合同実習を前に、二人組みを作るくじ引きが行われた。三年と四年がそれぞれに分かれてくじを引き、そこに書いてある同じ番号同士が組まされる。十三、という数字を手に相手を探していた滝夜叉丸は、判明した相方を前に軽い溜息を吐き出してしまった。
「よりによっておまえか、三之助」
「溜息つきたいのはこっちっすよ。委員会で毎日顔を合わせてるってのに、何で実習まで」
見慣れた顔を前に、お互いむうっと眉を顰めあう。けれどくじがやり直されることはなく、教師による実習の説明が始まった。





順風なるスタァトダッシュ





実習の内容は簡単だ。一組一枚渡される木の札を、丸一日かけて奪い合う。明日の朝を迎えた時点で、どれだけ札を持っているかが物を言うのだ。もちろん取られた後に取り返す行為も許されており、ひたすら神経を張り巡らせて臨まなくてはならない。気力と体力が試される試練だが、その裏には別の思惑があると滝夜叉丸は読んでいる。三年にとっては上の者に使われることを覚える中での、主体性の確立。四年は逆に下の者を使うことを覚え、そして如何に適確な指示を出せるか。学園内でも際立って仲の悪い両学年を組ませることによって、相手がどんなに嫌な人物だろうと任務は確実にこなす、その自制心も問われるのが今回の実習だ。簡単に見えて盛りだくさんだな、と小さく呟いて滝夜叉丸は今回の連れである次屋三之助に向き直った。
「三之助、伊賀崎は誰と組んでいた?」
「孫兵、っすか?」
「そうだ。私の位置からは見えなくてな。誰と組んでいた?」
「えーと・・・よく知らない奴でした。たぶんは組の、髪が短くて、ちょっと背の低い」
「ああ、分かった。ならば助かったな。今回は伊賀崎を気にしなくて済みそうだ」
滝夜叉丸が率直に安堵を漏らせば、三之助が訝しげに首を傾げる。二人は今回の実習領地内である裏山の、体育委員会で先日掘ったばかりの塹壕の中にいた。委員長である七松小平太が岩場や木陰など気の向くままに突き進んだため、ちょっと見たくらいではそこに塹壕があることなど分からない作りになっている。元よりマラソンコースで毎日裏々山までは最低でも走る体育委員だ。裏山などすでに庭でしかなく、滝夜叉丸と三之助にとって知らない場所などないに等しい。
「何で孫兵を気にするんすか?」
同じ委員会の後輩である自分ではなく。小さく返した三之助の言葉の中に、ほんの少しの拗ねが混ざったことに気がついたのだろう。滝夜叉丸はぱちりと目を瞬いてから、ゆるりと唇の端を吊り上げた。
「何だおまえ、妬いてるのか?」
「んなわけないっしょ。滝夜叉丸先輩こそ、頭沸いてんじゃないですか」
「先輩に対して何だその物言いは。いいか? 私が伊賀崎を気にするのは、奴が三年の中では最も厄介な存在だからだ。薬から精製する毒に関しては善法寺先輩が一番だろうが、自然界にある、特に虫の持つ毒に関しての知識と扱いでは、すでに伊賀崎は学園一だ。伊達に『毒虫野郎』と呼ばれてるわけじゃない」
きょとんとした顔になった三之助を見やり、滝夜叉丸は僅かに言葉を選ぶ。けれど相手が大人しく聞く態勢を作っているからか、浅く溜息を吐き出してから先を続ける。
「・・・・・・だからこそ本音を言えば、組む相手は伊賀崎が良かったんだ。厄介な奴は敵であるよりも味方でいてほしい。そう考えるのは当然のことだろう?」
「・・・・・・悪かったっすね、孫兵じゃなくて」
「拗ねるな、拗ねるな。少なくとも私とおまえには委員会で培った協調性があるからな。少なくとも他の組よりは格段に有利だ」
「俺だって、棒術なら三年の誰にも負けません」
「ほう。言ったな」
言質取ったり、といった感じで滝夜叉丸は目を輝かせる。けれど三之助とて、ここで引くつもりはない。少なくとも実技の授業において、棒を使った武術では自分が一番優秀だった。棒術が己に合っていると思ったからこそ放課後には鍛錬も積んでいるし、少しずつ様になってきているとも思う。少なくとも同学年の誰にも負けない。その程度の自負は、三之助も持っている。滝夜叉丸は近くの枯れ枝を拾い、葉のついた先を三之助へと向けて振った。
「今の言葉、この実習で証明してみせろ。作戦を説明するぞ。今回の実習で何より問題なのは、組んだ相手との相性だ。伊賀崎は先ほど言ったように大して気にすることはない。奴の毒は脅威だが、組んだ四年には使いこなせないだろうからな。先輩を無視して伊賀崎が主導権を握るなら話は別だが」
「そこまでするような奴じゃないっすよ、孫兵は」
「私もそう思う。伊賀崎にとって優先すべきは、札よりもペットの方だ。勿体無いな。私が奴と組んだのなら、最大限にその力を発揮させてやったものを」
「・・・・・・話がずれてますよ、滝夜叉丸先輩」
ひょいひょいと揺れていた枯れ枝を軽く叩いて、三之助は軌道修正を図る。滝夜叉丸も「分かっている」と呟いて、土の地面に丸をひとつ描いた。
「相方に恵まれなかった点では喜八郎も同じだ。名前と顔は知っているが、それだけの相手と組んでいたからな。となると、喜八郎の取る戦法は待ち一辺倒だ。陽の明るいうちに出来る限りの蛸壺を掘って、夜中に獲物がかかるのを待つ。悲惨なのは組んだ三年の方だな」
「何でですか?」
「下手に動かれると邪魔だと判断されるからだ。喜八郎のことだ、札を持たせた三年を土の中に埋めて、竹筒で呼吸させたまま丸一日見つからずに過ごさせるくらいのことはするぞ。・・・・・・その三年が学園を辞めると言い出さなければ良いが」
前にも似たようなことがあったのかと思わせる詳細な推測に、三之助は組んだ相手が滝夜叉丸で良かったと思う。少なくとも土の中に埋められて、ひたすら耐えさせられるようなことは無さそうだ。特に親しいというわけではない同級生に南無阿弥陀仏と縁起でもない合掌を捧げていると、滝夜叉丸の持つ枝が二つ目の丸を描いた。
「三木ヱ門は、三反田数馬と組んでいた。三之助、三反田の特徴は?」
「保健委員です」
「それは不運ということか?」
「そうっす。成績はまぁ普通で、突出してるとこはないけど、足を引っ張るようなところも別にないっすね。器用な奴だから何でもそこそここなせます」
「だが、保健委員なんだな?」
「はい。不運です」
「分かった。三木ヱ門は喜八郎とは逆に、昼間に動く。夜だと火が目立つからな。三之助、おまえ、あいつの持っていた火器を見たか?」
「えーと・・・」
首を捻って思い出そうとするが、実習前の目立つ金髪の後ろ姿が抱えていたのはいつもの石火矢にしか見えなかったように思える。滝夜叉丸が「あれは火薬と弾を後ろから入れる、元込め式のカナコだ」と言うけれど、そんなの分かる方がどうかしている。滝夜叉丸の戦輪の輪子や喜八郎の蛸壺のターコなど、四年生は己の武器に名をつけたがる傾向にあるらしいが、これは行き過ぎだろうと三之助は呆れた。
「三木ヱ門はカナコの他に、火縄銃を背負っていた」
「え。珍しいっすね?」
「奴もそれだけ本気ということだ。三木ヱ門の持っている石火矢は木製であるが故に、強度にいささかの不安を持つ。夜になったら奴は火縄銃を使うだろう。蛍のような光には気をつけろ」
「うす。斉藤先輩はどうなんすか?」
「タカ丸さんか。それが問題だ」
四年の中で名の知れている最後の人物を挙げれば、滝夜叉丸は少し困ったように、どうしたものかと悩んでいるように枝で三つ目の丸をぐるぐると地面に掘る。三之助の読みでは、滝夜叉丸と喜八郎、三木ヱ門とタカ丸、この四人が四年生の中でずば抜けて優れていて、後は誰もそこそこといった感じだ。もちろん彼らが落ち零れだというわけではないが、それでも前述の四人と比べれば見劣りしてしまう。特にタカ丸は将来性と潜在能力を買われて、知識がまったくないのに四年生に編入したのだ。化け方次第では素晴らしい忍者に育つだろう。だからこそ滝夜叉丸は、ううん、と唸って腕を組んだ。
「タカ丸さんの相方は、浦風藤内だ」
「藤内っすか。ちょっと厄介ですね」
「ああ。タカ丸さんは自分が他の四年に比べて経験がないことを認めているし、だからこそ相手が年下だろうと素直にその指示に従う。もともと運動能力は高い人なんだ。浦風の指揮次第では、脅威となる可能性もある」
「でも藤内は生真面目な性格をしてるから、そんな奇抜な戦略は立てないと思いますけど」
「・・・・・・そうだな、おまえの見解を信じてみるか。タカ丸さんの組には注意をする。けれどそれは多少でいい」
ぽいっと滝夜叉丸は握っていた枝を捨てた。それを眺めながら、三之助は他の同級生の顔を思い浮かべる。神崎と富松はそれぞれ、やはり顔しか知らないような四年生と組んでいた。滝夜叉丸が具体的な案を出さないことから警戒しなくても良いのだろう。自意識過剰で性格は悪いけれども、忍術に関しては優秀な人なのだ。決して言葉にするつもりはないけれど、それだけは三之助も認めている。
「んで、俺たちはどうすんすか」
問えば、滝夜叉丸は笑った。己を自慢するときとも、委員会で後輩を励ますときとも、そのどちらとも違う顔は、所謂「忍者」としての彼なのだろう。ざわりと、三之助の背が粟立った。緊張に思わず手を握り込む。
「ここは裏山、体育委員の庭だ。ならば地の利を活かした作戦でいこうじゃないか。私の戦輪で逃げられない地形に相手を追い込み、おまえの棒術で叩きのめす。これ以上ないほど分かりやすくていいだろう?」
「単純すぎやしませんかね?」
「どうせ札を奪うためには敵に近づく必要がある。それとも三之助、おまえ先程の自信は出まかせか?」
「・・・・・・俺ひとりじゃ、二人も相手にすんのは確実じゃないっすよ」
「もちろん、おまえが立ち塞がった後ろから私も仕掛ける。その後は一対一だな」
「戦輪じゃなくてもいけるんすか」
「侮るな。秘武器においても、この滝夜叉丸が学園一だ」
見慣れた円形の手裏剣が、滝夜叉丸の指を支点にくるくると回る。あまりに自然な仕草だが、滝夜叉丸はにやりと笑って空いている左手を振ってみせた。じゃらっという音と共に、鎖分銅のついた鉄扇が姿を現す。これで殴られたら堪ったものではないだろう。手首の繊細な動きが物を言う秘武器の取り扱いは、確かに滝夜叉丸にとって造作のないことかもしれない。俺が馬鹿だった、とひとり溜息を吐き出して、三之助も懐から棒を取り出す。組み立てることで身長と同じ長さになるそれは、鍛錬でも愛用している手に馴染んだ武器だ。さて、と滝夜叉丸が己の髪を払った。
「最大の問題は三之助、おまえの方向音痴だな」
「失礼な。俺は左門じゃないっすよ」
「言い訳は後で聞いてやる。いいか、三之助。おまえは私の存在を意識しつつ、好きなように動け。後はこの優秀な私が、おまえを最大限に有効活用してやるから」
「言ってること分かんないんすけど」
「要は体育委員のときと一緒だ。おまえは私が必ず見つけてやる」
「だから体力の限界が来ても走り続けろ?」
「立ち止まることは死と思え。七松先輩につれられて裏々々々々山までマラソンし、眩しい朝日を拝んだあの日を思い出せ」
「いや、本気で思い出したくないんすけど」
「この実習で一位以外の成績を取ってみろ。そのときは私がおまえを裏々々々々山まで引きずってやる」
身体の前で、滝夜叉丸が手のひらを返す。指を二本。一本は上に、もう一本は左に、順に指し示してから回転させていた戦輪を僅かに緩める。三之助は欠片さえ逃さぬよう、滝夜叉丸の目を見つめた。いい心掛けだとでも褒めるかのように目尻が一瞬綻んで、そして戦輪が舞う。
「ぎゃっ!」
黄緑の忍び装束が落ちてきたと同時に、二人は地を蹴っていた。滝夜叉丸が三年の鳩尾に一撃を食らわせ、気絶させる。三之助は武器を構え、茂みの中の四年生へと振り被った。鎖骨を狙った攻撃は僅かに交わされるが、繰り出した二撃目で関節を打ち、動きを止める。首に手刀を叩き込めば相手は意識を失い、その懐から木の札がぽろりと零れ落ちた。
やるじゃないか、三之助。背中からかけられた滝夜叉丸の声に、三之助は綻びそうになる口元を懸命に堪えながら振り返る。





滝と次屋コンビも好きです。いずれ体育委員会の主軸となる二人が見たい・・・。
2008年12月9日(2009年1月18日mixiより再録)