邂逅





試合を観に来たはいいものの、目当ての榛名元希はまだ登板していない。
ならばまだ観る必要はない、と屑桐は直射日光に晒されているスタンドから影になっている階段へと向かう。
並んでいる売店を通り過ぎ、風の当たる場所を探して角を曲がると、どんっと何かに衝突した。
目線を下に向ければ、茶色のふわふわとしたものが見える。
ユニフォームを着ているからどこかの学校の野球部員だろう。
身体が軽い所為か、ぶつかった反動で尻餅をついてしまっている。
鼻を手で押さえている瞳は、痛さ故かすでに涙に濡れていた。
「大丈夫か」
尋ねると、びくりと肩が大袈裟なくらいに揺れる。
だが返事がないのでもう一度聞くと、今度は首が壊れるのではないかと思うくらいに縦に振られる。
しゃがみ込んだまま小刻みに震えている相手に、屑桐は手を差し出した。
彼は弱者が嫌いだったが、目の前の少年は弱いというよりもむしろ小動物に似た印象を感じさせたからだ。
歳の離れた弟妹がいるせいか、屑桐は幼さを感じさせる相手に弱い。
目の前に伸びてきた手に、ユニフォーム姿の少年は驚いたように顔を上げ、ぱちぱちと瞬きをした後、おそるおそるといった感じで手を乗せる。
指先が触れ合った瞬間、屑桐は瞠目した。

細く頼りなく見えた手が、確固とした『ピッチャーの手』だったのだ。

マメを何度も潰したことで出来てしまったタコ。硬い指先。厚い手の平。
傍から見れば不恰好なそれは、けれどピッチャーをしている者にとっては誇り以外の何物でもない。
自分自身の歩んできた道。努力してきた過去。未来へ繋がる自信。
触れるだけで分かち合える感覚と知ることの出来る闘志に、屑桐は意識的に目を細めた。
これだけタコを作るほど練習をしているピッチャーが、悪い投手なはずがない。
「貴様、名は?」
立ち上がった相手は屑桐より20センチくらい小さい。
またしても肩を震わせる様子は、本当に小さな子供のようだった。
きょろきょろと不安そうに視線を彷徨わせている間も、屑桐は静かに待つ。
自分と同じ、『投手の手』を掴んだまま。
「・・・・・・み、みはし・・・・・・れ、ん」
「高校はどこだ」
「に、にし、うら、で・・・す」
「そうか」
手を放すと、あからさまに安心したように肩を撫で下ろす。
わざとそう振舞っている感じはないので、おそらく性格的なものなのだろう。
目立ちたがり屋の多いピッチャーというポジションの中では異質だな、と屑桐は思う。
だけどおそらく――――――実力はある。
手がそれを証明している。
未だ視線を合わせずに怯えている『みはしれん』を一瞥し、屑桐は背を向けた。
己の硬い指先を握り締めて。

「貴様と当たるのを楽しみにしている」

きっと良い球を放るのだろう。
そう考えながら、『みはしれん』の手の平に期待を寄せている自分を、屑桐は感じていた。





2004年12月9日