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他人の爆発を美しいと思ったのは、初めてだった。





爆せよ、未来





仙蔵が長屋に戻ったとき、すでに周囲は寝静まっていた。夜は忍びの時間といえども、学生である彼らにとっては睡眠も十分に取らなくては身体を作ることが出来ない。陽が沈んでからしばしが各自鍛錬の時間であり、日付が変わる頃になれば誰もが自室に戻り布団へ潜る。そんな中学園へと戻ってきた仙蔵は、しゅるりと小さな音を立てて自身の頭巾を外した。教師に見咎められることはない。彼の今日の外出は師の知るところであり、また正当なる理由によるものだからだ。縁側の先で足袋を脱ぎ、土を払って部屋へ上がる。自室の扉へ指をかけたところで、ぴくりと仙蔵は眉を動かした。けれども自然な動作で戸を横に引く。月光が細い道を部屋の中へと作り出す。
「何だ、起きていたのか」
闇の中へと響いた声は、存外の大きさになった気がする。けれども戸を閉じてしまえば、中の音が外へ漏れ出すことはない。胸元から火種を取り出し、仙蔵は慣れた仕草で机の上に明かりをともす。ぼおっとした橙色の光が同室者の顔を浮かび上がらせた。
「文次郎」
「・・・遅かったな」
「今夜は帰れるか分からないと言っておいただろう? だが、結果は上々だ。先生方には良い報告が出来る」
「内定が取れたのか」
「ああ。やはりいくら私といえど緊張したな。実力的には問題ないだろうとは思っていたが、ずっと勤めたいと思っていた軍だ。門前払いされても可笑しくはなかったのに、あの方は私に目を留めてくださった。私の才を認めてくださり―――・・・」
「仙蔵」
常の冷静さが上滑りし、言葉が仙蔵の唇を次々に突いて出る。浮かれているのだろう。それだけ嬉しかったのだ。否、喜びは今もこの身に満ちている。おそらく実際に学園を卒業し、従軍してもなお募ることでしかない思いだ。だが、だからこそ興奮を途中で遮られ、仙蔵は眉を顰めて文次郎を見やる。部屋の中央に置いてある仕切りが、今日はない。敷いた布団の上で胡坐を組んでいる文次郎はすでに夜着姿で、目の下の隈が揺れる蝋燭の向こうでやけに深く見えた。
「おまえ、それを本気で言ってるのか」
「・・・ああ。何の問題がある?」
仙蔵の手のひらから頭巾が机へと静かに落ちる。睨み上げてくる文次郎の視線は険しい。敵意にも等しいそれに、ふっと仙蔵は笑ってみせた。そして告げる。胸を張り、誇らしく。抱くのはあの日、天を覆った美しい爆発だ。
「私は松永軍に入隊する。松永久秀様の手足となって働くことが、私の望みだ」
ぐ、と膝の上で握り締められた拳を見て、仙蔵は悟る。文次郎は松永がどういう男か知っているのだ。いや、このご時世知らない方がおかしいだろう。ましてや自分たちは間もなく迎える春を期に、卵から一人前の忍者へと肩書きを変える身。知らない方がおかしいのだ。松永久秀の率いる集団は、軍を名乗れど正式なものではない。略奪行為を繰り返し、忠義や思想などを一切持たない純粋なる悪。己の欲望のままに生きる、それが松永久秀という男だ。彼に追従する集団は多くの城と敵対し、各地で数多の犠牲を生んでいる。だが、仙蔵はそんな松永に仕えたくて仕方が無かった。あの日、音を立てて燃え盛る炎を目にしたときから。立ち昇る火柱に魅入られたときから。
「何で・・・っ!」
盗賊団とされる松永軍に入りたいと思うことが信じられない、あるいは許せないのだろう。不理解に顔を歪めて怒りをあらわにする文次郎に、仙蔵は冷静に思考を切り替え、笑ってやった。
「何故? それを貴様が言うのか、文次郎」
二度目、震えた拳が今度は違う意味合いを持っていることを仙蔵は確信している。
「おまえがどこに内定を貰ったか、私が知らないと思うのか?」
「っ・・・」
「言えないのなら代わりに言ってやろう。第六天魔王、織田信長。それがおまえの仕える主だ」
違うか、と問えばやはり文次郎は拳を握り締めたが否を唱えない。基本的に、忍術学園では卒業後の進路について他言しないことになっている。だが、同じ部屋で寝食を共にしていれば見えてきてしまうこともある。例えば文次郎が、仙蔵がある戦場をきっかけに、松永にのめり込むように傾倒していく様に気づいたように。例えば仙蔵が、文次郎が世界征服を唱える織田に決めるまで、どれだけ葛藤していたか知っているように。それでも見えてしまっても口が出せないこともある。そうして行き着いた先が、今この進路になっているのだ。
「解せんな。どうしてあんな魔王に仕えたいと思う? 織田軍なんて残虐非道なだけの集団ではないか。恐怖で他を支配する? 武力しかないのだと言っているも同然だろう」
「・・・信長様を馬鹿にするな。あの方は天下布武を掲げ、万人万事、何事にも心を乱されることはない。あの御姿こそが、俺たち戦場に立つ者の本来あるべき姿だ」
「刃向う者は殺す、それに惑いながらも従おうとするおまえが哀れでならん。その点、松永様は素晴らしいぞ。あの方は己の欲望のみに従って生きておられる。あれこそが人の本来あるべき姿だ」
「仙蔵、忍者の三禁を忘れたか」
「まさか。忘れたのではない、破るのだ」
は、と笑った仙蔵が浮かべるのは嘲笑でしかない。今となっては三禁なんてどうだっていいとさえ思える。その枠組みを飛び越えたところに次の舞台が存在するのだ。欲望に生きてこその人間、それを松永は仙蔵に教えてくれた。あの美しい爆発と共に、仙蔵の頬を撫ぜ、道を示してくださったのだ。
「私は、あの方と共にいく」
勢いよく立ち上がる文次郎の目にはもはや敵愾心しか見えない。それでいいと仙蔵は思う。もともと自分たちは卒業したら、出会う戦場によっては殺し合わなければならない身。それが前もって明確になっただけの話だ。
「松永様と織田信長は相容れない身。私とおまえが戦場で会うのも、そう先のことではなさそうだな」
「・・・信長様に害をなす者は許さねぇぞ」
「私とて、松永様の道を邪魔する者は許さない。覚えておくんだな、文次郎」
視線だけで射殺されそうな眼差しににこりと笑い返し、仙蔵は握手のために手を伸ばす。
「まぁ、卒業するまでは友人だ。仲良くやろうじゃないか」
春まであと、三ヶ月。





酷い六いになってしまった・・・。
2011年10月15日