続・会議場で逢いましょう
紅秀麗、もしくは陸清雅の報告する案件は、よほどのことがない限り宰相会議の最後に回される。それは彼らの発表が長引くからに他ならない。討論というよりも口論、喧嘩に近いそれは、その方法で自然と案件を煮詰めていく秀麗と清雅にだけ許された行為だ。
だからこそ今日も彼らは宰相会議で喧々轟々と言い合いを重ね、それがすべて出終わった頃に、私的な口喧嘩へと移行した。その頃になれば他の官吏たちは席を外して良いことになっている。けれど半数の輩はその場に留まり、彼らのやりとりを笑いながら眺めていた。さすがは悪鬼ひしめく朝廷を宰相位近くまで昇り詰めているだけはある。彼らにとって秀麗と清雅のやりとりは、孫や子のじゃれあいを見るような、微笑ましいものなのだ。
温かい視線に見守られ、実のところ茶受け菓子のような存在になっていることなどいざ知らず、今日も秀麗と清雅は互いを罵り続けている。
「大体なぁ、大根は甘いのを使えって言ってんだろ。そんなものも買えないほど貧乏なのかよ、おまえんち」
「な・・・っ!」
「あーそうか貧乏だよな。悪い悪い、すっかり忘れてた。おまえ、紅なんて大層な名字してるくせに庶民並の貧乏なんだよな。あ、庶民よりも貧乏か」
ちなみに今日の宰相会議にも吏部尚書は出席していない。けれど提議される案件があったので、代わりに吏部侍郎である李絳攸が出席していた。彼は目の前で交わされるやり取りから顔を背け、どこか遠くを見つめている。悠舜の命により養い親が秀麗と同席できない理由を、身を持って理解しているのだろう。
「甘い野菜しか食べれないなんて子供みたいなこと言ってんじゃないわよ! 確かにうちは貧乏だけど、食費にはそれなりのお金をかけてるんだから! 清雅は好き嫌いが多すぎるのよ! 椎茸も食べれないような男に嫁いでくれる人なんて絶対いないわ!」
「あーそりゃ残念。これでも結構な数の縁談が来てんだよ。椎茸を食べれなかろうが、分かる奴は分かるんだろ」
「あーらそう。それじゃ先日、某家の姫君との縁談が破棄になったのはどうしてかしら。椎茸が原因じゃないなら、後は性格の悪さくらいしかないんじゃない?」
「おまえ・・・っ! それをどこから聞きやがった!」
「庶民派をなめないでよね。名家の噂は広まるのが早いのよ? 特に縁談なんて一番おいしい話題だもの」
「あー・・・それは俺も気になる噂を耳にしたわ」
歯切れの良いやり取りに割って入ったのは、聞くからにやる気のなさそうな声。皆が振り向けば吏部侍郎の隣の席で、今日初めて宰相会議に出席した官吏がひらひらと片手を挙げている。榛蘇芳という彼の評判を悠舜は少なからず知っていたが、それが正しいものだと今日の会議で確信していた。やる気はなさそうだが、人と場を見極める能力に秀でている。
以前は御史台で秀麗の補佐についていた蘇芳だが、彼女が戸部へ異動すると共に、彼も吏部へと異動していた。何だかんだ言いつつ結果を残している蘇芳は、ぎろっとよこされた清雅の睨みにもたじろがない。
「・・・・・・何だよ、狸」
「せめてタンタンって言えよ。いやさぁ、確かに清雅は性格めちゃくちゃ悪いけど、一応貴族だし伝統と金はあるし、縁談なんか引く手数多だと思うんだけど」
「タンタン! 清雅なんか褒めることないわよ!」
「今のどこが褒められてるのか100字以内で言ってみろ!」
「貴族と伝統と金!」
「少なすぎる! 七文字じゃねーか!」
「句読点入れれば八文字よ!」
「あー・・・・・・漫才はいいからさ」
「「誰が何時漫才をしたっ!?」」
秀麗と清雅はそう重ねて怒鳴るけれども、観覧者にとっては漫才以外の何物でもない。すでに霄太師や宋太傅などは腹を抱えて笑っている。
蘇芳はぽりぽりと頬を掻き、軌道修正して話を戻す。
「とにかく、嫁なんて貰いたい放題の清雅がまだ独り身なのは、もしや本命がいるんじゃないかって噂で」
「本命? 嘘、誰よ清雅!」
「いねぇよ、そんなもん!」
「それがさ、君だって言うんだよね」
ぴっと蘇芳は指さした。秀麗が首を傾げ、清雅は眉根を寄せ、見物人たちは面白そうに唇を吊り上げ、王という身分から口を挟めずにいた劉輝は息を飲んだ。
蘇芳のやる気なさそうな指が向けられているのは、たった一人。よく考えてみれば女性官吏がまだ数人しかいない朝廷で、この宰相会議に出席できる者など一人しかいない。
「・・・・・・私?」
蘇芳と同じように自分を指さし、秀麗は首を傾げた。我に返ったのは当然清雅が先だった。思い切り机を叩き、貴族らしからぬ勢いでまくしたてる。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ、狸! 誰がこんな貧乏で貧乳で、取り柄は二胡と料理の腕と家柄くらいしかねぇ女を好きになるかよ!」
「清雅、めちゃくちゃ褒めてんじゃん」
「どこがよ! 今のどこが褒められてるのか100字以内で言ってみなさい、タンタン!」
「えーと・・・貧乳と二胡と料理と家柄?」
「貧乳は褒め言葉じゃねぇ!」
「何だよ、世の中には貧乳が好きな男だっているだろ?」
「きゃーっ! ちょっと、神聖な宰相会議でそんな話しないでよ! 桃色話は家に帰ってからしてちょうだい!」
「え、でも今日俺たち、君ん家で夕飯ご馳走になる予定じゃん? あーじゃあ君んとこの家人も含めて三人で」
「静蘭をそんなことに巻き込まないでーっ!」
「じゃあ君のお父さん?」
「父様はもっと巻き込まないで!」
もはやここまで来ると笑っていない官吏の方が少ない。仮面で表情の見えない黄奇人と、氷の仮面と噂の葵皇毅くらいのものである。劉輝は顔を蒼白にしていたけれど、やはり王という身分故、口を挟むことを憚られていた。
「とにかく俺は! 断じてこんな女なんか好きじゃねぇ!」
「こっちだって清雅なんかお断りよ! あんたみたいに椎茸の栄養素を知らない男なんか!」
「俺だっておまえみたいなやかましい女はお断りだ!」
「でもお似合いじゃん?」
「「どこがっ!」」
叫ぶ秀麗と清雅に、合いの手を入れる蘇芳。朝廷で最も位の高い宰相会議も、今や寄席へと化していた。
穏やかな午後、今日も彼らは喧嘩し続ける。
アホっぽいのは、おそらくタンタンの魔力です。
2006年10月15日(2006年11月15日mixiより再録)