一日を想う10題
01:朝焼けまで、あと一時間 / きり丸
02:早朝の戯れ / 田村三木ヱ門→平滝夜叉丸
03:朝食後の小休止 / 成長一年は組
04:哲学の昼下がり / 綾部喜八郎&平滝夜叉丸
05:会いたい午後 / 立花仙蔵→中在家長次
06:俄雨と雨宿りの夕暮れ / 五年生&きり丸
07:微睡む誰そ彼 / 六年生
08:星影にのびた影 / 六年生&きり丸
09:真夜中の誓い / きり丸
10:暁に想う / 忍者
01:朝焼けまで、あと一時間 / きり丸
静かに布団を抜け出して、制服の忍装束じゃない私服に着替える。
布団をたたんで押入れにしまい、草履を持って部屋を出た。
あたりは真っ暗で目が慣れるまでよく見えない。刺すような冷気が、まだ夜だってことを教える。
朝焼けまで、あと一時間。
それまでにバイトして、今日食べる分を稼がなくっちゃ。
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02:早朝の戯れ / 田村三木ヱ門→平滝夜叉丸
「たたたたたた滝夜叉丸っ!」
「何だ、田村三木ヱ門。朝っぱらから騒々しい」
「おっ・・・・・・おおお、おまえ・・・・・・っ!」
「おまえの好きな奴って誰だっ!?」
「自分だ。ついでに教えてやるが、二番目は戦輪の輪子だ」
朝日の中、灰と化した三木ヱ門を綾部がくすりと笑った。
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03:朝食後の小休止 / 成長一年は組
「こんなところで休んでる暇はないんだ」
朝食が終わるやいなや、そう言って立ち上がった団蔵に三治郎と虎若は首を傾げた。
伊助は茶をすすり、兵太夫は目を細める。
「精々頑張って、団蔵」
「・・・・・・見てろよ、絶対に譲らないからな」
「さぁ、どうだろうね」
くすくすと兵太夫が笑うと、金吾も同じように肩を竦めた。そんな二人に団蔵は苦々しく眉を顰める。
けれど彼の味方はいない。むしろ敵ばかりと言った方が良いのかもしれない。
「悪いけど負けないよ、団蔵」
「そうそう。私たちだって譲れないんだから」
庄左ヱ門が笑い、乱太郎もにこにこと笑顔を返す。
見れば喜三太もしんべヱもどこか楽しそうに眦を下げていて。
くそ、と団蔵が拳を握り締めると、止めを刺すかのようにきり丸が追い討ちをかけた。
「今年の図書委員会は、去年の五割り増しの予算を要求するぜ? 覚悟しとけよ、団蔵」
「〜〜〜〜〜〜なんで委員長はみんなは組なんだよっ!?」
だんっと机を叩いた団蔵に、他のみんなが笑い出す。
待った無しの予算会議は、本日の放課後に迫っていた。
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04:哲学の昼下がり / 綾部喜八郎&平滝夜叉丸
平滝夜叉丸という人間は、性格が悪い。それは彼に対する評価として、誰もが少なからず挙げる箇所だろう。
その所為で学年一の成績も、プロ級の戦輪の扱いも、整った容姿もすべてが霞んでしまうのだ。
故に彼は友達が少なかった。というよりも、いなかった。
そしてそれを滝夜叉丸自身も自覚していた。
「ねぇ、滝」
「何だ、綾部」
「私はここにいるよ」
「見れば判る。それが何だ」
心底不可解そうに尋ね返してきた滝夜叉丸を、綾部はじっと見つめる。
自分には友達がいないと滝夜叉丸自身は思っている。だったら、そんな彼と四年間も同室してきた自分は何なのだろう。
そのことをいずれゆっくりと話し合う必要があるなぁ、と綾部は心の内で決めているのだ。
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05:会いたい午後 / 立花仙蔵→中在家長次
「長次!」
かけられた声に、中在家長次は振り向いた。
い組の長屋からこちらへと向かってくるのは、艶やかな髪を惜しげもなく晒している立花仙蔵。
組は違えど割合と仲のよい相手に、長次は足を止めて彼が辿り着くのを待つ。
「どこへ行くんだ?」
問いながら仙蔵が視線を下に落とすと、長次の手は数冊の本を抱えている。
彼の手が大きい所為か、それらはとても小さく感じられた。
「図書室か、私も一緒に行ってもいいか?」
こくりと長次が頷くと、仙蔵はくのいちに騒がれる端整な顔を、やはり端整なまま綻ばせた。
六年間見ているとはいえ、仙蔵はやはり造作が整っていると長次は思う。おそらくそれは忍術学園の誰もが認めるところだろう。
横に並んで歩き始めると、さらさらの髪が音を立てているのが聞こえる。
「暇を持て余していたのだが、外で小平太がバレーボールを探しているのが聞こえてな。このままでは巻き込まれると思って避難してきた」
そうか、と声を出さずに長次は頷く。
傍から見ていると変化の度合いなどはさっぱり現れないのだが、仙蔵はちらりと彼を見て笑みを深めた。
「だからといって文次郎のくだらん修行などに付き合う気はない。保健室の伊作のところで茶を飲むのもいいが、不運が移っては困る」
今度は頷かなかった。それが判ったのか、仙蔵はくすくすと声を漏らす。
「だから図書室を選んだのだよ。あそこは静かで、居心地がよい」
一歩踏み出し、僅かながら背の高い長次を仙蔵は振り返る。
おそらく自分でも自覚しているだろう顔で、微笑みながら。
「きっと、おまえがいるからだろうな」
穏やかに過ごす午後の幸せ。
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06:俄雨と雨宿りの夕暮れ / 五年生&きり丸
雨が降ってしまった。これではアルバイトに行けない。
火薬倉庫の軒下で、きり丸はこれ以上ないほどの深い溜息を吐き出した。
目の前を縦に走っていく水たちを恨みがましくねめつける。すると向こうの方から誰かが走ってくるのが見えた。
見る間に大きくなったそれは、きり丸と同じ軒下へと入ってくる。
「ごめん、僕もちょっと雨宿りさせてね」
濡れた頭巾を脱ぎつつそう言ったのは、同じ図書委員会の五年生である不破雷蔵だった。
人の良さそうな笑顔でにこにこと笑っている。穏やかな雰囲気の彼は面倒見がよく、きり丸も度々お世話になっていた。
「急に降り出したね。少し待てば弱まると思うけど」
話しかけてくる雷蔵に、きり丸も同じように雨を見ながら答える。
「そうっすね。でもこの雨の所為で今日のバイトはパァっすよ」
「あぁ、そっか。大変だね」
「今朝のアサリ売りも大した儲けにならなかったし」
はぁ、と小さな肩が沈むのに、雷蔵は思わず笑みを漏らす。
ぶちぶちと悪態をつく彼が自分の力で生計を立てているのを、彼に近しい者で知らない人はいない。
「今日の夕ご飯はおばちゃん特製の肉じゃがなんすよ。俺、あれ大好きなのに財布が厳しくて買えやしない」
ここでようやく、きり丸は雷蔵を見上げた。
自分を見つめてくる猫目に、雷蔵は笑顔を返す。
「だから奢ってくれません?」
「―――鉢屋、三郎先輩」
優しげな目が見開かれていく様に、きり丸は唇を吊り上げて笑った。
刹那鋭さを増した気配は、雷蔵が決して持ち得ないものだった。
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07:微睡む誰そ彼 / 六年生
長次は本を読み出すと動かない。
話しかけても答えない。軽く小突いても反応はない。その本が読み終わるまで完全に一人の世界に没頭する。
六年間同室をしてきた小平太は、長次のそんな性質をよく判っていた。そして彼が構ってくれない間の時間の潰し方も心得ていた。
平机に向かって本を開いた長次を、部屋の中央まで押しやる。そしてその背中に自分の背中をぴったりと合わせる。
体格的に長次の方が大きいので、小平太が体重をかけてもびくりともしない。
安心感のあるこの背中が、小平太は大好きだった。
窓から入ってくる陽気が気持ちよくて、背中のぽかぽか体温が心地よくて。
眠りに着くまで、三分もかからない。
ろ組のとある部屋を訪れた仙蔵は、本を開いている主を見て気落ちした。
長次は本を読んでいる間、どんなことをしても構ってくれない。ちなみに一度本を取り上げてみたら、その後一週間も話をしてくれなかった。
過去の過ちを教訓に今は邪魔することはないけれど、少し寂しいのもまた事実。
とりあえず部屋に入り、近づく。そして彼の背後にいる物体を見て蹴り飛ばしたくなる。しかしそんなことをすれば、読書の邪魔になり長次に嫌われてしまう。
それ故に仙蔵は、宝禄火矢を取り出しそうになる手をどうにか治め、自身も床に横になった。
頭はそのまま、長次の右太腿の上に載せる。筋肉質で少し硬いが、伝わってくる体温が心地よい。
素直に瞼を閉じて、仙蔵も眠りに着いた。
保健室での当番を終え、ご褒美として分けてもらった饅頭を片手に伊作はろ組の長屋を訪れた。
そして部屋の戸を開けるなり、思わず苦笑を浮かべてしまった。
部屋の中央にいる長次。本を読んでいるのに何故中央にいるのか、その予測は簡単についた。
彼の後ろに見える投げ出された腕と足。覗き込んでみれば、それはやっぱり小平太で。
そして右側を向けば、すやすやと寝入っている仙蔵もいる。
そんな二人を気にせずに読書に没頭している長次を見て、伊作はついつい鳥を寄せる大木を想像してしまった。
あながち外れていないかもしれない。饅頭を平机に置いて、仙蔵とは反対側に座る。
同じように左太腿を枕にしてみると、これが案外心地よい。
ごめん、借りるね。そう呟いて目を閉じると、委員会の仕事で疲れていたのか、伊作もすぐに眠ってしまった。
正直に言えば、文次郎はその部屋を訪れたくなかった。
いつもならばいい。気心の知れた者たちで騒ぎ、楽しい時間が過ごせるだろう。けれど今は違った。
その原因は、文次郎の手の中にある三冊の本だった。
貸し出し期限の過ぎた図書室の本。恐ろしい。考えただけで長次がどのような反応を返してくるのか、恐ろしくて身が凍る。
ばれないように、彼のいないときに図書室へ返しに行くのは簡単だ。けれど、それは負けだと文次郎は思っていた。
故にこうして部屋を訪れ、詫びの一つでも入れようと思ったのだが。
それは、杞憂に変わった。
長次の前に三冊の本を置き、どうしたものかと胡坐をかく。とりあえず読み終わるまで待つことにしよう。
ぐーぐーやら、すうすうやら、くうくうやらと聞こえてくる寝息に、おまえらは修行が足りん、と心中で怒鳴りながら。
腕を組み、穏やかな陽気にいつしか文次郎も目を閉じていた。
太陽が傾き始めた頃、長次は本を閉じた。中々に面白かった、と深く頷く。
そして彼は立ち上がった。
「うわっ!?」
「っ!」
「わぁっ!」
「なっ!?」
ごんっと何か硬いものが三つぶつかるような音がして、ついでに長次の足が何か柔らかいものを踏みつけた。
頭を抱えて呻く小平太と仙蔵と伊作、そして腹を抱えて蹲っている文次郎に、長次は不思議そうに首を傾げるのだった。
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08:星影にのびた影 / 六年生&きり丸
「遅いね・・・・・・長次と小平太」
夜を迎えて薄暗い森の中、伊作が小さな声で囁いた。
「見つかっちゃったのかな」
「小平太だけならともかく、長次が共にいてそれはないだろう」
「見つかったんなら、あいつらのことだから騒がしくなってるだろうしな」
木に背を預けていた仙蔵と、手持ち無沙汰に立っている文次郎がそれぞれに答えを返す。
彼らは今、忍術学園の外にいた。
忍術学園において、夜間における生徒の外出は基本的に禁止である。
用事やお使いならばともかく、その他の場合は一切外出は認められない。けれど、それはあくまで表向きの話だった。
ここは忍の術を学ぶ場所。教師の目を盗んで出て行けるほどの実力があるのなら、その外出は見逃されるのだ。
もちろん教師とて節穴ではないから、ほとんどの生徒は抜け出す前に捕まる。無事に出られる生徒は四年生で片手で足りるくらい、五年で一組分、六年で学年の七割といったところだ。
そんな中、現在外にいる伊作たちは言うまでもなく外出が見逃される側だった。
教師の長屋からは最も遠い場所を選び、静かに手早く壁を越える。そうして彼らは、月に二・三度の割合で夜の町に繰り出していた。
「それにしても遅いな」
待ち合わせに来ない二人を思い、仙蔵がぽつりと漏らしたとき、一つの影が壁を越えた。
星光の下、影は音もなく着地し、周囲を確かめるため視線をめぐらす。
その眼差しが仙蔵たちを捕らえると、きょとんと目を丸くし、次いで小さく頭を下げた。
町の方へと走り去っていく影に、伊作が首を傾げる。
「今の・・・・・・ずいぶん小さかったけど、何年生だろう?」
「四年ではないな。今のところ四年で出られるのは平と綾部と田村だけだろう」
「おいおい、じゃあ三年以下かよ。先生たちの監視が甘いんじゃねぇのか?」
「でも彼の気配の消し方は見事だったよ。気づいてた? 二人とも」
伊作の言葉に仙蔵は肩を竦め、文次郎は視線をそらした。学園一の忍者をしていると言われている彼は、おそらくさっきの生徒の気配を感じ取れなかったことが悔しいのだろう。
僅かに震えている肩に、伊作と仙蔵は視線を交し合って苦笑する。
そんな中、今度は見覚えのある影が二つ、揃って壁を越えてきた。
「ごっめーん、お菓子食べてたら遅くなっちゃった!」
笑顔でのたまう小平太に、苦笑と呆れと拳骨が振りかざされて。
五人は横に並び、軽い足取りで歩き出した。
満天の星空が、大地に影を作りだす。
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09:真夜中の誓い / きり丸
四年生になって、初めての実習だった。
機会はまた与えられるから、よく考えなさいと言われた中で、結局希望したのはきり丸一人だった。
初めての実習だった。
初めての、『人を殺す』実習だった。
標的は、人身売買で私服を肥やしている男。
表向きは呉服屋。けれどその裏では戦争孤児を玩具のように扱い、その金で日々を豪遊している。
その男を殺すのが、今回のきり丸の実習だった。
敵は護衛を雇っていない。夜中に忍び込み、寝ているその胸にクナイを突き立てればいい。
それだけのことだった。先生方もそう言っていた。
だからこんな状況は、予想だにしていなかった。
「おいっ中止だ! 引け!」
聞こえてくる声は、きっと監視としてついてきた六年生のものだろう。
言い分は判っていた。だけど引けなかった。
合わせた刀から相手の実力が、自分との差が如実に伝わる。
だけど引けない。引くことはできない。
ここで引いたらもう、忍者になれないと直感した。
山田先生は、無理をするなと言ってくれた。
土井先生は、必ず帰って来いと言ってくれた。
は組のみんなは、気をつけてと言ってくれた。
だから必ず―――生きて帰る。
すべきことは敵の打破ではなく、店主の殺害。おそらくそれは隙を見て可能だろう。
殺すだけ殺して、何としてでも逃げ切ってやる。そう誓って、縄標を構えた。
対峙する相手に、生きてきた分の覚悟を載せて。
「摂津のきり丸・・・・・・・・・参る」
返り血を浴びて真っ赤になった俺でも、みんなは仲間だと言ってくれるだろうか。
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10:暁に想う / 忍者
炎、血、命の色。
眼前に広がる光景を、見る度に考えずにはいられない。
自分は今日を生きることが出来た。
明日は果たして生きぬけるだろうか。
あの日の友はまだ生きているだろうか、と。