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三年生の中で最も優秀なのは、間違いなく伊賀崎孫兵だ。常は毒虫野郎と呼ばれ、危険な生物を飼育しては逃がしてしまうを繰り返し、生物委員会を始め学園のトラブルメーカーとなることも少なくはない。しかし、三年の中で最も優秀なのは、伊賀崎孫兵で違いなかった。真面目に座学に取り組み、学んだ知識を活かすだけの頭脳があり、力も速さも身のこなしも軽く平均を超える。毒を持つものを愛するが余り人間に興味の薄い性質は、逆にどんなときでも彼を冷静にさせた。度胸があり物怖じしない。それでいて礼節と常識も併せ持っており、いざとなれば完璧な所作を取ることが出来る。伊賀崎孫兵は優秀だった。だからこそ、忍務に駆り出されるのも彼が一番早かった。
忍務とはいえ、まだ三年生。戦場に行かせるわけもなく、いつものお使いと変わらない簡単なものだった。ただ訪れる先が寺の和尚ではなく、忍術学園と比較的有効な間柄にある城の主の元だったというだけ。渡した巻物に何が記されていたのか孫兵は知らない。知らなくていいと考えているし、興味もない。ただ、学園長がこの巻物を城主へと渡せ、そう言ったから遂行したまで。戦はまだ起こっておらず、道中気を付けるように言われたが、行きがけに苦難はなかった。あい分かった、大川殿にはおって返事をしよう。城主の言葉に頭を軽く下げ、孫兵は天井裏へ消える。そこかしこから城抱えの忍びの気配がし、学園とは違って警戒を孕んだそれは微かに孫兵の肌を粟立たせた。思考は澄み渡る。月は雲に隠れて宵は深い。生き物は孫兵の管轄だ。彼は毒のあるものを至上とするが、それ以外だって決して嫌いではない。むしろ愛している。人間以外は。
ひとつ、ふたつ、みっつ。呼吸が聞こえる。首元でジュンコがちらりと赤い舌を覗かせる。その何と美しいこと。人間の流す血がすべておまえのように美しかったら、僕も愛でてあげられたのだけれど。愛蛇を撫ぜ、孫兵は笑む。帰路、邪魔をされるわけにはいかない。おそらく敵方は孫兵を捕え、城主に渡した情報がどんなものか吐かせたいのだろう。戦えば容易く負けることなど分かっている。力量の差を見誤ったりしない。そんなところでも孫兵は優秀だ。生き物は正しく相対者を評価する。捕まれば待つのは常に死だ。だが、ただ逃げ帰るだけでは敵方に孫兵の所属を、そして学園の場所を教えることになってしまう。それはいただけない。あそこには孫兵の愛するたくさんの毒虫たちがいるのだから。やるべきことは奴らを撒くこと。殺しはしない。人間を愛さない孫兵にとって手をかけることは難しくないのかもしれないが、まだそのつもりはない。殺人実習は四年から始まる。急がなくても時は来る。だから孫兵は殺さない。ああ、でも。彼は闇夜に混ぜるように呟いた。
「作兵衛たちが心配するかな・・・? 竹谷先輩にも、遅かったとかいろいろ言われそうだ」
困ったな、とさしてそう感じさせない声音で溜息を吐き出す。ひとつ、ふたつ、みっつ。この森にいる孫兵の愛さない生き物は三匹だけだ。それらを撒いたら帰るとしよう。恐れはない。自信はある。自然という人間以外の生き物が実力を発揮する世界において、自分がどれだけ適しているかを孫兵は知っている。だから身を隠す術には困らない。月を見上げて孫兵はジュンコと同化した。人間の気配が消え、敵方の動揺と焦りが空気を介して伝わる。森の中、夜は視界が悪い。ちょっと草むらの影に腰を下ろすだけで、もはや孫兵は人間ではなくなった。後は敵が勝手に探して、見つけられず、誤解するなり何なりして、どこかへ行ってしまえばいい。ジュンコと共に丸まって、孫兵は束の間の休息を取ることにした。
こんなことなら毒虫に生まれてくれば良かった。往々にして孫兵は、そんなことを考えている。
鉢屋の日に何故か三郎ではなく孫兵をアップ。孫兵はピンで好きです。
2011年8月8日