気持ちいい。しかしあまりこうしていると跡がついてしまうからそろそろ起きなくては、と腕に力を込めたところだった。
「よぉ、健二君」
「わ、侘助さん!」
背後から背中を押されたかと思うと、そのまま畳みの上を転がされる。向きが反転して見えたのは侘助で、健二は慌てて上半身を起こし正座した。
「お久し振りです。アメリカから帰ってたんですね」
「まぁな。ばあちゃんの誕生日だし、命日だしな。ところで健二君、君は高校三年だったか?」
「はぁ」
「進路は進学だろう? 大学は決まったか?」
「いえ、まだです」
というか、夏に進路の決定している高校三年生はほとんどいない。就職する生徒ですらまだだろうに、何故そんなことを聞くのか。健二が首を傾げていると、侘助は卓袱台の上のグラスを掴んで呷った。聖美が自分のために持ってきてくれた麦茶だったが、まぁいいかと健二は流す。そのまま煎餅に手を伸ばす仕種ですら大人っぽいのだから、格好いい人は得だなぁ、などと変なことを考えていれば、いつの間にかその侘助の顔が目の前にあった。
「健二君、大学はどこに行くんだ? 東大か?」
「えっ? あ、いや・・・数学だけならまだしも、他が駄目なんで。国立はまず無理ですよ」
「何だ、俺の後輩にならないのか」
「はぁ。私立なら推薦が貰えそうなんで、そっちにすると思います」
「もちろん理工学部の数学科だろう?」
「それしか取り得がないんで・・・」
「数学オリンピックのチャンピオンは立派な取り得さ」
距離が近い。近すぎる。眼前の男前に迫力負けしてじりじりと下がっていれば、ぽん、と肩に手を置かれた。勢いよく身体が跳ねてしまい、それでも侘助は気にすることなく今度は肩を組んでくる。
「私立もいいけどな、健二君。大学は俺と同じところに来ないか?」
「へ? 侘助さんと同じところって」
「君の話をしたら数学科の博士が凄い興味を持ったらしくてな。何たって、俺の作ったラブマシーンのパスワードをみっつも、しかも暗算で解いたと来た。アメリカ国防省でさえお手上げだったプログラムだぜ? それを解いたのが現役高校生とくりゃ、博士も興味を持つってものだろう」
「え、でも・・・侘助さんの今いるところってことは・・・・・・まさか、アメリカ、ですか・・・?」
いやそんなよもやまさか。たらりと冷や汗を流しながら尋ねてみれば、侘助はにやりと笑う。
「ああ、アメリカだ」
「アメリカぁ!?」
甲高い声が健二の驚きを掻き消した。先ほど足取り荒く去っていったはずの佳主馬が何故だか戻ってきており、その格好はまだセーラー服のままで白いハイソックスが日に焼けた肌に眩しい。よぉ、と片手を上げて挨拶した親戚を睨みつけ、彼、ではなく彼女は卓袱台まで駆けてくる。
「何言ってんだよ、侘助! こいつがアメリカなんか行くわけないだろ!?」
「決めるのは健二君だろ。数学の天才ってことは俺たちが身を持って知ってるじゃねぇか」
「そりゃそうだけど・・・っ」
「心配しなくても、盆と正月にゃ帰ってくるさ。そうすりゃ会える回数は変わんないだろ」
「そりゃそうだけど・・・って、違う! 俺は別に!」
「はいはい」
やはり、何だか良く分からないところで話が進んでいるらしい。先ほどの聖美もそうだったが、これは親戚同士だからこそ持ち得るコミュニケーションツールなのだろうか。口を出すのも憚られて健二がぼけっと見守っていると、視線に気づいたらしい佳主馬がしどろもどろになりながら振り返る。けれど結局は唇をへの字に結んで、ばん、と卓袱台に教科書を叩き付けた。
「・・・せっかく来てんだから、勉強教えろ。数学チャンピオンになったんだろ」
「あ、うん、それは構わないけど。でもそれ、高校生の教科書じゃ・・・?」
「悪いかよ」
「いや、解けるなら全然。佳主馬君、数学得意なんだ?」
「・・・・・・あんたの所為だよ」
ぷい、とそっぽ向かれて呟かれた言葉は小さくて健二には届かなかったが、侘助には聞こえたらしい。にやにやと目元を下げて、年下の親戚をからかう体勢に入り込む。
「何だ佳主馬、おまえ夏希に喧嘩売る気か」
「別に、あんたに関係ないだろ」
「まぁどっちにしろ俺にとっては健二君が親戚になるわけだから構わないさ。あぁでも、数学なら優しいおじさんが教えてやろうか?」
「いらねぇよ! いい加減どっか行け!」
「ふたりっきりになって何する気だよ? あーあー色気づいちゃって」
「うっさい! てめぇ本気で邪魔なんだよ! 分かってんなら協力しやがれ!」
「でもなぁ、おまえも夏希もどっちも可愛い親戚だからなぁ」
だん、と卓袱台を叩く佳主馬に、愉快そうな様子を崩さない侘助。何やら台所からは「ちょっと夏希、鍋噴いてる!」という焦りやら「きゃー!」という叫び声やら「あんた料理全然駄目じゃない!」などという叱責も聞こえて来るし、玄関ではようやく辿り着いたらしい万助や万作たちの声もしている。庭では蝉と一緒にハヤテがわんわんと鳴いているし、どうやら陣内家は今年の夏も変わらないらしい。騒がしくて、温かくて、どこより愛しい大家族だ。嬉しくなって、帰ってきた心地がついて健二はほっと笑った。
そうしてまた、上田で過ごす夏がやってくる。





というか、こういう展開になるだろうと普通に信じてました。男かよ! 佳主馬君、マジで男かよ! 需要と供給と王道をリサーチしてくださいませよな・・・!
2009年8月2日