今の五年は個に秀でていない。鉢屋三郎の変装という例外はあるにしても、それでも彼を含めた五年生全員に言うことが出来た。今の五年は個に抜きん出ていない。けれどその分、総合力は高かった。忍者にとって何が最良かは分からないけれども、それでも彼らは何事もある程度こなせるだけの実力がある。逆に、今の六年は個に満ち満ちていた。当然ながらすべてに手を抜きはしなかったが、それよりも彼らは自らの選んだ道を究めることに重点を置いた。だからこそ今の六年は個性に溢れ、勝手な振る舞いをしているかのように周囲には映る。
そしてそれは、今の四年にも言えることだった。戦輪の平、石火矢の田村、蛸壺の綾部、そして髪結いの斉藤。彼らもまた個を愛し、己の道に順ずる者だった。





挑まし我らの御心に ( 後編 )





合図は密やかに行われた。時を狙って、高い木の上から。間髪入れずに石火矢の放たれる爆音が響き、夜の静寂を打ち破る。六年い組の陣地の真っ只中に落ちたそれは衝撃によって割れ、中から白い煙を噴き出し始めた。防衛のために残っていた六年が六人、巻物を背に庇って周囲に武器を向ける。来たか、と文次郎が珍しく愉悦を含んだ声音で呟いた。
「田村ぁ! おまえも会計委員なら煙幕なんて小手先の芸なんか使わずかかって来い!」
「喜八郎、おまえもだ。この私に一矢報いる滅多に無い機会だぞ?」
すでに三回目の経験になるからこそ、仙蔵たちには検討もついていた。敗退が決まれど、それを良しとしない輩が毎年少なからず出てくる。去年は鉢屋を中心にしていたし、その前は文次郎や仙蔵たちも巻物を奪われてなお実習に参加し続けた。だからこそ来ると思っていた襲撃に落ち着いて対処することが出来ている。
煙幕が立ち込める中、小さな光が視界を横切る。くないで叩き落せば案の定戦輪で、四年の実力者たちが総攻撃を仕掛けてきたことが見て取れた。うっと小さな声をもらして、六年のひとりが地に膝を着く。夜目に外傷は見られなかったが、おそらく戦輪に何かしらの薬が塗られているのだろう。小さな傷でも一瞬で発露させるほどの、強力な薬。気を引き締めて弾こうとするが、戦輪は見事な動きでそれを交わして投手の元へと戻っていく。
「そこかっ!」
高い大木に向かってひとりが駆け出した。すぐに見えなくなったその姿を認識した逆側から、文次郎に向かって鋤が繰り出される。気配すら感じさせずに肉薄したのは委員会の後輩ではなく、得体の知れない大きな眼だった。飛びずさった文次郎を追って二撃が繰り出され、交わして着地した足場は蛸壺によって崩れ去る。その瞬間を狙って振り下ろされた鋤をくないで受け止めれば、ちっという舌打ちが聞こえてきた。
「・・・・・・いい度胸じゃねえか。作法委員の鼻っ柱をへし折ってやる」
「潮江先輩は昼でも夜でもギンギンですね」
「関係ないだろう、それは!」
思わず怒鳴って腕を振り回せば、喜八郎は軽やかに飛んで後ろに下がった。愛用の鋤を抱えている姿はどこか間抜けな印象だけれど、実際にその道具が紅に染まる瞬間を想像すれば寒々しくもなる。四年の中で一番予想がつかないのが、この綾部喜八郎という存在だと文次郎は考えていた。気を引き締めてくないを握る。
文次郎と喜八郎が相対しているのと同時に、宙ではいくつもの小規模な爆発が起こっていた。仙蔵の放る焙烙火矢を、三木ヱ門の石火矢がことごとく打ち落としていく。逆に三木ヱ門の放つ砲弾を相殺し、両手に愛用の爆弾を抱えて仙蔵は唇を吊り上げた。
「ほう。なかなかやるな、田村」
「・・・・・・火薬に関する知識は劣れど、火器に対する愛情ならば負けません」
「よく言った。その愛がどれほどのものか、この立花仙蔵が見定めてやろう」
すっと懐に手を入れた次の瞬間には、無数の小さな焙烙火矢が雨のように三木ヱ門をめがけて降り注いでくる。息を呑んだのも束の間、三木ヱ門は抱えていた石火矢の口を地面へと転換して打った。舞い上がった土が火薬の威力を抑えてくれたが、それでも余波を受けて転がる。受身を取る傍ら、仙蔵から繰り出された蹴りが石火矢の側壁を剥がしていった。もうこの武器は使えない。潔く石火矢を相手に向かって投げつけ、その間に距離を取って次の火器を構える。自身と同じ焙烙火矢を見止めて、ほう、と仙蔵が愉快そうに笑った。この焙烙火矢には、罠用の光らない鉄線を仕込んである。縄標と同じように変幻自在に方向を変えるのだ。仕留めてみせる、そう誓って三木ヱ門は次の手を放った。
「ぎゃーっ!」
「逃げるな、斉藤!」
「だってだって待ってよ! 速いよ、怖いよ先輩!」
「実習ってのはそんなもんだろ!」
「僕は素人なんだから手加減してくれてもいいのに!」
「誰がするか! おとなしく食らっとけ!」
「わあああっ!」
大木の下では、二人の六年生を相手にタカ丸が逃げ回っている。繰り出される拳やくないを間一髪で避けながら、ぐるぐると幹を旋回しては待ち伏せされ、それを交わしてはまた逃げるを繰り返していた。しかしついに手首を掴まれ、力の限り引っ張られる。痛い、と叫びながらも反射がタカ丸の身体を動かした。辻斬りの時に培った距離感が相手との最適な位置を選び取る。掴まれた腕を捻り、逆に掴み返し、足をかけて反動を利用して地に叩き伏せる。習った人体の急所に追い討ちをかければ、六年生の身体から力が抜けていくのが分かった。その隙を狙って後ろから飛び掛ってきたもうひとりを背負い投げるが、それは受身を取られて立ち上がられる。暗闇の中、タカ丸は必死に目を凝らして目前の相手を睨み付ける。大木がかすかに葉音を立てた。言われていた通りの時間は稼げた。後はひとりで頑張らないと、とタカ丸は唾を飲み込む。
枝を蹴って、滝夜叉丸は飛んだ。降り立ったのは巻物のすぐ近くで、足元には先ほど戦輪で傷つけた六年がひとり転がっている。文次郎は喜八郎が、仙蔵は三木ヱ門が、二人をタカ丸が引き付けているため、この場にいる残る六年はただひとりだ。間髪を入れずに懐へ潜り込み、体格差を活かして鳩尾に拳を叩き込む。くらりと崩れた相手に飛び上がって回し蹴りを食らわせれば、完全に後ろに倒れた。
巻物は、すぐそこの岩の上。手を伸ばせば届く。けれど滝夜叉丸は、怖気だった背に従って逃げた。一瞬前まで立っていた地面が消えている。そこから伸びてきた手は逃げ遅れた滝夜叉丸の足首を掴み、絞るかのような力で引き寄せる。に、と闇の中に浮かんだ白い歯に息を呑んだ。
「七松先ぱ・・・っ!」
最後まで呼べずに、滝夜叉丸は地に叩きつけられた。衝撃が呼吸を奪い、瞼の裏側で星を飛ばす。打ち所が悪かったのか意識が次第にぼんやりとし始め、その視界の中で文次郎と仙蔵が振り向いたのが分かった。巻物を掴んだ小平太の笑い声が聞こえる。
「長次、パス!」
巻物が宙を舞った。どこからか飛んできた縄標がそれを絡め取り、己の方へと引き寄せていく。―――させてなるものか。その意地だけが滝夜叉丸を動かした。指先の感覚は薄れつつあったが、何千、何万回と放ってきた戦輪は美しい軌跡を描きながら縄標へと向かっていく。縄が切断され、巻物が宙に浮いた。三日月が雲の合間から顔を出し、月光の中に影が出来る。撃て、と呟いたのを最後に滝夜叉丸は意識を失った。
動いたのは彼らが先だった。喜八郎が文次郎を、タカ丸が六年を放り出して仙蔵に向かって直進し、ただがむしゃらにしがみ付いて押さえ込む。自由になった三木ヱ門は腰に下げていた小型の石火矢にすぐさま着火し、その経口を光へと向けた。どん、と音がして放たれた砲弾は外れることなく巻物に命中した。紙は小さく粉々になって、まるで雪のように彼らへと降り注ぐ。皆が呆けて、それを見上げた。
いち早く我に返った小平太が、文次郎の追撃を振り切って己の掘ってきた塹壕から逃走していく。すでに長次が周囲にいるはずもなく、あたりに転がっているのは四人の六年生と、気を失った滝夜叉丸、そして地面に座り込んでいるぼろぼろになった四年が三人。やれやれ、と肩を竦めた仙蔵の背後に、他組の巻物を奪いに行っていた級友が降り立った。
「立花!」
「ああ、すまない。してやられた。小平太がちょっかいをかけてこなければいけたんだろうが。・・・・・・いや、ここは素直に後輩の成長を褒めるべきだな」
「こいつらは敗退した時点で、『巻物を傷つけてはいけない』という規則を守らなくて良くなってた。そこを突かれただけだろ」
「しかし私たちはそれさえも考慮しておくべきだった。いやいや、なかなかどうしてやるじゃないか。おまえも楽しんでいただろう、文次郎?」
途端に仏頂面になった文次郎に仙蔵は笑った。余力の残り具合から計るならば、圧倒的に自分たちの方が勝っていたのだと主張できる。それでも四年四人は策を練り、そして突発的な事態にも対応してきた。彼らが最初から「巻物の破壊」を視野に入れていたことを考えれば有利不利は否めないけれども、それでもそう悪い気はしない。ぽけっと口を丸く開けていた喜八郎が、膝で滝夜叉丸の元へと擦り寄っていく。何度か頬を叩き、呼吸を確かめ、気を失っているだけであることを確認すると安堵したように肩を下ろした。文次郎が放り出されていた鋤を拾い上げる。仙蔵は大股で歩いて滝夜叉丸に近づくと、その身体を軽々と肩に担ぎ上げ、めいめいに意識を戻したり、集まり始めていた級友たちへと告げた。
「さて、私と文次郎はこれから鉢屋を叩き潰しに行く。もう巻物は無い。おまえたちも好きにしろ」
仙蔵は空いている方の手で喜八郎の襟首を掴む。文次郎も鋤を持たせた三木ヱ門と、腰を抜かしてしまっているタカ丸を両手に引き摺りながら、五年ろ組の陣地のある方へと向かって歩き始めた。顔を見合わせていた六年い組の面々も、それぞれに唇を吊り上げる。
「なら俺は、七松に逆襲を仕掛けてくるかな」
「ああ、俺もそっちに行く」
「私はは組だ。あそこは今、五年い組とは組と争っているから、あわよくば三つ巻物を奪えるぞ」
「いいな、それ」
話はあっという間にまとまり、好き勝手に動き出す。引き摺られて石やら何やらにぶつかって尻が痛いのだけれど、逆らう体力の無い三木ヱ門を見下ろして文次郎はにやりと笑った。
「まさか自分たちに拒否権があるなんて思ってないだろうなぁ? 俺たちに喧嘩を売ったんだ、その根性を認めてせいぜい利用してやる」
あくどい言葉に、タカ丸が情けない声で「うわぁ嬉しー」と返事した。意識が戻ったのか、仙蔵の肩で滝夜叉丸がぴくりと動く。三日月はまだ闇夜の中天にあり、実習は終わりを見せない。更に混沌とした争いの火蓋が、今切って下ろされようとしていた。





ちょーじちょーじ見た!? うちの滝夜叉丸、すごいだろっ!
2009年1月20日(2009年6月11日mixiより再録)