成長は組がタイムトラベルしたようです。(第4話、戦いの始まり)





散開した後、五年い組の久々知兵助と尾浜勘右衛門が向かったのは、一年は組に与えられている生徒長屋だった。その行動は仙蔵の指示である。先程、侵入者を捕縛するために生徒たちが散っていった中、ふたりにだけ矢羽根が飛ばされたのだ。曰く、一年は組の笹山兵太夫と夢前三治郎の部屋を調べて来い、と。食満と伊作の証言によれば、侵入者はその部屋から現れ、そしてその内のひとりは同じく床下へ消えていったらしい。何かしらの情報が得られる可能性は高いだろう。よって遣わされたふたりは一年長屋にやってきた。は組の井戸の周りには桶が乱雑に散らばっており、それと破れた襖だけが先の交戦の跡だ。煙幕はすでに晴れていて、周囲に第三者の気配はない。
「お邪魔します」
「失礼しまーす」
断ってから足を踏み入れる。忍術学園は忍者を養成するだけでなく、行儀見習いで数年通うだけの生徒もいるため、礼儀作法はきちんと教え込まれている。食事の際の「いただきます」や「ごちそうさま」、何かしてもらったときの「ありがとう」などは人として当然の感謝なのだとその身に刻まれているのだ。
壊れた襖を見てから部屋の中に入る。長屋の部屋は一年生から六年生まで、どこも同じ広さで作られている。学年が上がるにつれ私物が増えたり、逆に減ったりもするが、兵太夫と三治郎の部屋はすでに多くの小物で溢れていた。衝立は端の方に寄せられており、布団はきちんと押し入れにしまわれている。一年生にしては綺麗な方だろうと久々知は感心した。気になるのは壁際にいくつも積み重なっている葛篭だが、中に何が入っているのか覗くのは流石に立ち入り過ぎだろう。
「ここから出入りしたみたいだね」
端が僅かに浮いている畳を、指を引っかけてひっくり返す。出てきた床板は四角く切り込みが入っており、小さな取っ手が刻まれている。ぎぎ、と少し音を立てて板を外せば、そこに覗くのはいくつかの長屋の骨組み、そして大地だ。久々知が苦無で荒く地面を削れば、そこにもまたあるべきはずのない扉が見えてくる。人ひとり通れるか否かの大きさのそれは、間違いなく地下への入り口だった。尾浜がこんこん、と軽く指で叩く。頑丈そうなその扉には確かに取っ手がついている。ひとつではなく、九つも。
「からくり扉か」
「流石は一年は組のからくりコンビ」
感心しながら、それでも厄介だと思いながら、久々知と尾浜は取っ手を検分する。からくり扉とは、正しい手順を踏んで取っ手を引かないと開くことの出来ない、防犯性の高い仕掛けだ。試しにひとつ引いてみると、取っ手は引き出しのように途中まで出てきて、そこで止まる。押し込めて今度はどこを引くべきかと考えるが、正解するまで試している悠長な時間は持ちえない。
「ごめん。帰ってきたらちゃんと謝る」
「今度お団子奢るから」
当の本人たちが侵入者であることを知らないため、上級生ふたりは律儀に謝罪をした後、久々知が懐から宝禄火矢を取り出した。小さなそれは爆発しても大した威力はない。けれど木の扉を崩すには十分だろう。床下から部屋へと上がり、導火線に火をつける。それを扉の上に置いた後で畳を閉じて、爆発を待った。どん、と一度足元が揺れて、ぱらぱらと何かの舞い落ちる音がする。それらが収まってから再び畳を剥がせば、行儀よく並んでいた九つの取っ手はすべて粉々になっていた。それでも扉の向こうは覗けず、どれだけの厚さなんだか、と尾浜が肩を竦める。けれど彼が体重をかけて蹴りを放てば、暗い通路が姿を見せた。
闇へと続く地の底は見えない。尾浜が縄?を取り出し、?のついている方を下にゆっくりと穴に落としていく。しばらく続けていると、こつんと先が地面に当たる手ごたえがあった。少し揺らしてみるけれども、鋭く尖らせた竹のような、そういった仕掛けはないらしい。縄?を回収して、互いを見あった後に尾浜が先に穴の中へと飛び込んだ。一応縄梯子がついているけれども、この深さなら問題はない。底はやはり大地で、足音を綺麗に吸いこんでくれた。周囲を見回し、潜んでいる気配がないことを確認してから手のひらで合図を送れば、数瞬して久々知も降りてくる。どこに敵がいるのか分からないから、明かりをつけることも出来ない。
(行こう)
(ああ)
目が暗闇に慣れ始めた頃、矢羽根を飛ばしてふたりは地下通路を進みだした。



「あ」
久々知と尾浜が地下通路を歩み始めたのと、ほぼ同時刻。焔硝倉の影で虎若と喜三太から配給されたおにぎりを食べていた兵太夫は、僅かに眉間に皺を刻んだ。開いたままにしていた隠し扉を鋭く見据える。
「兵太夫、どうかした?」
沢庵をぽりぽりと齧りながら乱太郎が問えば、返されるのは不機嫌な声だ。
「地下通路に侵入者」
「誰だろう? 兵太夫たちの部屋からかな」
「うん。目撃されたのがあそこだったからね、来るならそこからだと思ってたけど」
「下級生じゃないね、きっと。四年生か五年生かな?」
「四年の得意武器を考えれば五年が妥当じゃない? 誰だろうと構いやしないさ。この僕の城に足を踏み入れたんだ、丁重におもてなししてやるよ」
唇を吊り上げ、兵太夫は不敵に笑う。うわぁ何か立花先輩を思い出させるなぁ。そんなことを考えながら、乱太郎は味噌汁を啜った。兵太夫にはからくりの才能がある。罠を張り、相手を絡め取り、突き落とすことに関して、彼は天性の感覚を持っていた。それは五年前の段階ですでに花開き始めており、六年生になった今はすでに溢れんばかりの大輪の花を咲かせている。隠されている数多の扉には、それぞれに仕掛けが施されていた。そのひとつとして破られたとき、あるいは不当な手段で破壊されたとき、他の扉にも分かるようになっているのだ。でなければ逃げ場所のない地下通路なんて、ただの袋小路になってしまう。扉の裏側でそれを確認し、兵太夫はぺろりと自身の唇を舐めた。おにぎりの塩味が僅かな高揚を与えてくれる。
「一年生の僕が作ったからくりなんて、突破出来なかったら先輩の名折れだ。地下を行ってる三ちゃんはこの仕掛けを知ってるから、ちゃんと遭遇しないよう気を付けるだろうし」
「いっそ閉じ込めちゃえたら楽なんだろうけど、それもね・・・」
「いいんじゃないの。上級生が少なくともひとり、向こうからしてみれば侵入者の正体が不明だから組んで動いてるだろうし、そうするとふたりは地下で拘束出来る」
「出来ればそれが立花先輩とか七松先輩とかだといいね」
「まったくだよ」
上級生の能力にも一長一短がある。その中でも戦闘において警戒すべきは、火器を用いる仙蔵と、暴君の名をほしいままにした小平太だ。後方支援を主とする兵太夫と乱太郎にとっては、彼らのような前線組とは相対したくない。それが本音だ。ああいう戦闘民族の相手をするのが、きり丸たち遊動部隊なのだ。
遠くで三年生のひとりである神崎の声がする。「曲者だー! であえであえー!」という、まるでどこかの城の殿様のような大声に、乱太郎は思わず笑ってしまった。あんなに声を大にして叫んだら相手が逃げてしまうだろうに。しかし見つからなければ始まらないのが、遊動部隊の三人でもある。
「きり丸と団蔵と金吾。誰かな?」
「団蔵に煎餅一枚」
「確かに、そんな感じするかも。じゃあゆっくりと支援に行こうか」
弁当を平らげて、ふたりも立ち上がる。神崎が騒げば、間違いなくそれを聞きつけた上級生たちが集合するはずだ。一組や二組ならどうにかなるだろうが、それ以上現れたときはさすがの団蔵たちでも逃亡は厳しいかもしれない。それを手助けするのが乱太郎たち、後方支援組だ。ごちそうさまでした、と手を合わせて礼を言い、隠し扉を分からないよう潜めてから、影を伝って走り出す。ぎゃあぎゃあと騒ぐ三年生たちの声が、何だかやけに幼く聞こえた。懐かしい。思わず笑みが零れてしまう。



二年生と三年生が小隊に分かれるのを見届け、それぞれに巡回場所の指示を出してから、仙蔵と文次郎も学園長の庵を後にした。情報は基本的に保健室に待機する伊作に集めるよう決めてある。戦場で敵の手当てをしてしまうほどに人として優しく、同時に忍者としては愚かでもある伊作だが、有事の際の判断能力は決して悪くない。冷静に分析できる人物なのだ。それを買っているからこそ、仙蔵と文次郎は安心して自身も学園内を駆けることが出来る。
ふたりがまず先に向かったのは、学園の正門だった。この忍術学園には、「入門票に記名せずに入ってきた者」に関してのみ、天才的な才能を発揮する人物がいる。言わずもがな、事務員の小松田だ。先程、生徒と教師が全員集められたときにその姿はなく、かといって侵入者を探して学園中を走り回っていようものなら、声くらいは聞こえそうなものだ。何たって彼は、あの一年は組に負けず劣らず忍者らしくない存在なのだから。
だからこそ、よもやと考え、ふたりは正門に向かった。木造りの大きな門は閂で閉ざされ、脇についている通用口さえ開かれていない。地面に争った跡はなく、見る限り常と変わりはない。しかしだからこそ小松田の不在が奇妙であり、仙蔵は静かに門の横にある受付小屋へと足を向けた。気配はない。扉に手をかけ、そっと開く。午後の日差しを受けて薄暗い小屋の中が照らされていく。地面に横たわる何かが照らされていく。粗末な薄い布団が掛けられているそれは大きく、小松田と同じくらいの体積を示している。立ち止まった仙蔵の背後から室内を覗き込んだ文次郎が、明らかに顔を歪めた。
手を伸ばす。布団に指をかける。捲るのに恐怖を覚える前に、仙蔵はそれを剥ぎ取った。床に伏して、小松田の姿はあった。
「・・・眠らされているだけか?」
「ああ、そのようだ」
「ったく、余計な心配したぜ」
額に手を当て、文次郎が深く溜息を吐き出す。言葉とは裏腹に、その表情は如実に安堵を物語っていた。床に転がされている小松田は、ゆっくりと肩を上下させて安らかな眠りを貪っている。もう食べられないよぅ、なんて定番の寝言を言おうものなら、間違いなく仙蔵は彼の鼻を摘まんだだろう。しかし夢すら見ないほど深い眠りについているのか、否、つかされているのか、小松田は肩を揺すってもびくとも反応しなかった。口元に掌をかざして呼吸を確認し、首に触れて脈拍も一定であることを認めると、仙蔵は小松田の抱えている入門票へ手を伸ばした。眠らされても手放さなかったことを考えると、やはり彼はこの一点に関してだけはプロ忍者も顔負けである。かといって侵入者を通してしまっていては意味がないのだが。ぎゅっと握られている板をどうにか抜き取り、仙蔵は目を走らせる。そうして後ろの文次郎へと回した。
「『饅頭一郎、二郎、三郎・・・』って、何だこれ」
「見ての通りだろう。どうやら敵は堂々と正門を通ってきたらしい」
「間違いなく偽名だろうがな。馬鹿正直に名前の数通り、十一人と考えて良いのか・・・?」
綺麗な文字で記入されている、馬鹿馬鹿しいとしか思えない名前に、文次郎はあからさまに眉を顰める。しかし仙蔵は逆に笑い、小松田に布団をかけ直して立ち上がる。
「いいんじゃないか? 逆にこうも考えられる。侵入者は十一人。これは一年は組の人数と同じだ。奴らは、小松田さんと入門票という忍術学園に立ち入る上でこなさなくてはならない難点をあっさりと通過している。つまり一年は組の名前を知っていたことも踏まえて、敵は忍術学園に精通しているということだ。とすれば、もしも小松田さんが目覚めたときに追いかけられないよう、入門票には侵入者全員分の名前を書いたはず」
「伊作と留三郎が見たのが四人。あと七人か」
「ふ、厄介だな。留三郎を伸すほどの強さとは、正直四年以下では相手にならんぞ」
「口が笑ってるぞ」
「おや、それは失礼」
謝罪は言葉だけで、仙蔵は笑みを収める気はないらしい。くつくつと唇を歪める様は、六年間同室をやってきた文次郎からしてみ凶悪だ。ちょうど新しい宝禄火矢をあつらえたところだったんだ。そう言って仙蔵は笑い、もはや小松田には見向きもせずに受付小屋を後にする。入門票を机に置き、文次郎も小屋を出た。
「矢羽根を飛ばすぞ。侵入者は十一人だ」
「目的が不明なのが問題だな。どうする?」
「計画に変更はない。捕まえて吐かせる。それが王道であり基本だろう」
「分かった」
そうしてふたりは正門前から、校舎に向かって駆け出した。途中で紫色の制服が目に入ったので、矢羽根を飛ばしておく。情報伝達を担っている四年生は慌ててそれを受け取り、他の生徒たちに知らせるべく仙蔵たちとは異なる方向へと向かって行った。侵入者は十一人。予想外に多いな、と文次郎が訝しむ。そのとき、校庭から声がした。
「曲者だー! であえであえー!」
忍ぶのが信条であるはずの忍者には有り得ない大声に、思わず聞き覚えがあったものだから文次郎は眉を吊り上げる。神崎は後で説教だ。彼はそう誓い、仙蔵と共に進むべき方向を校庭へと向けた。



ひゅん、と耳を掠めた矢羽根に、きり丸は顔を上げる。とても幸運なことに忍たまの間で交わされる矢羽根は授業で習うものであり、それすなわち六年間学んできているきり丸たちにも読み取ることが出来るのだ。動向が筒抜けだぜ、お気の毒様。にしし、ときり丸は笑う。しかし侵入者が十一人であることは割れてしまった。こうなっては玉を奪取する隠密部隊を如何に彼らの目から隠しておくかが問題になる。手っ取り早く変装して、何人分か演じればいいか。自身の特徴でもある長い黒髪を撫で、軽く編み込みにしようかとしたとき。
―――木の葉を擦り抜けて飛んできた手裏剣が、数本の髪をさらって木に突き刺さった。
「っひゅー! おっかねー」
切られた髪が勿体ないとは思うけれども、とりあえず逃げる方が先決だ。見られているのは分かっていた。気づくならこの人だろうなぁとも思っていた。それは純粋なる実力への敬意であり、冷静な分析だ。だって、彼はこう呼ばれていた。六年生よりも術の上手い男。五年ろ組の変装名人。鉢屋、三郎。
休む間もなく飛んでくる手裏剣はきり丸の居場所を枝の上から奪っていく。と、と、と、と幹まで後退すれば、今度は容赦なく額を狙ってきた。このまま身を屈め、更にそこを狙って木から落とすことが目的なのだろう。さっすが鉢屋先輩。懐から縄?を取り出し、きり丸はその錘のついた先を上の枝へと投げて絡ませる。縄のついているこの武器は、図書委員会の委員長だった中在家長次が愛用していたこと以上に、使い捨てではなく手元に戻すことの出来る点が大変にきり丸の好みだ。ぐ、と右手で一度引いて強度を確かめる。いける。左手に煙玉を構え、きり丸は笑う。
「さぁ、勝負と行こうぜ? 双忍さんよぉ!」
煙玉を地面に投げつけ、白い靄が大木を中心に現れる。その中でもまっすぐに飛んできた手裏剣は、やはり残像を狙ったのかきり丸を掠めるに至らない。力強く枝を踏む。跳ぶ。縄?の長い縄を活かして、振り子のように躍り出るのは大地ではなく空中だ。見つけた。視力の良いきり丸の目は、手裏剣の軌道から的確に相手の位置を割り出し、屋根に潜めるようにしていた影を捉える。けれども視界の右隅から飛んできた苦無には、避けようとして思わず縄?から手を離してしまった。やべ、と一瞬だけ焦り、けれどもきり丸は宙で姿勢を正して綺麗に着地する。ぺろりと唇を舐めたのは緊張ではなく高揚だ。面白くなってきた。そう思うと同時に。
・・・ひやりと、きり丸の腹の中で、冷たく重いものが蠢いた。



きり丸が鉢屋三郎と不破雷蔵に発見され、攻撃を仕掛けられたのとほぼ同時刻。地下通路を進んでいた久々知と尾浜は、分かれ道を前にして選択を強いられていた。目の慣れてきた闇の中、それはうっすらと光さえ放っているような気がする。否、有り得ない。有り得ないはずなのに、見えてしまった以上無視は出来ない。
「・・・どうする?」
「・・・どうしよっか?」
相手の正体が分からない以上、一人で行動するわけにはいかない。故に、進むならふたり一緒だ。右の通路か、左の通路か。どちらを選ぶか、それが問題だ。
久々知と尾浜は難問にぶち当たっていた。彼らが今いるのは兵太夫と三治郎が力を合わせて作り上げた、地下の迷路。分かれ道の中央に立てられた看板には、墨でこう書かれている。
右→ぎんぎん
左→いけどん
究極の選択は、未だ迷宮の序章に過ぎない。





きり丸VS双忍、久々知&尾浜VSからくりコンビ作地下迷宮
2013年3月31日(pixiv掲載2012年1月28日)