「ねぇねぇ何で忍術学園のみんなは全員同じ髪型をしてるの? 頭巾が被りにくいから? それは分かるけど、でも年がら年中同じだなんて、そんなの駄目だよ! 髪は気分を変えてくれるんだから、いつも気を配って手入れしなくちゃ。いけてない髪型の時は気分だって落ち込んじゃうし、何をしたって駄目駄目になるけど、逆に髪型がいけてれば何だって出来るんだから。めちゃくちゃな理論だなんて、そんなことないよ! 少なくとも気分転換にはなるんだから、毎日にめりはりが出るし、自分自身の容姿に気も使うようになって、女の子にももてるようになって、ほら一石二鳥! あれ、三鳥? とにかく、だから、ね? 授業中が駄目なら放課後だけでもいいから! ね、ね! 滝夜叉丸君、喜八郎君、三木ヱ門君、僕たち友達だよね!?」





俺とあいつと黒髪美人





前からやってくる紫色の制服を目に入れたとき、三之助は「あれ?」と首を傾げてしまった。並んで向かってきているのは、委員会の先輩でもある滝夜叉丸と、その同室者の喜八郎だ。四年だ、と隣で左門が嫌そうに呟き、作兵衛が心持ち壁際に寄って道を開ける。しかし三之助は不思議な感覚に捕らわれていた。近づいてきている滝夜叉丸が、誰かに似ていると思ったのだ。誰だろうと目を凝らしてよくよく観察してみれば、それはすぐに分かった。三之助の実姉に似ているのだ。自分より少し高い背丈だとか、姉はきっと怒るだろうがぱっと見の体型だとか、何より緩く編みこまれて左肩から前に流れている黒髪だとか。いつもと違う髪型をしている滝夜叉丸の隣には、これまたいつもと違って高い位置で二つ結びにしている喜八郎がいる。何なんだこの人たちは、変なのはいつものことだけど、などと失礼なことを考えながら三之助は口を開いた。ちょうど次の委員会の召集について聞いておきたかったのだ。後数歩の距離まで縮まったところで、三之助は滝夜叉丸を呼んだ。意識せずに、ぽろっと。
「姉貴、次の体育委員会のことなんだけど」
刹那、五つの足音が止まった。三之助自身、唇を丸く開いた形で固まってしまい、滝夜叉丸はすぐ向かいでこれ以上ないほどに目を大きく見開いている。まずった、と全身の血が下がるのが分かって、慌てた三之助が言い直すよりも先に喜八郎が「おやまぁ」と抑揚なく感嘆した。
「姉貴?」
「姉貴!?」
「姉貴だって」
「姉貴なんだな!」
「滝ちゃんが次屋の」
「平が三之助の!」
「姉貴」
「姉貴か!」
喜八郎が淡々と、左門が勢いよく、これまた息が合ったように繰り返す。心臓から爪先にまで羞恥が一気に伝わって、ぱくぱくと唇は動くが言葉にならない。じっと見つめてくる滝夜叉丸の視線がこれまた突き刺さるように感じられて、三之助は強く唇を噛み締めて踵を返した。耳まで熱い。
「待て待て待て待てっ! 今のおまえを逃がしたら日暮れまでどころか三日三晩は迷子になりそうな気がする! お、落ち着け三之助! 聞いてないから! 俺たち何も聞いてないから!」
「姉貴ー」
「姉貴ー!」
「黙れ、左門! ああもう綾部先輩も黙ってください! 止まれ三之助、とーまーれー!」
脱兎のごとく逃げ出そうとした腰に作兵衛がしがみつく。それをずるずると引きずりながらも、三之助は必死だった。滝夜叉丸と姉を呼び間違えるだなんて、どうしてそんな馬鹿なことをしてしまったのだろう。先生をお母さんと呼ぶ一年生と何ら変わらない、むしろそれ以下だ。恥ずかしさのあまり穴があったら入りたい。目尻に涙まで滲み始めたとき、はぁ、という深い溜息が聞こえてきた。それが誰の発したものか分かったからこそ、三之助の足も止まってしまう。
「・・・・・・とりあえず落ち着け、三之助。言い間違いくらい誰にだってあるだろう」
「姉貴ー」
「おまえは黙れ、喜八郎」
ぺし、と軽く叩くような音がした。声が存外に柔らかく、咎めるような気配を帯びていなかったため、三之助もこっそりと振り返る。相変わらず編み込んだ髪を肩に流している滝夜叉丸は、少しばかり困ったように眉を下げていた。目が合ってしまい、びくりと肩が跳ねる。姉呼ばわりされたにも関わらず、それでも滝夜叉丸は怒ってはいないようだった。
「何だ、三之助。おまえは姉がいるのか?」
「・・・・・・っす」
「いくつだ?」
「・・・俺より、五つ上で。去年、嫁に行きました」
「私と呼び間違えたくらいだから、さぞかし美しい姉上なのだろうな。まぁ私の方が美しいには違いないが!」
「あんた、いい加減にその性格どうにかなんないんすか」
反射的に言い返せば、にやりと滝夜叉丸が笑った。いつもと違って頭巾を外しており、髪型が女性的なものだからかその顔は少女そのものに見える。けれど性格の悪さは隠しきれなくて、三之助はうんざりとしてしまった。作兵衛がようやく三之助の腰から腕を放し、それでもしっかりと袖口を確保しながら問いかける。
「それより先輩方、その髪型はどうしたんですか?」
「ああ、タカ丸さんの提案だ。気分転換と自己研磨を兼ねてだな」
「はぁ」
「慣れない環境で頑張るタカ丸さんに息抜きを」
「なるほど」
可愛いでしょう、と喜八郎は小首を傾げるが、どう答えれば良いものか作兵衛が言葉に詰まる。女みたいだな、と遠慮なく左門が断言すれば滝夜叉丸からでこぴんが飛んだ。田村に訴えてやる、という声には「あいつも今日はふわふわのくるくるだぞ」と返される。その頃になれば三之助も羞恥の引いている自身に気づき、それは滝夜叉丸の態度がいつも通りだったからだということにも気が付いていた。ありがたいが、むっと不貞腐れてもしまう。こういうときに滝夜叉丸は年上で、自分は年下なのだとまざまざ見せ付けられる気がするのだ。
「姉上がいなくなって寂しいのだな。三之助、これからは私を姉だと思って敬っていいぞ」
「ぜってーやだ」
「生意気な弟だな」
「ちょっ! あんた、本気で止めっ」
ぐりぐりと上から押し付けるように撫でられ、三之助が抵抗すればすぐに手は離れていく。指の合間から滝夜叉丸が笑っているのが見えた。四年二人が脇をすり抜け歩き出す。またね、と喜八郎が手を振り、三之助と左門と作兵衛は何とはなしに立ち止まったまま見送った。そこでようやく思い出し、今度は気をつけながら呼びかける。
「滝夜叉丸先輩、次の用具整理っていつっすか?」
「明日の放課後だ。遅れるなよ」
「うーっす」
「こら、何だその返事は」
やる気の無い応えを返せば、窘めるような叱責が寄越される。それでもそのまま去っていく滝夜叉丸の後頭部で、今日は黒髪がさらさらと揺れない。姉を思い起こし動転してしまったが、編み込みは滝夜叉丸によく似合っていた。いつもの居丈高な雰囲気が少しだけ緩和され、優しく見えた。作兵衛と左門が歩き出す。明日はどんな髪型なんだろうなぁ、と考えつつ、三之助も滝夜叉丸に背を向けた。





多分、癪だけど、どんな髪型でも似合うんだろう。本人には死んでも言わないけど。
2009年1月11日(2009年3月22日mixiより再録)